第22話「異世界にてラグボール決着」
ボールを握るオレの前に立ちはだかったのは当然――セルゲイ。
まるで巨大な岩のように、この先は決して通さないという迫力を秘めていた。
ここで、オレが真っ向勝負を捨てて、イノからの『加速』スキルを得れば、オレ達が勝つ可能性は十分にある。
恐らく、それは向こうも考えた作戦であったのだろう。
実際、先程オレとセルゲイがぶつかる寸前にバズダルが命じたのは『剛力』ではなく『加速』。
だが、セルゲイはあえて自らに『剛力』をかけて、オレとの真っ向勝負を行った。
ならば、ここでオレが逃げるわけにはいかない。
セルゲイとの真っ向勝負に打ち勝ち、かつゴールを決める。
それをしてこそオレとの勝負に全力で応えてくれたセルゲイへの礼に繋がるのだから。
「うおおおおおおおおおおおっ!!」
今度はオレの方がこれまでにない雄叫びをあげながらセルゲイへとぶつかる。
「ッ、く――ぐ、おおおおおおおおおおッ!!」
再びセルゲイの口より放たれる咆哮。
それは先程以上の気迫と気合が籠った雄叫びであり、そこから感じられる体当たりも先程と同じ、いやそれ以上の重量であった。
「――ッ」
ボールを握り締め、必死にセルゲイのタックルを押し返そうとするが、セルゲイの渾身の体当たりはオレもろともボールを吹き飛ばすほどの勢い。
「天士様!」
それを見て、ベンチに座っていたイノがオレに向けてスキルを発動しようとするのを見て、オレはすぐさま首を横に振る。
「……天士様」
オレのその動作を見て、スキルを発動しようとした手をなんとか下ろすイノ。
イノの好意はありがたく、彼女の心配する気持ちも嬉しい。
だが、これはオレとセルゲイの勝負。
こいつと戦うのにスキルというサポートは使いたくはなかった。
何よりも、この勝負に勝つための一手、スキルの使用はここではない。
この局面をオレ自身の力で乗り切ってこそ、勝利への道は開かれる。
「――ッ、だああああああああああああッ!!」
渾身の叫びを上げ、オレはこれまでにない力を両手両足に集中させる。
体の奥に眠る力を、血液を沸騰させるほどの熱を、底力の全て呼び覚ますように吼え、地を蹴る。
瞬間、それまで拮抗していたオレとセルゲイの押し合いが僅かにオレの側へと傾く。
「……ッ!?」
セルゲイの体が僅かに後ろに下がり、オレの足が一歩前に出る。
観客席にいたバズダルが驚きで立ち上がる姿が見える。
イノが祈るように両手を組む姿が見える。
そして、オレの全力を真正面から見据え、セルゲイが笑みを浮かべた姿が見えた。
「――おおおおおおおおおおおおっ!!」
「――だらああああああああああっ!!」
共に天高く吠えるオレとセルゲイ。
セルゲイもまた自身の力の限界を引き出すように力を絞り尽くす。
やがて、オレとセルゲイ。二人の力が限界を越え、ぶつかりあった瞬間、それは弾けた。
「――だあッ!!」
「――ッぐぅ!!」
両者共に、お互いのパワーによるぶつかり合いの果て、そのまま後方へと弾き飛ばされた。
オレとセルゲイ。両者の体が宙を舞い、そのまま地面へと仰向けに倒れる。
相打ち。誰もがそう思った決着であったが――
「……いや、違うッ!」
先にそれに気づいたのは倒れたまま天を仰ぎ見るセルゲイであった。
次いで、観客。そしてフィールドにいた選手達も気づく。
空に舞う物体――ボールの姿に。
「!? ボールが!」
宙を舞うボールを見ながらバズダルが呟く。
そう、先ほどのぶつかり合い。オレはセルゲイに勝つことのみを意識していたのではない。
弾かれた瞬間、ボールを前に、空中へと弾き飛ばす。
それがオレの目論見であり、そして、この展開こそがオレ達が望んでいたもの。
「――今だ、リーシャ! イノ!」
「おうよ!」
「はい! 天士様!」
オレの掛け声に対し、即座に反応し飛び出すリーシャ。
一方、セルゲイはなんとかその場から立ち上がるものの、空中を舞うボールに手が届かずにいた。
それもそのはず。今、セルゲイが使っているのは全て筋力を上昇させるスキル。
最初にこの試合が始まった瞬間、オレの跳躍に対し、この場の全員が驚いたのを記憶している。
その際、セルゲイはオレと空中で争うのを避け、すぐさま地上戦に移行した。
つまり、肉体的に優れたセルゲイでも跳躍力はそれほど高くないということ。
事実、今もなお空中を舞うボールに対し、跳躍することはせず、自由落下による地面への着地を待っていた。
そして、それこそが決定的な主導権を奪うチャンス。
空中を舞うボールに対し、リーシャが跳躍すると同時に――
「スキル発動! 『飛躍』!」
