第16話「異世界にてラグボールの開幕」

 オレ達が案内されたのはドームのような場所に出来上がった芝生のフィールド。

 まさにスポーツをするために用意された場所であり、オレが知るサッカーやラグビーなどを行うのにふさわしい広さであった。


「さて、それではまずはお互いの選手の紹介から行きましょうか」


 そのバズダルからの宣言に対し、オレを含む選手として参加する三人が前に出る。


「おや」


 こちらの三人のメンバーを見てバズダルは意外そうな顔を浮かべる。

 それもそうであろう。

 一人目は言わずと知れたオレであり、二人目にはリーシャをお願いした。

 そして、残る三人目。それこそがバズダルが意外だと思った人物。


「これは驚きました。まさか、そちらのイノさんが自ら選手として参加するとは」


 そう、それはあの時、三人目のメンバーを決める際、イノが提案したこと。

 それこそが自分を選手として選んでもらうこと。

 無論、オレは最初それを聞いたときは反対した。

 だが、この世界のスポーツ勝負には選手として選ばれた人物は必ずしも試合に直接参加しなければならないわけではなかった。

 むしろ、それ以外の参加方法もあるのだと聞かされた。


「私は今回、天士様のサポートとして参加します」


 それを聞いた瞬間、バズダルは納得したように頷く。


 サポート。それこそが選手として選ばれた者が試合に参加せずに協力する手段。

 通常、この世界の試合は一度だけ選手がスキルと呼ばれる特殊な能力を使用することが可能となる。

 それは以前にオレが獣人族と試合した際に見たとおり。


 だが、オレは地球からこの世界に来た異世界人のためにスキルと呼ばれるものを持っていなかった。

 無論、それを持たなくてもオレの存在自体がチートのようなものだから気にしなかったのだが。


 しかし、このサポートと呼ばれる存在がいれば、オレにもそうしたスキルの恩寵を受けることが可能となる。


 サポートとはその名のとおり、試合には参加せず、試合の外から試合に参加する人物へと自分が持つスキルを『一つ』だけかけることができるというものだ。

 ミーティアいわく、このサポートと呼ばれる存在が意外とこの世界のスポーツ勝負では勝敗を分けるほど大きな存在になるという。


 というのも、一人につき一つのスキルしか使用できない試合のルール上、このサポートの存在を上手く利用すれば、一人で二人分のスキルを宿すことができるのだ。

 しかも、自分が持っていないスキルや、あるいはスキルは強力でも本人の身体能力自体が大したことのない種族の場合、こうしたサポートに回ったほうが、その能力を十分に発揮できるというのだ。


 そして、イノの種族であるエルフ族こそが、その典型的な種族なのだという。

 彼女たちエルフ族は、全ての種族の中でも最も多様なスキルを持ち、その効果も強力なものが多い。

 ゆえにエルフ族のサポートが一人いるだけで、選手二人分以上の恩恵を得られるという。

 確かにそういうことならば、エルフの存在価値は貴重であろう。


「なるほど、考えましたな。では、こちらの選手の紹介も致しましょう」


 そう言ってバズダルもまた背後に控えていた人物より三人を選び前に出す。

 その中心にいるのは言わずと知れたウォーレム族、セルゲイ。

 その右隣には以前にオレが腕相撲で負かしたオーガの一人。

 そして、もうひとり、セルゲイの左隣に立つ、その人物を見て、オレだけでなく、ミーティア含む全員が驚きに息を飲んだ。


「どうやら、お互いに考えることは同じだったようですなぁ」


 そう、それはイノと同じエルフ族の少女であった。

 オレ達の驚愕をよそにバズダルはその少女の背後に立ち、その両肩に手を置く。

 それに対し、その少女は静かに目を瞑ったまま、従順な姿勢を見せる。


「彼女はアレーナ。私が買いあさったエルフ族の中でも特に見目麗しく、能力も高いエルフ族です。まあ、そちらのイノには一歩劣るかもしれませんがねぇ」


 そう言って、わざとらしく舌なめずりを行うバズダル。

 それに対してアレーナと呼ばれた少女は微動だにすることなく、まるで命令に従う人形のようであった。


「私が各地からエルフ族の奴隷を買いあさっているのは知っているでしょう? その理由の一つは、以前にエルフ族の国にてお世話になった時に、彼女たちエルフ族の美しさに目を奪われましてねぇ、これはぜひとも手元に置いておきたいと思ったのですよ」


 そう言って醜い顔を歪ませて笑うバズダル。

 どうやら、奴のエルフに対する執着は以前にイノの国にて匿われた際に芽生えたものらしい。

 こいつ、かつてはエルフ族に救われていながら、そんな下賤な感情を抱いていたなんて……そう思うだけでオレは知らず拳を握り締めていた。


「無論、それだけではありませんよ。エルフが持つスキルの高さは全種族の中でも指折り、それに加えてこちらのウォーレム族セルゲイ。この男が持つ身体能力の高さも全種族の中ではトップクラス。いわば、身体能力とスキルの最高峰を私は手にしているのですよ。こう言ってはなんですが、この二人を手に入れてからの私は一度として敗北をしたことがありません」


