第17話「異世界にて好敵手との出会い」

「それでは――試合開始!」


 審判のその掛け声と共にボールが空高く投げられる。

 オレはその場よりジャンプし、投げられたボールへと飛びつく。


「なっ! なんという高さだ! 噂には聞いていたがあれは本当に人族なのか?!」


 その瞬間、オレの跳躍を見たバズダル含む相手側のベンチは騒然となる。

 コート上では同じくジャンプの構えに移っていたセルゲイが、オレの跳躍を見て、驚愕の表情を浮かべ、そのまま跳躍の姿勢を解く。

 おそらくは今から飛んでも届かないと踏んだのだろう。


 オレ自身、跳躍に関しても自信はあった。

 スポーツの中では特にバスケが好きだったために、中学では腕を鳴らした。

 無論、ダンクも出来るほどに跳躍力を鍛えているので三メートルはゆうに飛べる。

 そして、この世界での三メートルもの跳躍ともなれば、やはり超人扱いであった。


「あ、あいつ、有翼種族並みの跳躍力まで持ってんのかよ! ば、化物じゃねぇか!」


 オレがボールをキャッチし、着地すると同時に、目の前にいたオーガ族がうろたえた様子を見せる。


 試合前から、このオーガは以前オレとの腕相撲で負けたことが相当、尾を引いていたのだろう。整列の際もやたら引きつった顔をしていた。

 今も目の前のオレからボールを奪うような気配は微塵もなく、むしろ片足が後ろに下がっているのさえ見える。


 まあ、こいつに関しては問題ないだろう。

 そう思いオレは即座に手にしたボールを胸に抱え、そのままオーガ族の隣を瞬時にかけていく。


「……なっ?! は、はえええぇ?! なんだ今の速さ?!!」


 オレのダッシュを見るのは初めてだったのかオーガはまるで一コマ遅れたように、オレが駆け抜けた後に驚き、振り返る。

 やはりと言うべきかオーガ族というのは力には特化した種族であるが、そのほかの反応や速度に関しては並以下のようだ。

 そう思いオレはボールを抱えたまま、もう一度ラグボールについてのルールを思い出す。


 ラグボールは審判によって投げられたボールを先に取ったほうが攻撃側となり、その後はボールの奪い合いとなる。

 手で相手のボールを奪うことは勿論、体当たりなどで相手を吹き飛ばした後、持っていたボールを奪うというルールであり、まさにラグビーのようなパワー勝負のスポーツだ。

 だからこそ、この試合において一番の厄介なのは――


「……来たか」


 先程、ジャンプ勝負において勝てないと踏むや否やセルゲイはまっすぐゴールの方へと戻っていた。

 そして、そこでオレを止めるべく不動の構えを行っていた。

 勝てない勝負は無理をせず、得意なパワー勝負で待ち構えるとは冷静な判断だ。

 オレとセルゲイの距離が一メートルにも満たない領域へと差し掛かった瞬間、気迫に満ちた表情をセルゲイは向ける。

 そして、その巨体をオレ目掛けタックルさせてくる!

 まさに直撃コース。誰もがパワーのぶつかり合いを予想した、その瞬間――


「――よっと!」


 が、しかし、その予想は裏切られた。

 誰もがセルゲイとの接触コースであったと見ていたが、セルゲイとぶつかる寸前、オレは右足を大きく踏み込み、それと同時に体を真横へと移動させ、セルゲイが放った突進を紙一重で回避した。

 すれ違うオレをセルゲイは驚愕した表情で見つめる。


「悪いな。このスポーツ、必ずしもパワー勝負しなきゃいけないなんてルールはないだろう?」


 そう言ってすれ違いざまのセリフを残し、オレの体はそのままボール抱えたまま相手のゴールへと入る。


「ゴ――ル!! まずは人族側に先制点が入りますー!」


 審判の笛が鳴り、用意されていた巨大な掲示板のようなものの片方に1点の文字が加えられた。

 それを見て、セルゲイのみならずバズダル含む、向こう側の全員が驚きに口を開ける。


「な、なんだ今のは瞬間移動なのか?! あの人族は全速力で走っていたのになぜそこから急な方向転換ができるのだ?! なんなのだあれは?! 一体なんのスキルを使ったというのだ?!」


 ベンチにて、わめき散らすバズダルに対し、オレは心の中で呟く。


 今のは無論スキルでもなんでもない。

 あれはテニスなどで使われる技術のひとつ、スプリットステップと呼ばれるもの。

 ステップを使ったどの方向にも瞬時に移動する技術であり、オレが使ったのはその応用だ。


 右足でジャンプすると同時に、その方向へと全体重を乗せて、垂直へと瞬時に移動する。

 無論、これには相当なボディバランスが必要となるが、どうやらオレはそうした天性のバネを持っているらしく、よく色んなスポーツのコーチや監督に褒められた。


 スポーツにおいてボディバランスとは最も重要な要素であり、才能のひとつ。

 だからこそ、オレはどんな体勢からでもすぐに持ち直し、あるいは跳躍できる自信がある。


 そして無論、この世界ではそうした体の柔らかさやバネのしなやかさも、常人離れした能力であり、もはやスキル扱いであった。


「……驚いたな。お前は怪力だけでなく、跳躍力や速力、果てはバランス感覚まで超人なのか?」


 そんなオレの考えが事実であるかのようにセルゲイが問いかけてくる。


「超人のつもりはないけれど、まあ一通りはこなせる自信はあるよ。それにこのスポーツも、なにも腕力だけが全てなわけじゃないだろう」


 そう。ルール上、こちらが攻撃を行う際、必ずしも防御側と接触する必要はないのだ。

 それこそ速さにものを言わせて相手をかわしゴールできるのなら、それに越したことはない。

 

「……確かにな。真っ向からパワー勝負をする必要はないな」


 しかし、そんなオレからの返答に対して、セルゲイはどこか落胆したように頷く。


 そうして今度は攻守交代となり、セルゲイの側にボールが渡り、オレとリーシャは守備の配置へとつく。

 それを見てセルゲイは静かにボールを抱え、呟く。


「……そちらが攻撃する分にはぶつかる必要などはないだろう。だが、こちらが攻撃する場合はそうもいくまい」


 ついでセルゲイは、まっすぐにこちらのゴールに向かって駆け出していく。

 それと同時にベンチにてバズダルの隣に座っていたエルフの少女アレーナが何かを呟く。


「――スキル『肉体強化』発動」


 瞬間、聞こえたのは鈴のような声。

 それと同時にセルゲイの体が光に包まれる。


「おっと、これはー! セルゲイ側、サポートアレーナ選手よりセルゲイ選手への支援スキル『肉体強化』が送られたようですー! 『肉体強化』は強化系のスキルであり全身の筋力や防御力、肉体に関する全ての能力が一気に向上する上位スキル! しかし、まさかこんな序盤で使ってくるとはー!」


 審判からの説明にオレとリーシャも思わず顔を合わせる。

 確かに、スキルの恩恵は強力だが、その分、長くは持続しない。

 今使ったのはサポートのアレーナと呼ばれる少女のため、スキル使用後の疲労感はアレーナに来るとしても、こんな序盤に切り札を切るというのか?

 そう思っていたオレに、しかしベンチに座っていたセルゲイの声が耳に入った。


「残念ですが、うちのエルフ族は一級品でしてね。そのスキルの効果も、そして持続時間も他とは比べ物になりません。アレーナが使用した『肉体強化』のスキルは試合終了まで十分に効果を保つのですよ」


