第21話「異世界にて全力のぶつかり合い」

「では、これより試合再開といたします!」


 審判の号令と共に再びフィールドにはオレとリーシャが戻り、向こうもセルゲイとオーガがフィールドに戻り、向かい合う形となる。

 そして、先程はオレのゴールだっためにボールはセルゲイが持ってのスタートとなる。


「来い、セルゲイ」


「…………」


 正面からセルゲイを見据えて迎え撃つ形のオレ。

 それと同時に審判からの笛の音が鳴り響くと同時に、ボールを持ったセルゲイがこちらへと駆け出す。

 すでにセルゲイには控えのアレーナより『肉体強化』のスキルがかかっており、その肉体能力はオレと互角。

 そこにセルゲイ自身が何のスキルを使用するかによって、この試合の勝敗は大きく変化する。

 ボールを持ったセルゲイがオレと触れ合うほどの距離に近づいた瞬間、ベンチに座っていたバズダルが叫び声を上げる。


「ゆけい! セルゲイ! スキルを発動させろ!」


 そのバズダルの叫びと同時にセルゲイはスキルを発動させる。


「スキル発動――『剛力』!」


 だが、次にセルゲイが宣言したスキルを耳にした瞬間、驚愕を顕にしたのはバズダルであった。

 彼はベンチから、こちら側を信じられないと言った表情で見ている。

 だが、そんなバズダルの変化など気にすることなく、セルゲイは真っ向からオレに勝負を仕掛け、オレもそれに対し全霊をぶつける。


「ぐ、ぐうううううう――!」

「――――っ!」


 それは先程までとは比較にならない強力なタックル。

 これまでこの世界に飛ばされてから初めて味わう衝撃であり、全力を込めたオレのパワーが全く通じない相手であった。どころか、踏み込んだオレの足が僅かに後ろに下がり始めたその時――


「――うおおおおおお、おおおおおおおおおおっ!!」


 これまでにないセルゲイの雄叫びがフィールドに木霊する。

 やがて、その絶叫が広がると同時に、オレの体が後ろへと押され、次の瞬間、渾身を込めたセルゲイの体当たりがオレの体を吹き飛ばし、セルゲイはそのままその向こう側へと疾走していく。


「……ッ!」


 オレは後ろに吹き飛ばされながらも、なんとか受身を取り、体を起き上がらせるものの、すでにゴール間近まで迫っていたセルゲイには追いつけなかった。

 そのゴールを守っているリーシャにしても、オレが吹き飛ばされるなど予想だにしておらず、驚愕のあまり固まっており、オレはそんなリーシャに対し、力の限り叫ぶ。


「避けろ! リーシャ!」


「ッ!」


 オレの叫びで我を取り戻したリーシャは咄嗟に横へと回避し、セルゲイはそのままゴールを突き抜ける。

 正直、あのままリーシャが立ちはだかったところで、今のセルゲイにとってはリーシャなどあってなきが如し。その体は吹き飛ばされ、最悪リタイアという事態もあった。

 それを避けれただけでも今の回避は十分であった。


 そうして、ゴールを決めたセルゲイは、その巌のような体をこちらに近づけながら、ベンチにいるバズダルの方を振り向く。


「……バズダル様。申し訳ございません」


 そう呟くとセルゲイを頭を下げ、真っ直ぐバズダルを見つめる。


「オレはこの者と全力で戦いたいのです。たとえその結果、この者に怪我をさせるようなことになろうとも、それがオレとの勝負を真っ向から望んでくれた者に対する唯一の礼儀なのです」


 そのままセルゲイはオレの方を振り返り、手に持ったボールを手渡す。


「――天士。ここからが本当の勝負だ」


 そこにあったのは迷いない、晴れ晴れとしたセルゲイの笑みであった。


 オレはこれまでセルゲイの重く無表情な顔の中に全力で戦えない事への鬱憤があるのだと思っていた。

 だが、そうではなかった。

 セルゲイのあの仮面の下に隠れていたのは、純粋なスポーツマンシップを発露出来ない自分への恥であったのだ。

 全力を出せば相手を傷つける。その恐れからセルゲイは全力を出すのを躊躇っていたが、それが相手への侮辱につながっていることもセルゲイは気づいていた。

 そして今、それらを受け止めてくれるオレという存在が現れたことで、セルゲイはようやく本当の“スポーツ選手”としての己を出せたのだ。


「――ああ。こっちこそ、負けねぇぜ」


 そして、そんなセルゲイの表情を見せられた以上、こちらも負けるわけにはいかない。

 オレもオレの全力を出し、そしてセルゲイに――勝つ。

 もはや、この勝負はイノのためだけでなく、セルゲイという真っ向からのスポーツ勝負を望む選手へ全力を尽くさせたいという想いがオレの中で満ちていた。


 そうして、オレとセルゲイが再び距離を取ると共にベンチにいたバズダルがため息をつくのが聞こえた。


「……やれやれ、これだからスポーツ馬鹿は……」


 そう呟いたバズダルの言葉の端からは呆れ感情が漏れていたが、同時に「仕方ない」と言ったニュアンスも含まれていた。


「……いいだろう、好きにするがいい。セルゲイ」


 そんなバズダルの呟きを聞き、セルゲイは静かに頷き、再びこちらを振り向く。

 これでこの勝負は事実上、オレとセルゲイの真っ向勝負となった。

 次のぶつかり合いで勝利した方がそのまま流れを制する。

 そう、どちらも気合を入れる。だが――


「先にひとつだけ先に言っておくぜ、セルゲイ」


「?」


「これはオレとお前の一対一の試合じゃない。ラグボールというスポーツの勝負。そして、勝つのは――オレ達だ」


 そう宣言して、オレは背後に立つリーシャと、ベンチに座るイノを指差す。

 そんなオレの宣言に対し、セルゲイは面白いとばかりに笑みを浮かべる。


「ならば、来い」


 セルゲイからのそのセリフと共に、今度のボールはオレ達側からの試合再開となった。

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