第20話「異世界にてセルゲイの記憶②」
「ではこれより大会予選の決勝戦を開始する!」
審判の宣言と同時に沸き立つ会場。
今、この会場で行われる試合にて、この国の代表選手を決める戦いが起ころうとしていた。
一方のチームを率いるのはミノス王国が誇る貴族エルドゥ家の嫡子サムソン。
もう一方はそのサムソンに仕える使用人のセルゲイ。
両者の試合はこの会場を見守る全ての者たちが期待するものであり、同時にエルドゥ家の嫡子サムソンがいかに勝利するのか、そこに密かな期待も寄せられていた。
そして、その空気は無論セルゲイも気づいていた。
「セルゲイ。全力で戦おう」
「……ああ」
しかし、それにサムソンは気づいていないのか、いつもと変わらない屈託ない笑顔を浮かべ、それと同時に試合開始の笛の音が鳴り響く。
「はじめ!」
その宣言と同時に、会場中の観客の声援が鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
「いやー、すごい試合だったな!」
「ああ、さすがはエルドゥ家の嫡子なだけはある」
「けど、あのセルゲイって使用人もなかなかだったじゃないか」
「確かにサムソン様相手にあそこまで奮闘するとは」
「だが、最後のあれは惜しかったな。もう僅かの差で競り負けてサムソン様の逆転勝利」
「けど、あそこまで切迫した試合は久しぶりに見たよ。いやー、これはサムソン様率いる我が国が世界大会でどれほどの成績を残すか楽しみですなー」
聞こえてるのはそうした観客達の満足した声。
そこにあったのはまさに彼らが望んだ理想通りのゲーム内容。
血湧き肉躍る接戦。実力が拮抗した者同士が見せる激しい試合。
そして、最後に彼らの期待を背負ったエースが強力なライバルに対し逆転勝利を収める。
まさに夢に描いたような理想通りの結末。
そんな観客達の声を背に、セルゲイもまんざらではないと言った感情を浮かべていた。
例え勝利できなかったとしても、自分は自分で彼らが期待した通りの結果を出せた。セルゲイにとってはそれで十分であった。
そんなことを思いながらセルゲイは選手の控え部屋から出てくるサムソンの背中を見つける。
「サムソン」
思わず声をかけ近寄るセルゲイであったが、彼の声を聞いたサムソンは僅かに首を動かすだけであり、そのままセルゲイに対し背中を向けたままであった。
「……サムソン?」
いつもならサムソンの方から「いい試合だったぜ」とスポーツマンシップに則った挨拶を交わすはず。なのに、それがなかった。
代わりにあったのはどこか凍えるような空気であり、そんな不穏な空気を打ち消すようにセルゲイが口を開く。
「……さすがだったよ、サムソン。あと一歩だったけどお前には及ばなかった。けど、これでお前はこの国の代表選手として――」
「悪いが、オレは代表選手として出る気はない」
「え?」
それはセルゲイの思考が停止するような一言であった。
続いて飛び出したセリフにセルゲイは凍りつく。
「お前、さっきの試合、手を抜いただろう」
「――――」
それは先ほどの試合。最後の瞬間、サムソンとぶつかりあった時、セルゲイは確かに手を抜いた。
わざと力を弱め、サムソンに打ち負けたように演じた。
だが、もしあの時セルゲイが本気を出していれば押し負けていたのはサムソンであり、勝利していたのはセルゲイであった。
その事実にサムソンは気づいていた。
いや、あるいはもっと前から、練習中にセルゲイが手を抜いていたことにサムソンは気づいていたのかもしれない。
それを肯定するようにサムソンが話す。
「いつからだ」
「え?」
「いつからそうやって手を抜くことに慣れた」
「…………」
手を抜く。それは先ほどの試合だけでなく、サムソンとの練習の時のことも言っているのだろう。
セルゲイは答えない。ただその沈黙が肯定となり、サムソンは深い溜息をつく。
「……今のオレには国の代表選手になる資格はない。そう父様にも報告する」
「! ま、待ってくれ! サムソン!」
歩き出そうとするサムソンを止めるようにセルゲイは必死に言い訳を口にする。
「確かに、オレは手を抜いたかもしれない……! それでもお前が国の代表選手を降りるのとは別だろう! 手を抜いたのはオレで悪いのは明らかにオレだ! それに今のお前の実力は紛れもなくこの国の中でもトップクラス! そんなお前が辞退する必要なんてどこに……!」
「まだわからないのかよ、セルゲイ……」
セルゲイの言葉を止めるようにサムソンから震える声が漏れ出す。
そこにあったのは親友に手を抜かれたことに対する怒りや、これまで手加減されたいた事実に対する悔しさなどではなかった。
振り向いたサムソンの瞳からこぼれていたもの、それは悲しみの涙であった。
「オレはお前に憤ってるんじゃない……お前に全力すら出させられないオレ自身の実力に憤ってんだ……」
「――――」
そこにあったのは友に裏切られた悲しみによる涙ではなく、友に全力すら出させられない自分の未熟さを呪う涙であった。
サムソンのセルゲイに対する友情に怒りはなかった。
むしろ、自分が不甲斐ないばかりに友人に八百長などという情けない真似をさせていたことに涙していたのだ。
サムソンのそれはあまりに高潔すぎる涙であり、だからこそセルゲイの胸はこれ以上ないほど穿たれた。
「セルゲイ。お前がなんでわざわざ手を抜いてくれたのか、そのことに気づかないほどオレは愚かじゃない。むしろ感謝するべきだということもわかっている。けど、それでもオレは大会の優勝者や国の代表選手なんて肩書きよりも、お前の親友でいることの方が大事なんだ。けど、お前に全力すら出させられないんじゃ……親友、失格だよ」
そして、友であるなら、その友の全力に付き合える実力を持ちたい。
サムソンが願っていたのはその一点だけであった。
「国の代表選手になるよりも、オレはお前の実力に見合う男として修行を開始する。それまでこの国には戻らないつもりだ」
「なっ……!」
「……すまなかったな、セルゲイ。オレじゃ、お前に全力を出させられなかった。けど、いつかお前に全力を出させられるような、そんな選手になって帰ってくるから」
そう言って歩き出すサムソンをセルゲイは止められなかった。
いや、もはや止める資格なんてセルゲイにはなかった。
サムソンが国の代表選手の座から降りたのも、ましてこれから国を出て修行に行くのも全てはセルゲイのため。セルゲイに見合う選手となって、彼に全力を出させるため。
もはやそこにセルゲイが何かを言ったとしてもサムソンは止まらない。
それほどまでの決意と高潔さをセルゲイはサムソンから感じていたのだから。
「セルゲイ。いつかお前が全力を出せる舞台を提供してやりたいな――」
自分に全力を出させたい。
そのためにだけにサムソンはセルゲイの前から消えた。
そうして、セルゲイもまたすぐにその国から消えることとなる。
彼の仕えていたサムソンが行方不明となり、その原因がセルゲイにあったのではと噂が広がり、セルゲイ自身もそれが事実であると認めていたからこそ自ら国を出た。
なによりも手を抜いたことで、自分を信じてくれた親友をあれほど傷つけた事をセルゲイ自身が許せなかった。
そうして、渡り歩くうちにセルゲイはバズダルと出会い、彼に拾われることとなる。
その後は特に語るまでもなくバズダルの片腕として代表選手としてスポーツ勝負をする日々。
だが、そんな中でセルゲイの心に残った傷。
『いつかお前に全力を出せる舞台を提供してやりたいな』
もしも、あの時、セルゲイが全力を出していたら友は己を責めずに済んだのか。
もしも、最初からサムソンとの練習の日々から全力を出していれば、サムソンも自分自身を高めて、お互いに今も切磋琢磨できたのだろうか。
分からない。分からないが、セルゲイはずっと後悔していた。
あの日、全力を出さなかった己の決断を。
そして、そんな友・サムソンの言葉だけが、セルゲイの心にずっと残り続けていた。
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