 そう自慢げに語るバズダル。

 なるほど、そういうことだったのか。


 そして、それを証明するかのようにスキルの恩恵を受け、これまでにない加速と重量感をもって突進を行うセルゲイが迫る。

 そこには先ほどのオレのようなフェイントや、軌道を変える動きは全くなく、文字通り真っ直ぐにゴールを目指していた。


 確かに先程セルゲイが言ったとおり、相手側の攻撃の際、このようにパワー勝負で突っ込まれれば、いくら速さや技巧に自信があろうとも関係はない。


「さあ、どうしますか、人族の選手様? このまま行けばあなたとセルゲイはぶつかる。いくらあなたが腕力に自信があろうともタダではすみませんよ」


 相手のベンチからは、こちらをあざ笑うバズダルの声が聞こえる。

 確かに、このまま行けば、オレとセルゲイの体はぶつかる。

 そうならないためにもオレにできるのは回避すること。

 そう、誰もが思っただろう。しかし――


「確かにさっきオレは腕力が全てじゃないとは言ったが、ひとつ付け加えさせてもらうぜ。パワー勝負しない、とは一言も言っていないぜ」


「!?」


 瞬間、オレの動きを見たセルゲイは息を呑む。

 なぜなら、オレが取った行動とは回避などではない。

 真っ向からセルゲイにぶつかりボールを奪うという選択肢だったからだ。


「これはこれは……なんという勇猛な。しかし、教えておきましょう、人族の選手様。前回の練習試合でセルゲイに勝てる自信を持ったのなら、それは間違いですよ。セルゲイはあの時、本気を出してはいませんでしたよ? 加えて今の彼はアレーナのスキルによって、その肉体能力は普段の1.5倍。いくらあなたでも、それを受け止めることなど不可能ですよ」


