第15話「異世界にてエルフ王女を知る」
イノが兄と呼んだ人物、それはクリストと呼ばれる人物であり、彼は自分の妹であり、エルフ国の王位継承者でもある王女イノを探していたと打ち明けた。
「王女って……けど、なんでそのイノが奴隷なんかに?」
オレの疑問に関して、隣に座るイノが申し訳なさそうな表情をし、何かを打ち明けようとするが、それよりも早く通信石の向こう側にいるイノの兄の声が響く。
『それについては私から説明しよう』
そう言ってイノの兄クリストの口から、これまでのいきさつが語られる。
そもそも事の発端は数年前。
まだバズダル卿が今ほどの力を持っていなかった頃に戻る。
その当時の彼はオルクス帝国内の一地方を預かる領主に過ぎなかったが、帝国内部の権力争いや領地をかけての勝負に追い込まれ、エルフ族に助けを求めたという。
元来、エルフ族は広い領土と豊かな資源の地に恵まれ、その上、彼らの多くが心優しい種族であり、こうした他種族への施しを多く行い、そうした貸しによって領土を広げていたという。
当時、エルフ族を治めていた王がイノの父にあたり、彼はエルフ族の王にふさわしい寛大さと優しさで、バズダルを自分たちの領土へと匿わせたという。
そうして、事態が落ち着いた後、帝国へと戻るバズダルに対し『貸し』として、いくらかの資金も与えていたという。
それから数年に渡り、エルフ族から受けた資金を使い、バズダルはオルクス領内においても抜きん出た存在となり、今の地位を掴んだという。
その後、バズダルがエルフ族に対し、以前に受けた借りの返済を行う際、あるスポーツ勝負を挑んだという、その内容と言うのが――
『彼が負けた際には領土の全てを我が国に譲り、もしも勝った際には我が国の王女イノをもらうという条件だ』
「……そういうことだったのか」
クリストと名乗った人物からの説明を聞き、オレは頷く。
「けど、どうしてそんな条件をエルフ族の王は受け入れたんですか?」
オレの質問に対して、通信石の向こう側にいるクリストがバツの悪そうな声を出す。
『……いいや、今回の勝負、エルフ族の王は承諾していない。その勝負を承諾したのは私だ……。そして今現在、王は謎の病気に伏せているのだ』
「え?!」
それにはオレだけでなくミーティアやリーシャまで驚いたような声を上げていた。
『病というよりも謎の眠りとでも言うべきか。ひと月前から、王は眠ったまま目を開けなくなった。原因も不明なまま、様々な万病薬を試したのだが、我らエルフ族にある薬では限界がある。そこでオーク族の領土に存在する薬ならば可能性はあると思い、向こうが領土を意味する旗を賭けてきた際、思わずその勝負に乗ってしまったのだ……』
そして、結果は負けて、イノが奴隷として向こうに引き渡されたと、そういうことなのだろう。
「信じられませんわ……」
隣ではミーティアが驚いた声を漏らしていたが、事の真意とは別の部分に驚いているようであった。
「エルフ族の代表が、本当に向こうの選手に負けたのですか?」
『……ああ、残念だが、それほど向こうの実力が強力だったというわけだ。特にあのウォーレム族の男。彼こそが我らが遅れを取った原因でもある』
クリストからの返答に対し、ミーティアは信じられないとばかりの声を漏らす。
「ミーティア、そんなに驚くことなのかい?」
「はい、それはもう当然です。天士様はご存知ないかもしれませんが、エルフ族の国アルフヘイムと言えば、昨年のメル・ド・レーンスポーツ大会において上位の記録を残した国なのです」
ミーティアは説明する。
この世界には百を超える国が存在し、そこには様々な種族が存在する。
中でもエルフ族王国アルフヘイムと言えば、その領土の広大さは世界でも第三位だという。
「さらに昨年行われた大会では並み居る強敵を退け、ベスト10にまで残った強豪国なのです」
「そりゃ……確かにすごいな」
オレが想像するエルフは華奢で綺麗な美しいイメージであり、こうしたスポーツはそれほど得意なイメージがなかっただけに驚きであった。
「ひょっとしてエルフ族って身体能力が高い種族なのかい?」
「あ、いえ、エルフ族の身体能力は私たち人族とはそれほど変わらないのです。ですが彼らには私たちには無い特殊な能力がありまして……」
そうミーティアが説明をしようとするが、通信石の向こうからクリストの声がそれを遮る。
『説明の最中、申し訳ない。実は通信石の魔力がそろそろ切れそうなのだ。なので、用件だけを伝えたい』