 そう自信満々に宣言するバズダル。

 なるほど、奴がなぜあれほど自信有りげに試合を申し込んだのか。

 そして、エルフ族との試合で勝利できたのか。

 理由はここにあったというわけか。


 確かにそれだけの布陣を持っていればバズダルが調子に乗るのも納得だ。

 だが、それはこちらも同じこと。

 たとえ相手の種族がどんなものであり、サポートに誰がいようと関係ない。

 オレはオレの全力で相手との勝負に勝つ。

 そう意気込みを決めて、オレは正面からバズダルを見返す。


「では、試合は今より十分後に開始と致しましょう。準備運動や作戦会議などあれば今のうちにどうぞ」


 そう言ってバズダルは選手たちを引き連れ向かい側に用意されたベンチのような場所へと向かう。

 オレ達もそれに習い、対面側に用意されたベンチへと向かう。


「作戦だが、オレが得点屋のストライカーを担当する。リーシャは万一に備えてゴールを守るキーパーを。そしてイノにはサポーターとしてオレの指示するタイミングでスキルの発動を頼む」


 ベンチに座り、開口一番のオレのセリフにこの場にいる全員が頷く。


「それでいいと思います、天士様。向こうも試合に参加するのはあのセルゲイというウォーレム族とオーガ族なら数の上では同じ。やはり一番重要なのは、こちらのイノさんが使うスキルとそのタイミングでしょう」


 ミーティアのそのセリフにオレもまた頷く。

 そう、おそらく今回の勝敗を分けるのはこのイノが持つスキルをどのタイミングで使用するかが鍵だ。


「イノ。君が持つスキルについて確認しておきたいんだけど」


「はい、天士様。私が持つスキルは対象のスピードを上昇させる『加速』。対象の筋力を上昇させる『剛力』。状況に応じた能力補正を与える『適者生存』。五感の鋭さをあげる『感覚強化』。対象にかけられたスキルを打ち消す『無効』。物体を隠す『隠蔽』。姿形、それから声色など様々なものを変化させる『偽装』。あとは対象の考えを読む『読心』があります」


 一通りイノが持つスキルを聞くが、どうやら、かなりの数のスキルをイノは有しているようだ。

 ミーティアに聞いたところ、スキルの数は持っていても一つ、二つが普通であり、ここまで多様なスキルを持つのはエルフ族ならではとのことらしい。

 中には普通では会得することすら難しいスキルも含まれていると説明してくれた。


「このうちのどれを使うか……まずはそれを決めないと」


 そう思い、オレは一つ一つのスキルの効果をイノに確認しようとするが、その瞬間、ミーティアが持つ通信石が光りだし、石の向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


『もしもし、こちらエルフ族王補佐クリストだ。ミーティア姫、聞こえたら応答をお願いする』


「あ、はい、こちらミーティアです!」


 即座に通信石の向こうから聞こえてきた声に反応するミーティア。


『よかった。実はつい先程、我々もバズダル卿の支配する領土についたのだ』


「え、もうですか?! 確か到着はまだ二、三日先になるはずでは……?」


『その予定だったのだが、あるツテで思いのほか早く到着できたのだ。ついてはバズダル卿の戦略について君たちに話しておきたいことがある。今すぐある場所まで来てもらえないか?』


 通信石の向こう側から聞こえるクリストの声色は前に聞いた時よりも、どこか焦っているような口調であった。

 確かにバズダルの戦略というのは気になる。

 実際に連中と戦ったことのあるクリストならば、相手がどんな戦略やスキルの運用をするかなど分かるだろう。

 それが分かれば、こちらも対策を練りやすく、イノに頼むスキルも決めやすい。


 だが、試合はもう間近、今ここで移動をしている時間はない。

 それを理解したのかミーティアがオレの方を向き、頷く。


「……分かりました。では、その件については私が直接伺います。場所の指示をお願いできますか?」


『助かる。正直この通信石による会話もバズダル側からスキルで盗聴される可能性があるからな。連中に見つからない場所を今から指示する。場所は表通りの熊の亭と書かれた店の路地に入って、そこから――』


 通信石から聞こえる会話はミーティアにだけ聞こえるように耳に当て、クリストの指示に対し頷き、静かに通信石を切る。


「……天士様。申し訳ありません。そういうことですので、私は一度クリストさんと合流しようと思います」


「ああ、それでいいと思うよ。こっちの方は心配しなくてもいいよ、ミーティア。それよりミーティアがクリストさんから情報を聞いてきてくれ」


 オレの「頼んだよ」という一言にミーティアは嬉しそうに微笑む。

 これから行われるラグボールの試合では何回かの休憩タイムを挟めるという。

 その時にミーティアからの情報を聞ければ、十分に勝率は上がる。


「わかりました。それでは行ってきます。天士様、リーシャ、それにイノさん。どうかご武運を!」


 そう言って駆け出すミーティアを尻目にフィールドには審判と思わしきオーク族の男が呼び声をかける。


「それではこれより人族代表選手対オーク帝国バズダル卿代表選手の試合を始めます。両選手の代表はコートに並んでください」


 その審判からの呼びかけにオレとリーシャ、イノ達は頷き合い、コートに並ぶ。

 それと向かい合う形で向こう側の選手三人、セルゲイ、オーガ、そしてアレーナと呼ばれたエルフの少女。


 実際のこのままコートで戦うのはオレとリーシャ、向こう側はセルゲイとオーガの男になるだろう。

 だからこそ、このコートにおける明確な敵はただひとり――目の前のセルゲイであった。


「では、これよりそれぞれエルフの奴隷イノと、バズダル卿の旗を賭けたスポーツ勝負、ラグボールの開始をいたします!」


 審判のその宣言と笛の音と同時に、空高くラグボール用のボールが投げられ、ここにイノをかけての勝負が開幕された!

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