 オレの行動を見て、再び嘲るようなバズダルの声が聞こえる。

 また同時に隣ではリーシャの慌てた叫び声も耳に入る。


「なっ! お、おい! 天士! 大丈夫なのかよ!? 無茶はやめろよ! 避けてもいいんだぞ!」


 そんな慌てるリーシャに対し、しかし、オレは迫り来るセルゲイに対し、同じくタックルをかました。


 そんなオレの行動に対し、セルゲイは僅かに何かを躊躇うような表情を見せる。

 が、すぐさま先ほどと変わらぬ無表情へと戻り、そのままオレを吹き飛ばすように力を込める。


 オレの体と、ボールを持つセルゲイとの体が激しくぶつかりあう。


「――――っ、うおおおおおおりゃあああああああああああ!!!」


 肉体と肉体がぶつかり合う音。

 かつてないほどの振動と衝撃がオレの体を駆け巡る。

 だが、しかし、それでもオレは微動だにしなかった。

 体格では間違いなく相手が上。

 しかし、それすらねじ伏せるように、オレはセルゲイとぶつかったままの肩に更に激しく力を入れる。

 右足を大きく踏み込み、地面がえぐれるほどの重量と力を込める。

 やがて、僅かにセルゲイの体が押し出された瞬間、オレはそこに残る渾身の力を全て込める。


「――だっりゃああああああああああああああっ!!」


 瞬間、起きた出来事に、この場にいた全員は瞠目する。

 オレのタックルによって、セルゲイはそのまま大きく吹き飛び、彼の体が中空に舞い、そのまま地面へと倒れ、彼の持っていたボールが転がる。


「……なっ」


 その驚愕の声は誰が漏らしたものであったのか。

 それに気づく暇もなく、オレは地面に落ちたボールを拾い、そのまま、すかさず呆然と立ち尽くしていたオーガの隣を駆け抜け、再びゴールへとボールを運んだ。


「……なっ、あっ……ご、ゴ―――ル!! ま、まさか! まさかの人族がウォーレム族セルゲイを吹き飛ばし、ボールを奪って連続ゴールを決めた―――!!」


 審判からのゴール宣言が響き渡る。

 それと同時に試合を見ていた観客からは歓声が上がり、バズダル側からは動揺の声が上がり始める。


 だが、オレはそれには見向きもせず、ただ倒れたままのセルゲイの方へと向かい、その顔を正面から見てから、ある宣言をする。


「見ての通りだ。オレに手加減なんか必要ないぜ」


 その言葉にセルゲイはこれまで以上の驚愕の表情を見せる。

 同時に、それを隣で聞いていたリーシャまでも驚いた声をあげる。


「なっ……手加減、だって? 何言ってんだよ、天士。さっきのでこいつ手加減してたって言うのか……?」


 そのリーシャからの疑問に対し、セルゲイの代わりにオレが頷く。

 確かに常人にはわからない加減ではあった。

 事実、セルゲイはアレーナからの補佐を受け、スキルによって肉体能力が向上している。

 それだけでも、この世界の人間ならば簡単に吹き飛ぶだろう。


 だが、それでもあの瞬間のセルゲイの表情には一瞬の躊躇いが見えた。

 そして、なによりも。


「その証拠にまだお前自身のスキルを使ってないだろう、セルゲイ」


 そう、サポートであるアレーナからのスキルを受けてはいたが、まだセルゲイ自身のスキルを使用した感覚は全くなかった。

 それだけでもセルゲイが未だ全力を出していないのは十分に理解できた。

 そのことに気づき、リーシャは息を呑む。


 なぜ、セルゲイが全力を出すのを躊躇っていたのか。

 その正確な理由はわからない。

 それでも先ほどのセルゲイは逡巡するような表情から、大体の理由は察せられた。

 それはおそらく――


「オレは今までお前が戦ってきた相手とは違う。お前の全力を受けても壊れはしないよ」


 オレのセリフに再びセルゲイは瞠目するようにオレの顔を見る。


 スポーツをやっていれば、避けては通れないことがある。

 それが相手に怪我をさせてしまうかもしれないというリスク。

 無論、オレにもそうした経験はあるし、されたこともある。

 だが、それでもオレは誰かを恨んだことはなかったし、恨まれたこともなかった。


 なぜなら、スポーツの醍醐味とは全力で戦うこと。

 仮にそれで怪我をすることになって、それはある意味、名誉の負傷。

 相手がそれに気遣う必要はないし、後悔の念を抱いて欲しくはない。


 かつてオレにもそうした相手がいた。

 だからこそ、セルゲイの気持ちがなんとなく分かった。


 この男は噂にあるような恐ろしい種族なのではない。

 むしろ、こちらを怪我させまいと、心のどこかに躊躇いを持った優しい男なんだ。


 だが、同時に普段のこの男から感じるあの無表情な冷め切った感覚。

 それは全力を出すことに躊躇いを持つがゆえに、常に全力を出せずにいる現状への鬱屈さ。


 先ほどのタックルでオレはその感情をこの男に見た。

 だからこそ、オレは躊躇うことなく全力でセルゲイにぶつかった。

 それは勝負に勝つ以上に、セルゲイに見せてやりたかったからだ。


 お前と全力の勝負をやれる奴がここにいると。


 正直、オレもまたこの世界に来てからひとつだけ物足りなかったものがあった。

 それこそが、スポーツをやるものなら誰しもが求めるもの。

 “好敵手”と呼ばれるものの存在。

 それはあの時、城での練習試合で腕相撲をした時から感じていた感覚の正体。


 オレとセルゲイ。

 生まれも状況も全てが違うだろう。

 だが、それでもこの男が抱いている気持ちをオレはほんの僅かだが理解出来た。

 だからこそ、オレはセルゲイに向け、迷いない宣言をする。


「やろうぜ、セルゲイ。ここからが本当の勝負だ」


 差し出したオレの手を、セルゲイはわずかな沈黙の後、手に取る。

 そうして、立ち上がったセルゲイが見せた表情は――期待と興奮に満ち溢れた初めての笑みであった。


「――いいだろう。ならば、ここからが全力の勝負だ」


 そう言って向かい合ったセルゲイの顔に、オレは地球で幾度となく向かい合った好敵手と呼ばれる選手たちの顔を思い浮かべ、笑みを返す。


 だがその瞬間、バズダル側からのハーフタイムの要請がフィールドに鳴り響いた。

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