第24話「異世界にて宣戦布告」
「私の……兄が?」
信じられないと言った様子で呟くイノ。しかし、それに対しバズダルはこれまでにない真剣な様子で断言する。
「事実です。彼はあなたを亡き者とし、あるいは国から追放することで次の王位に就くことを狙っているのです」
「ち、ちょっと待ってくれ。次の王位って……イノの兄の方が第一王位継承者じゃないのか?」
異世界の王家の事情に詳しくないオレであったが普通こうした王位継承は長男、先に生まれた者が継ぐのが常識だと思っていた。が、バズダルはそれに対して首を振る。
「いえ、現在の国王。すなわちイノ様の父王はイノ様に王位を譲るつもりだったのです。しかし、それがクリストに知られて彼は強硬手段に出ようとしたのです」
「そんな……」
バズダルが告げたその言葉にショックを受け、後ろに下がるイノ。
それはそうだ。肉親、しかも自分の兄が自分を陥れようとしていたなんて。だが、それをすぐさま信じることは出来なかった。
「……いくつか質問がある。なんであなたがその事を知っているんですか?」
「それはイノ様の父上から直接お聞きしたからです」
そう答えたバズダルは懐から手紙を取り出す、それを受け取ったイノは驚いた表情を浮かべる。
「これ……父の手紙です」
「イノのお父さんの?」
慌てて文面を覗くものの、そこに書かれていたのはまさに異界の言語であり、オレには読めなかった。そう言えば、まだこの世界の文字とか詳しく習っていなかったな……と今更ながら気づく。
「私はこの国に戻ってからもイノ様の父上とは懇意にさせて頂いておりました。その中であの方がイノ様に王位を譲る旨も手紙で知ったのです」
確かにそれならばバズダルが王位の件を知っていても不思議ではない。
「じゃあ、次の質問だけど、そもそもなんで王位をイノに? その兄のクリストではダメなのか?」
「彼は……野心家です」
オレの質問に対しバズダルは、そう静かに返した。
「あの方はエルフ族の中でも聡明ですが、同時に野心が強く、利のために情を切り捨てることがあります。その事をイノ様の父上は見抜いていたのです。仮にクリスト様が国を治めたとしても、その繁栄のために切り捨てられる人材が多く出る。父上はそれを恐れイノ様に王位を継がせることを決心したのです」
そういうことだったのか……。
確かに王となった者次第で民の暮らしは大きく変化する。このあたりはオレも歴史で学んでいるため、分からなくはない。
「それじゃあ、最後にクリストがイノを始末するってどうして分かったんだ? そもそもこの世界では争いは禁じられているんじゃ……」
「争いは禁じられていますが、それに抵触されない形での暗殺はいくらでも出来ます。特にエルフ族はスキルに特化した種族。眠るように相手を殺すスキル、あるいは永遠に眠らせるスキルも持っているでしょう。最も、そうしたスキルは禁忌とされていますが、エルフ族の、それも王族ならば、解禁する方法もなくはないのです。……事実、今現在、エルフ族の王が倒れているのも恐らく、それによるもの……」
「なんだって!?」
「!?」
バズダルのその発言にこの場にいた全員が驚き、動揺する。
「イノ様の父上から送られた手紙の最後にクリストが禁呪について調べているとの報告が書かれていました。そして、もしも、自分からの手紙が途絶えたのなら、それはクリストが関係している可能性がある。その場合はどんな手段を使ってでもイノを国から連れ出し、保護して欲しいと書かれていたのです。ですので、私はイノ様の父上が倒れられたと聞いて、すぐさまエルフ国へイノ様を賭けてのスポーツ勝負を挑んだのです」
その真相にはオレだけでなく、イノも驚きのあまり硬直していた。
バズダルがエルフ国へと申し込んだスポーツ勝負。その裏に隠されていたのは想像だにしなかった王位継承による問題であった。
最初はイノを奴隷から解放出来れば、それでいいと思っていたが、もしバズダルが言っていることが全て事実だとするなら、事はそう単純ではなくなった。
「クリストの方も私がイノ様を奴隷として引き取る件について都合がいいと思ったのでしょう。ですので、その勝負においてクリスト側のエルフ族チームは我々にわざと負けたのです……。いえ、もしも本気で勝負を挑んでいたのなら我々の方が負けていたでしょう」
「え、それってどういう……?」
その続きを聞こうとした瞬間、イノが持っていた通信石から音が鳴り出す。
慌てるイノであったが、それを見たバズダルがオレへと視線を向ける。
オレはその視線に促されるまま、イノが持つ通信石に出る。
「……もしもし」
『君は、天士殿か?』
そこから聞こえた声はまさに先日聞いたイノの兄クリストのものであった。
先程バズダルから聞かされた真相の衝撃のため、オレを含むこの場の全員が緊張するが、なるべく平静を装いながら対応を行う。
「はい、そうです」
『そうか。試合の方はどうなった?』
クリストからの質問に対し、オレはバズダルを見ると、彼は静かに「話して良い」という風に頷く。
「……勝ちました。これでイノは文字通り自由です」
『そう、か……。うむ、ご苦労であった』
通信石の向こうから聞こえた声はどこか残念そうなものであり、普通なら大喜びするはずの反応が、クリストへの疑惑がますます強まった。
「……これからイノを連れてそちらのエルフ国に向かおうと思います。国民もイノが戻れば喜ぶでしょう」
オレはそこで咄嗟にクリストを試す意味で、そんなことを呟く。
その瞬間、クリストから返ってきた反応はこれまでにない焦りに満ちたものであった。
『い、いや、それには及ばない! イノは我々が責任を持って国へ連れ帰ろう。これ以上、君達の手を煩わせるわけにはいかない!』
それは型通りの反応であったが、今のオレ達からすれば、バズダルから聞かされた真相のおかげで、別の可能性を連想させた。
「……いえ、そんなことはありません。ここまで関わった以上、オレ達も十分当事者です。このままイノを連れてエルフ国へ向かいます」
そうハッキリと断言するオレに対し、通話の向こうにいるクリストの声が黙った。
しばしの沈黙の後、次にクリストから放たれた声はこれまでとは異なる威圧感に満ちたものであった。
『――天士君、でしたよね。単刀直入に言います。イノを奴隷から救ってくれたのは感謝しますが、イノは私の妹であり、エルフ国の王女。そのまま君の手に委ねることは出来ない。イノを国に連れ戻すのは“次期国王”である私の役目。ハッキリ言いましょう。妹を渡してもらいたい』
それは堂にいったセリフではあったが、その裏に隠された冷たい感情の抑圧をオレはセリフの端々から感じ取っていた。
何よりも、自らを次期国王と称した瞬間、間違いなく彼の威圧感は増していた。
そして、イノが確認した手紙の内容とすり合わせれば、クリストがバズダルの言うとおり冷酷な人物である可能性はこれでますます高まった。
ここでクリストに素直に渡すよりも、オレ達の手でイノを保護し、エルフ国に連れて行った方がいい。
最悪、オレ達だけでイノを保護するという手もある。そう考え始めた瞬間であった――
『そうそう。そう言えば先程、人族王国の王女ミーティア様を保護したのですよ』
「!?」
「なっ!」
通信石の向こうから聞こえたそのクリストのセリフに真っ先に反応したのはリーシャであった。オレの周りに居た人族王国の兵士達も動揺する姿が見られる。
『確認したところによりますと、どうやら彼女は眠りの魔法をかけられているようです。いったい誰がこのようなことをしたのか……恐らくはバズダル卿の手下でしょうが卑劣なことです……』
オレはすぐさまバズダルを見るが、彼は苦い表情のまま小さく呟く。
「……クリストとそちらのミーティア王女が接触するところを私の部下が確認しております。その際、クリストがミーティア王女を魔法で眠らせ、連れ去ったと……生憎と向こうのガードが固く、それ以上追うことは出来ませんでした……」
バズダルのそのセリフを聞き、今現在クリストの手にミーティアがいるのは間違いない。
だが、問題はその眠りの魔法とやらだ。
『ミーティア王女にかけられた魔法なのですが……これはかなり特殊なものですね。恐らくこのままでは一生眠り続けるでしょう……なんとも恐ろしい。ですが、私の父上と違い“病ではなく魔法”なので解くことは可能でしょう。幸い、私は“この手の魔法に詳しい”ので天士様さえ、よければ、なんとかしてあげますが?』
まるで蛇のように赤い舌先をチラつかせるようなそのセリフにオレは思わず拳を強く握る。この世界に来てから、コイツほどずる賢い奴は見たことがなかった。
「……何が目的だ」
『お互い欲しいものは持っているのです。ここは一つ、スポーツ勝負と行きましょう』
「なに……?」
クリストから提案は意外なものであった。
てっきりミーティアの魔法を解くのと、イノを交換かと思っていた。が、次にクリストから告げられたそのセリフに奴の狡猾さを認識することとなる。
『こちらが勝った場合、そちらが知る“我々の事情”を一切口外しないでもらいたい。無論、イノも返してもらい、その後、我々への干渉を一切禁じます』
「…………」
クリストのその提案は、もしも今後イノを抹殺出来たとしても、事情を知るオレ達がエルフ国に噂をバラ撒き、クリストの統治を崩させないための予防策であった。
確かに、それならクリストの計画は完璧に遂行される。
『こちらが負けた際は、ミーティア王女にかけられた魔法を私が解除しましょう。それと天士様が望むことをなんでも一つ言うことを聞きましょう。これは神性な“スポーツ盟約”。神々の前で誓うことで両者はお互いの条件を神の力により絶対に守ることとなります。いかがでしょうか、天士殿?』
それはつまりミーティアとイノを助けるためにも絶対に負けられないスポーツ勝負の始まりでもあった。
ここでそれを避け、イノをクリストに渡し、ミーティアだけでも助けることは可能だろう。
だが、そんなことはオレのプライドが許さなかった。
イノを犠牲にするわけにはいかない。無論、ミーティアも絶対に助ける。
何よりも、このクリストという男を許すわけにはいかない。
オレにも妹がいるため、その妹とそっくりのイノを守るために、自分の妹を始末しようとしてる、このロクでもない兄を許すことはオレのプライドが許さなかった。
「――分かった。受けてやるよ、その勝負」
『結構。では場所と競技はまた追って知らせます。良き勝負を期待しておりますよ。天士殿』
そう言って満足げに通信を切るクリスト。
一方のオレはこれまでにない怒りと決意をみなぎらせ、右手の通信石を強く握り締めた。
前を向くとそこにはオレと同じ表情を浮かべたリーシャ、イノ、バズダル、セルゲイ達、皆の顔があった。
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