通信石から聞こえるクリストのその声にオレ達は反応し、彼の言葉を待つ。
『バズダルがイノを狙っているとするのなら、その目的はただ一つ。王無きあとその継承権はその血を受け継ぐ私かイノへと移る。その際、バズダルがイノを掲げてエルフ族へ領土の一部なり半分を譲渡しろと言われれば……国は大きく混乱することになる』
なるほど。そういうことだったのか。
なぜバズダルがあれほど、このイノに固執していたのか。
この子はただのエルフでもなければ、奴隷でもない。
エルフ族の王の血を受け継ぐ王女であり、その権利を主張して、彼女の存在を利用すれば、エルフ族が保有するという広大な領土の一部なりそれ以上を獲得できる。
確かに、それならば国一つをかけるだけの価値は十分にある。
「……だとすれば、やっぱますます負けられないな」
そう呟きオレは知らず拳を握り締めていた。
そんなオレの反応を見ていたのか、イノがどこか申し訳なさそうに、しかし優しくオレの拳にそっと手を置いてくれた。
『……正直、君のような人物に妹が救出されたと聞いてほっとしている。我々も明日にはオルクス帝国には到着すると思うから、妹の件は任せて――』
「いえ、ここまで来た以上はオレ達も当事者の一人ですから。なにより、すでにバズダルとの正式なスポーツ勝負を受けた後です」
あとを任せてくれと言うイノの兄に対し、しかし、オレはハッキリと断言する。
事の決着をつけるのなら、後腐れのないこの世界の正式な勝負で決めるのが一番だろう。
なによりここまで来た以上、決着はオレ自身の手でつけたい。
「明日のバズダルとの勝負で、オレがイノを奴隷から開放し、必ずあなたたちのところへ戻してみせます」
オレのその宣言に、隣にいたイノが驚いたような顔を見せ、その後、僅かに頬を染めながらオレの手を握ってくれた。
「ここがオルクス帝国か」
訪れたその街並みを見て、オレは感嘆の息を漏らす。
てっきり、ゲームや漫画のイメージからオークの帝国と言うと薄暗い暗黒街や、荒れた土地や国を想像していたが、実際は真逆。
街並みは整備され、地面には赤いレンガのようなものが敷き詰められており、建物もまるでオランダの街並みのようにオシャレで整頓された家が立ち並んでいた。
なにより道のあちらこちらに綺麗な花が飾ってあり、街並みに関してはオレがいた人族の王国よりも遥かに美しい国であった。
「この地方を治めるバズダル卿は数々のスポーツ勝負に勝ち、領土や資金を貯め込んでいるとされています。街がこれほど豊かなのも当然と言えば当然なのでしょう」
オレの表情に気づいたのかミーティアが説明をしてくれた。
確かに、それもそうか。
そう思い、頷いていると向こうからこちらに近づく一団が見えた。
「お待ちしておりましたぞ、人族の姫君ミーティア様とその代表選手様」
噂をすればなんとやら、例のバズダルが豪勢な衣装に身を包み、その周囲には先日、見たオーガの集団と、あのウォーレム族の青年、それから美しい衣装を身にまとったエルフ族の少女が数人、バズダルの背後に控えていた。
「それではこれから会場へとご案内いたしますが、準備はよろしいでしょうか?」
「もちろん」
そのバズダルの確認に対し、オレは真っ先に答える。
すでにバズダルの狙いがわかっている以上、なんとしてもこの男にイノを渡すわけにはいかない。
なによりもかつてはエルフ族に恩を受けておきながら、それを仇で返すような人物に負けるわけにはいかない。
そんなオレの思想を読んでか、バズダルは醜い顔を歪ませ、舌なめずりを行う。
「これはこれは、人族の代表選手様は準備万端のようですね。いいでしょう。ですが、先日の練習試合と同じだと思わない方がいいですよ。あの時とは異なり、今度はこちらも『本気』で行かせてもらいますから」
そのバズダルの声に応えるように、彼の隣に控えていた長身の男。
褐色の肌を持つウォーレム族、セルゲイが前に出る。
あの時と同様に、まるで感情の読めない表情をしているが、それでもオレはこの男との再戦を密かに楽しみにしていた。
「ああ。こっちこそ、今度は『本気』で勝負させてもらうぜ」
セルゲイを真っ向から見つめ、そんなオレの視線に対し、セルゲイは静かにこちらを見返すが、その瞳の奥には以前には感じられなかった熱を見たような気がした。
今ここにエルフ族の王女を賭けた人族王国対オーク族帝国の試合が始まる。
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