第18話「異世界にてハーフタイムを取る」

「確かこちらでいいはず……ですよね」


 試合開始からしばらく。

 イノの兄であるクリストに呼び出されたミーティアは指定された待ち合わせ場所へと着いていた。


 すでに試合が開始され、会場では激しい攻防が行われているはず。

 自分は試合となれば天士様の役に立つことは出来ない。

 国を救ってくれた恩人に対し、なにも出来ない事をミーティアは歯がゆく感じていた。

 だからこそ、少しでも役に立てることがあるのならしたい。

 天士様がエルフの少女イノを救うというのなら、その手伝いを自分も可能な限りする。

 それが今のミーティアの行動原理であった。

 そんな事を思いながら路地裏で待つことしばし、誰かの足音が聞こえてくる。


「あっ、クリスト様ですね。お初にお目にかかります、私は人族王国姫ミーティアと……」


 ミーティアがやってきた人物に挨拶をすると同時に異様な眠気が彼女に走る。

 見ると護衛のためについてきた兵士達も同じように眠気に誘われ、その場で倒れていく姿があった。


「こ、これは……」


 この世界において争いごとを行うことは神々が定めたルールに反し、即座に天界からこの地を見守る神々によって処罰をくだされる。

 だが、直接暴力を振るわない限りそのルールに抵触することはない。

 つまりは、これはそうしたルールの範疇外、抜け穴であった。


 ミーティアはそのことに気づきながら、目の前の立つ人物の顔を見上げる。


「……あな、た……は……」


 その人物の顔を見て、ミーティアは意識を失った。



◇   ◇   ◇



「バズダル様」


「どうした、何事だ?」


「はっ、実は監視しておりました例の件ですが――」


「……そうか、ご苦労」


 ハーフタイムを取ると同時に、バズダルへと何やら報告を行った兵からの報せを受けると、バズダルはそのまま満足げに頷き、兵を下がらせる。

 その後、自らの前に立つセルゲイへと声をかける。


「さて、セルゲイよ。今の気分はどうだ?」


「…………」


 バズダルからの問いかけに対して、セルゲイは答えない。

 しかし、バズダルはそれに気にすることなく続ける。


「よもやお前のパワーに匹敵する種族が存在したとはな。やはり、あれもお前と同じ変異種かもしれぬな。まあ、それはさておき、こうなれば作戦を変更するしかあるまい」


 そう言ってバズダルの口から告げられた作戦に対し、セルゲイは初めてその顔に動揺を浮かべた。



◇   ◇   ◇



「なっ! 本気で言ってんのかよ、天士!」


「ああ、本気だ。おそらくそれぐらいの賭けをしなければこの勝負、危ういかもしれない」


 一方でハーフタイムを使い、新たな作戦を話していた天士とリーシャ、そしてイノ達であったが、天士から告げられたある提案に対しリーシャは思わず声を荒げる。

 それはイノにしても同じであり、声こそ出していないものの、その表情は驚きに見開かれている。


「さっきのぶつかり。確かにオレが僅かに押し勝ったが、あれはオレの全力だった。けど向こうにはまだセルゲイ自身のスキルが残っている。それを使用されれば、おそらくオレは押し負ける」


 それはこれまでこの世界において超人的活躍をしてきた天士からは想像も出来ない発言であった。


「今はまだこっちがリードしているが、パワー勝負で負ければ向こうにドンドン点が入る。それを防ぐには意表を突いたこの作戦しかない」


「……分かった。けど、ひとつ問題がある」


 天士からの提案に頷くリーシャではあったが、しかしその作戦におけるある穴を指摘する。


「もしも向こうがパワー勝負を放棄したらどうするんだ? それをされれば、こっちはますます不利になるだろう」


「いや、それはないはずだ」


 しかし、リーシャからのその指摘に対して、天士はなぜか断言をする。


「理由はうまく話せないけど……多分、あいつはそんなことをしないと思う」


 そう言って天士は向かい側に立つセルゲイの背中を見る。


「あいつはようやく自分と戦える相手と出会えたんだ。これまでは出来なかった真っ向勝負を仕掛けられる相手。そいつを前にあいつがオレから逃げるとは思えない。あいつは必ず真っ向からオレに立ち向かってくるはず。そう思えるんだ」


 そんな相手に対する不確かな信頼に対し、リーシャもイノも不安そうな顔を浮かべるものの、天士が浮かべる笑みに当てられたようにリーシャは仕方ないとばかりに苦笑を浮かべる。


「わかったよ。それじゃあ、お前のその作戦で行ってやるよ」


「ああ、すまないが頼むよ。リーシャ」


「おうよ。まあ、任せておきな」



◇   ◇   ◇



「真っ向勝負を……捨てろと言うのですか」


 一方、バズダルからの作戦を告げられたセルゲイは彼にしては珍しく表情を変えて呟いていた。


「そうだ。現状我々はあの天士という男一人に押されている。が、そいつさえ無視できるのならば点の取りようはある」


 そう言ってバズダルはセルゲイが持つスキルの一つを宣言する。


「『加速』。お前が持つスキルのひとつ、それを使用しろ。そしてアレーナからの『肉体強化』も全て『加速』に回せ」


「…………」


 バズダルからの提案はセルゲイが持つ肉体能力の全てをスピードに回し、それによってボールをゴールに入れるという手段であった。

 向こう側のキーパーに値する人物はリーシャと呼ばれる半獣人の少年。

 天士ならばともかく、ただの半獣人の少年ならば、素のセルゲイのパワーだけで押し切れる。

 つまりは天士との勝負を捨てることによって確実に点を取るという作戦であった。


 現状セルゲイが天士と真っ向勝負するメリットはない。

 元々セルゲイのパワーに対抗できる選手がいなかったからこそ、これまでバズダルはラグボールにおいて無敗であったのだ。

 が、そのセルゲイに対抗できる選手がここに現れた。


 セルゲイが全スキルを力に集約させ、本気のぶつかり合いをすればあるいは勝算もあるかもしれない。

 だが、そのようなリスクを冒すよりも確実に勝てるルートがあるのならば、そちらを利用する。

 バズダルの指示は正確であり、それはセルゲイも理解していた。


「いいな。次の勝負、天士との一騎打ちとなった際、即座にスピードに切り替えろ。奴は必ずお前を止めるために構えに入るはず。その隙を付けば即座にゴールまで一気に行けるだろう」


「…………」


 バズダルからの指示にセルゲイは最後まで何も言い返すことなく、ハーフタイムは終了となる。

 再びセルゲイとオーガ族の選手がフィールドへと戻り、それに対峙するように天士とリーシャ達も並ぶ。


「それじゃあ、いい勝負しようか。セルゲイ」


 そんな自らを恐れることなく真っ向から覗いてくる天士の瞳に、セルゲイはかつて、自分と肩を並んでスポーツをしてくれた“友”の存在を思い出していく――。

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