第19話「異世界にてセルゲイの記憶①」
「よお、セルゲイ。今日もいい勝負しようぜ」
「ああ、もちろんだ。サムソン」
それはいつかの記憶。まだセルゲイが十代半ばの頃の話。
彼は生まれついてのウォーレム族であったが、両親は不明のままミノタウロス族の領地ミノス国に捨てられていた。
そんな彼を拾ってくれたのがミノス王国の貴族エルドゥ家の人間であった。
エルドゥ家は代々ミノス王国の代表選手の家系として常に戦績優秀を誇り、貴族としての立場を確立していた。
ミノタウロス族の特徴は頭の両側に生えた牛のような立派な角と、浅黒の肌、そしてお尻から生えた牛の尻尾。
体格も他種族よりも恵まれており、力自慢のオーガ族や、竜族と比較しても全く謙遜ないほどの優秀な種族であった。
そんなミノタウロス族の中でも特に期待されていたのがエルドゥ家の嫡子サムソン。
彼は歴代のエルドゥ家の選手たちの中でも最も優秀であると評されていた。
そして、そのサムソンにとって友人と呼べる存在がセルゲイであった。
幼い頃、両親に拾われたセルゲイはエルドゥ家の使用人として育てられたが、サムソンとの関係はむしろ兄弟のように仲がよかった。
「それじゃあ、いつものようにワンオンワンのラグボールな。先にボールを奪ってゴールしたほうが勝ちだぜ。いくぜ、セルゲイ!」
屈託ない笑みを浮かべるサムソンに対し、同じように笑みを返し、庭にて激しいぶつかり合いを行うふたり。
サムソンにとって同年代のミノタウロス族であっても、そのほとんどが相手にならない。
そんな彼にとって自分と同じ土俵に立ってくれるセルゲイはまさに理想のライバルであり、友であり、兄弟であった。
「よっしゃあ! これでオレの連続三勝め! どうしたんだよ、セルゲイ。ここ最近調子でも悪いのかー? ははっ」
先にゴールを決めて軽口と共に笑顔を向けるサムソンに対してセルゲイは「そうかもな」と同じような笑みを返す。
だが、この時すでにセルゲイの内面にはある後ろめたさが存在していた。
「……お前、ひょっとしてこの前オレに怪我させたことをまだ気にしてるのか?」
不意にサムソンから漏れたその言葉にセルゲイは見た目にもわかるほどの動揺を行う。
「馬鹿だな、お前。そんなの気にするなって言っただろう。見ての通り、今のオレはピンピンだろう。そんな後ろめたさなんか感じずに、全力で打ち込んで来いよ」
「……ああ、そうだな」
サムソンからの笑顔のその言葉に、しかしセルゲイはどこか曖昧な笑みを返す。
そんなふたりのもとに誰かが近づいてくる。
「ここにいたのか、サムソン。セルゲイ」
「父様!」
それはサムソンの父であり、セルゲイを拾ってくれたエルドゥ家の現当主。
彼が現れると同時にサムソンは父の傍へと走って行き、セルゲイは恭しく頭を下げる。
「いや、セルゲイ。頭を下げる必要はない。今日はお前に頼みがあって来た」
「頼み……。なんでございましょうか?」
あくまでも自身はこの家の使用人に過ぎないとわきまえたセルゲイは頭を下げたまま自らのご主人様からの返答を聞く。
だが、それは彼にとって信じらない内容のものであった。
「次の我が国での大会予選、お前にも出場してもらいたい」
「! 本当かよ! やったじゃないか、セルゲイ! これで一緒のチームとして大会に出られるな!」
父からのまさかの出場依頼に対し、セルゲイよりも先に喜ぶサムソン。
だが、その喜びも次の父からのセリフにより衝撃に変わる。
「いや、サム。セルゲイには別のチームの代表として出場してもらいたい」
「え? それってどういう意味ですか、父様」
思わぬ父からの言葉に疑問を投げかけるサムソン。
それに対して父はどこか気まずそうに答える。
「……次の大会で我が国から出場するメンバーはほとんどが決まっているんだ。だが、一名だけメンバーに空きが存在する。そのため今度の大会予選でその一名を決めることとなった。なので、候補となる選手のメンバーたちをそれぞれのチームの代表として戦わせることとなった」
「……それってつまり」
父からの説明を受け、サムソンもそしてセルゲイもその意味と意図に気づく。
「そうだ。大会予選ではお前とセルゲイ。それぞれ別のチームを率いて戦ってもらい、勝った方が代表選手として選ばれる」
それは言い換えるなら、どちらかが選手から蹴落とされることを意味する。
無論、セルゲイやサムソン以外にも選手候補として選ばれた者たちが参加するだろうが、すでに同年代やこの国の代表選手以外で彼ら二人に敵うものはなかった。
つまりはこれは事実上、二人のどちらかを選ぶという予選である。
そのことに気づきセルゲイは気まずさのあまりサムソンから視線を外すが――
「そっか。なら、楽しみだな」
サムソンからのその言葉に思わずセルゲイは彼の顔を見る。
そこには先程と変わりない屈託ない笑みがあった。
「お互いチームを率いて全力の試合が出来るんだ。しかもより強いほうが正式な大会に出られるってんだからお互いに悔いも残らないだろう」
そう言ってサムソンはその手をセルゲイの方へと差し出す。
「お互い、いい勝負をしようぜ。セルゲイ」
「……サムソン」
友から差し出されたその手をセルゲイはわずかにためらうが、彼の笑みを受け入れ、その手を握り返すのであった。
◇ ◇ ◇
その日、セルゲイは館での雑用を終えて、夜の廊下を歩いていた。
その際、彼は廊下の窓から眼下の広場にて走る人影を見る。
「……サムソン」
それは彼の親友であり、このエルドゥ家の跡取り息子でもあるサムソン。
彼は広場の各地に用意された運動用器具を使って激しいトレーニングを行っていた。
広場の周回、木人へのタックル、魔法弾射出装置による防御の練習。
それらを何度も行い、額には汗をかき、激しく肩を上下に揺らしていた。
「……はぁはぁ、はぁ……」
眼下でのサムソンの必死な練習を見て、セルゲイは複雑な感情を抱いていた。
今まで自分とサムソンの実力はほぼ拮抗していた。
セルゲイも少し前まではサムソンと同じような密かな練習も行っていた。
だが、ここ最近になって肉体的成長に変化が訪れた。
前までは全く微動だにしなかったサムソンのタックルに対して押し返せるようになった。
それだけではなく、もう一歩、あるいは二歩、全力を出せばサムソンを吹き飛ばせると確信していた。
実際に前に一度、自分の本気を知りたくてサムソンとのぶつかり合いを行った際、彼を吹き飛ばし怪我を負わせたことがあった。
幸い、怪我は大したことはなく、すぐに癒えた。
だが、それ以来、セルゲイは全力を出すことにためらいを覚えていた。
理由は無論、サムソンへの怪我を怖れてだが、それ以上に彼の必死さを簡単にあしらいたくないと思ったからである。
サムソンは今もなお眼下でトレーニングを行っている。
だが、セルゲイはここ半年ほど自主トレーニングを行っていない。
にも関わらず両者の実力は全くと言っていいほど離れない。
いや、もっと言えばセルゲイにとって、もはやサムソンは敵ではなくなりつつある。
だが、それを明かしたくはないとセルゲイはいつも彼にバレないよう手を抜き、いい勝負を演じていた。
それがセルゲイにとってサムソンに対する友情であり、この家に拾われた恩義に報いる行為であると信じたからであった。
だが、そうした彼の考えが、やがて最悪の方向へと帰結することをセルゲイは未だ知らずにいた――。
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