リーシャのスキルが発動。
それは跳躍力を飛躍的に上昇させるリーシャが持つスキルの一つ。
だが、それを使った程度ではまだ空に浮かぶボールには届かない。
そこでもうひとつのダメ押し。
この瞬間の為に取っておいたイノのスキルを、リーシャへと使用させる。
「スキル発動、『適者生存』!」
それは状況に応じてあらゆるブーストがかけられるという万能のスキル。
この瞬間のリーシャの状況に適した能力上昇は一つ。
即ち、更なる跳躍の上昇。
リーシャの『飛躍』と、そこへ重ねられた『適者生存』によってリーシャの跳躍力は最初にオレが見せたジャンプ以上の高さを見せる。
そして、リーシャの手が宙を舞うボールを掴み、そのまま地面へと降り立ち、すかさず駆け出す。
「! 待、ッ――!」
駆け出すリーシャを追おうとするセルゲイだが、すぐさま立ち上がった傍から膝が崩れる。
先ほどのオレとの全力のぶつかり合いによってセルゲイもかなりの体力を消耗したのだ。
それだけでなく、恐らくはスキルの持続時間が切れたことによる肉体への負荷。
仮にそれがなかったとしても、セルゲイのスピードで、今や『適者生存』によってブーストがかけられたリーシャに追いつくのは不可能であった。そして――
「マーク! なんとしても、そやつを止めよー!」
ゴールを守るオーガへとかけられるバズダルの声。
リーシャを迎え撃つべく、構えるオーガ。
だが『適者生存』によって、リーシャの反射神経もアップしている。
右か左か、その刹那の選択。
リーシャの体が僅かに左に傾いた瞬間、オーガが左側を守るべく体を動かすが――
「――そっちじゃねぇぜ! おっさん!」
オーガの体が左に傾いた瞬間、すぐさま左足に体重をかけ反対側へと飛ぶリーシャ。
それはまさに瞬間移動したかのような錯覚さえ覚える移動術。
ゴールを守っていたオーガにも何が起こったのか分からずにいた。
しかし、それを見ていたセルゲイにはそれが何かわかっていた。
「今のは……!」
そう、今のはオレが試合の最初に見せた技術『スプリットステップ』。
オレがリーシャに事前に教えておいたものであった。
とはいえ、素のリーシャであれば、今のようなスプリットステップを華麗に決めることはできなかっただろう。
これを可能としたのはイノの『適者生存』によるボディバランスの強化があってこそ。
そして、それをこの終盤ギリギリで切り札として使うこと。
リーシャが持つボディバランスの天性にかけた部分もあったが、見事にやってのけた。
そうして、そのままガラ空きとなった右側のゴール目掛け、ボールを持ったリーシャがゴールインする。
「―――っしゃあああああッ!」
ボールを両手に掲げ勝利の雄叫びを上げるリーシャ。
それを唖然と見上げるオーガとバズダル。
そして、試合終了の笛の音が審判より聞こえる。
「そこまで! この勝負、人族王国ルグレシアの勝利とする!」
審判のその宣言と共に会場に広がる静寂。
だが、それはすぐさまイノとリーシャの歓声へと変わる。
「やったー! やったぜ、天士ー!」
「天士様……! すごい、本当にすごいです!!」
二人はすぐさまオレの元に駆け寄り、その傍で騒ぎ出す。
人族側のベンチでは護衛のために来ていた兵士達も同じように歓声を上げていた。
「さすがだ! さすがは天士様だ!」
「いや、今回のスポーツ勝負はリーシャの奴もすごい活躍だったぞ! 最後のあのゴールは見事だった!」
「まさかウォーレム族に勝つなんて! すごいぞ天士様! リーシャ!!」
湧き上がる喜びの声と拍手。
やがて、そんなオレ達のもとへ一人の男が近づいてくる。
「……天士」
それは先程まで熾烈な戦いを繰り広げた相手、セルゲイであった。
彼はオレとその周りにいる仲間達を見回し、どこか羨ましそうに微笑む。
「……お前の言うとおりだったな。これはスポーツ。一対一の戦いが全てではない。個々の戦いも大事だが、最後に大事なのはチームワーク。お前とそのチームのコンビネーションには完敗だ」
そう言って、しかしセルゲイはどこか誇らしげに右手を差し出す。
「ありがとう。お前のおかげでオレも全力を出せた。いい試合だった」
「セルゲイ……」
そんなスポーツマンシップに則った彼の礼儀に対し、オレは右手を力強く握り返し、彼の目をまっすぐ見て頷く。
「こちらこそ。また必ず勝負しような」
そんなオレとセルゲイの握手を持って、オルクス帝国にて行われたバズダルとの試合は幕を閉じた――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます