第23話「異世界にて意外な真相」

「天士様ー!」

「さっすがだぜ、天士!」

「わっ、と」


 セルゲイとの握手を終えるや否やベンチに座っていたイノがこちらに駆け出し、オレ目掛け飛びかかるものだから、急いで体を抱きしめて受け止める。

 リーシャもいつになく上機嫌な様子でオレの隣で肩を叩いては絶賛している。


「けど、折角の天士の勇姿、姫様にも見せてやりたかったなー」


「……確かにそうだな」


 そんなリーシャの呟きにオレも頷く。

 ベンチを見るとミーティアは未だ戻っていなかった。

 イノの兄に会いにくと行ってからしばらく経ったが試合が終わっても、戻ってこないのを見ると心配になる。そんな事を思っていると向こうのベンチに座っていたバズダルがセルゲイ、オーガ族の選手を引き連れ、こちらに近づいてきていた。


「……天士殿」


 オレの名を呼ぶバズダルの表情はこれまでになく真剣そのものであった。

 そして、その視線はオレの背後に立つイノにも向けられていた。

 オレは咄嗟にイノをかばうように片手を広げ、バズダルと正面から対するが、次の瞬間、バズダルの取った行動にこの場にいる全員が呆気に取られる。


「――お見事でございました」


「え?」


 そう呟き、バズダルはオレを前に片膝をつき、その背後に従っていたセルゲイ、オーガ達も同じく膝をつき、まるで忠誠を尽くすような姿勢を広げていた。


「スポーツ盟約に従い、これより我らの領土と勢力は天士様率いる人族の力となります。無論、そちらのイノ様へも誠心誠意お仕えさせて頂きます」


 そう言って顔を上げたバズダルの表情はこれまで見せていた下卑た表情は一切なく、そこにあったのはまるで忠臣のような真っ直ぐな表情であった。


「ち、ちょっと待ってくれ! た、確かにあなた達は負ければ自分達の領土を差し出すとは言ったけれど……そんなホイホイと約束に従うのか……?」


 それは今までオレ達がバズダルに持っていたイメージとあまりに違いすぎる反応のため、突っ込むのも遅れたほどである。

 リーシャはおろかイノですら、バズダルの素直な態度に呆気に取られ、未だに信じられないと口を開けていた。


「それは違います。私共は最初からイノ様に従うつもりでした。それこそ我々が勝とうとも」


「え?」


 バズダルのその思わぬ発言に最初に口を開いたのはイノであった。

 その表情はやはり信じられないと言った風に口を開いたままであり、呆然としているイノに代わりオレが詳しい事情をバズダルに問う。


「どういうことだ? あなたはイノを奴隷として買い取ったんじゃなかったのか?」


「ええ、それは事実です。ですがそれは表面だけの話。私はイノ様を我が領土に迎え、他国に奴隷として売られる前に保護したのです」


「なに!?」


 バズダルのその発言にはオレだけでなくイノ含む全員が驚きに息を呑む。

 そんなオレ達の反応に対し、バズダルは当然とばかりに頷き、静かに続ける。


「……私がエルフの奴隷を好んで買い漁っている貴族と呼ばれているのは知っています。いえ、むしろあえてそう広げております。そうすることでいち早く奴隷となったエルフ達を我が領土で保護することが出来るのです、こちらのアレーナもそうです」


 そう言ってバズダルが紹介したのは先程、バズダル側のサポートとしてベンチに座っていたアレーナ。

 彼女は静かに頷き、イノの方を真っ直ぐ見る。


「イノ様。バズダル様の言っていることは事実です。この方は私を買い取りましたが、その後、私に何かをすることはありませんでした。館を与えていただき、何不自由ない暮らしを提供していただいたのです。それは他のバズダル様に飼われたエルフ達も同じです。この方はあえて自分をエルフの奴隷を購入する卑しい貴族と思わせることで、私達を守っていたのです」


 まさか、そんなことが?

 驚くオレ達であったが、イノは静かにアレーナの手を掴み、互いに魔力を巡らし、何らかの意思疎通を行う。

 そうして、互いの魔力が行き交いし終わった後、イノは驚いたようにこちらを振り向く。


「……事実です、天士様。アレーナは本当に何もされてないどころか、豊かな暮らしを与えられています」


 イノのその驚きの声は、しかし真実を表すようであった。

 という事はこの試合は最初から、オレ達が勝とうとバズダルが勝とうとイノの安全は保証されていたのか……?

 いや、だが、しかしなぜバズダルはそんなことを?


「理由は簡単です」


 そんなオレ達の疑問を読み取ったのかバズダルは真摯な目をイノに向けて告げる。


「そちらのイノ様の父上から頂いたご恩を私は忘れていないからです」


「父の……?」


 それは以前聞いたバズダルとエルフ族との経緯。

 かつて国を追われたバズダルがエルフ族の国に匿われ、そこで現在の地位を取り戻すほどの貸しをエルフ族の王、すなわちイノの父親から受けたと言う。

 つまりバズダルはイノの父親に対し、感謝してもしきれない恩がある。

 その後、貴族として地位を手に入れたバズダルが各地のエルフ奴隷を集め始めたと聞いたが、それはエルフの国にいた頃、エルフ達の容姿に惹かれ、それを集め始めたのかと思ったが、真相はむしろ逆。

 自分を救ってくれたエルフ族達を今度は自分が救うべく、奴隷となったエルフ達を買い取るという名目のもと、保護していたのだ。


「……けど、それならなんでイノを賭けてのスポーツ勝負をエルフ国に持ち込んだんだ? イノを保護したいって言ったけど、それだと理屈に合わないじゃないか」


 誰もが疑問に思うその点について問いかけると、次の瞬間バズダルから返ってきた答えはまさに予想外のものであった。


「それはあのままあの国にいればイノ様は始末されていたからです。イノ様の兄上――クリストの手によって」


「!?」


「なんだって!?」


 バズダルの思わぬ発言に驚くオレ達。

 だが、その言葉が事実であり、それを切っ掛けとし、後に最悪の試合が始まることを、この時点ではまだ誰も気づいていなかった。

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