第14話「異世界にてラグボールを知る」

「ミーティア。ここからあのオーク貴族の領土まではどのくらいかかるんだい?」


「三日、というところでしょうか。馬車で移動をして、途中の街で泊まりながらですので最速でもそれくらいはかかるかと」


 あのオーク貴族が去って後、オレの問いかけにミーティアが答える。

 となると連中の指定したラグボールとやらの練習をしている暇はなさそうだ。

 聞いたことのないスポーツではあったが、それがオレの知る地球のスポーツに似たものがあればなんとかなる自信はあった。


「ミーティア、連中の言っていたラグボールってどんなスポーツなんだい?」


「ボールを使った競技のひとつです。30メートルの距離に、ちょうど向かい合うようにそれぞれの陣営の門となるよう棒が二つ立っております。これをゴールと呼び、その相手ゴールの中にボールを入れれば得点をもらえます。30分の間により多くの得点を得た側の勝利というものです」


「そのボールって言うのは投げたり飛ばしたりして相手のゴールに入れても得点は入るのかい?」


「いえ、その場合はカウントされません。得点するには必ず選手がボールを握った状態で、あるいは体のどこかに接触した状態でゴールを超えなければ得点になりません」


 なるほど。大体分かった。

 おそらくは地球でいうラグビーに一番近い競技なのだろう。

 ならば話は早い。


「人数は三対三の勝負になるんだよね? 役割とかはあるのかい?」


「普通はゴールを守るキーパー。ボールを入れる得点屋ストライカー。そして、そのアシストの三つですね。特に重要なのがストライカーでしょう。ボールをゴールに入れるためにストライカーはボールを抱きしめたままキーパーとの勝負になります。そこで押し負けるようではストライカー側に勝ち目はありません」


「つまり今回の勝負はよりパワー重視のスポーツというわけか」


 前回の長距離走はスピードと持久力が重視されるスポーツであった。

 途中に多少のパワーを必要とする障害物があったものの、あれはおまけに過ぎない。

 だが、今回は文字通りパワー勝負によって得点を入れるスポーツ。


 正直、そういった肉体を争う競技は嫌いじゃない。

 サッカーにしろバスケにしろパワー勝負はポイントを入れる上で絶対に必要な行為。

 ああしたゴールをかけての肉体勝負は自分も好きだ。


「まあ、パワー勝負なら前回同様負ける気はしないよ。相手があのセルゲイとかいう奴でも多分いける」


 オレのその言葉に驚くミーティアと周りの皆さん。

 先ほどの腕相撲勝負にて確かにセルゲイのパワーはこの異世界において段違いであった。

 だが、それもオレにとっては決して勝てない相手ではない。

 むしろ、ようやくいい勝負が出来そうな相手と巡り会えて個人的にはワクワクしているくらいだ。


「あのウォーレム族を相手にしても負ける気がしないなんて……さすがは天士様です。本当にどこまでもすごいです……!」


 そう言って羨望の瞳をキラキラと向けるミーティア。

 さすがにそろそろ慣れてきたけれど、どうにも反応に困ってしまう。


「ところで、そのウォーレム族ってのはなんなんだい? なにか特別な種族なの?」


 オレのその問いにミーティアが「こほん」と咳払いをし、説明をしてくれる。


「ウォーレム族というのはこの世界に存在する種族の中でも、とりわけ異質な種族です。彼らはもともと私達、人族の一種ではないかと言われているのです」


「え? 人族の一種? それってどういう意味なんだい?」


「変異種、と呼ばれている種族です」


 オレの疑問にミーティアが答える。


「もともと彼らは遥か南の砂漠の地帯にしか存在しない種族だったのです。その過酷な環境に生きてきた人間が進化、あるいは変異した種族と呼ばれ、見た目は私達人族と変わりませんが、生まれつき褐色の肌を持ち、彼らの腕力はあらゆる種族の中でも飛び抜けております。それこそ怪力自慢のオーガや龍族すらも圧倒すると言われているのです」


「そんなすごい種族が……けど、それがなんでオーク貴族の下に?」


「……おそらく雇われているのでしょう。今現在、ウォーレム族というのは世界でも僅かにしか存在しません」


「え? それってどういう?」


「もともと彼らは変異によって誕生した種族だったので、その数も少数だったのです。ですが彼らは自分たちに宿った力を特別だと信じ、他の種族と交わることを拒否しました。自分達だけでの交わりしか許さず、閉鎖された環境に閉じこもったのです。しかし、それが仇となったのでしょう……」


 ミーティアはわずかに瞳を悲しげに逸らす。


「長い年月をたどるに連れ、ただでさえ少なかった部族の数がさらに減っていき、彼らは仕方なく自らの掟を捨てて他種族と交わるために方々に散ったとされます」


 そこでひと呼吸を置いたミーティアの説明をオレの隣に立っていたイノが受け継ぐ。


「ですが他種族との間にウォーレム族が生まれる確率はそう高くなかったのです、天士様。様々な種族と交わることを選んだウォーレム族ですが、結局はその数は減っていき、今では世界にわずかしか存在しない『幻の種族』と呼ばれています」


「なるほど、そういうことだったのか……」


 ふたりの説明に納得し、オレは静かに頷く。

 突然変異によって生まれた種族。それがあの男の種族というわけか。

 確かにそれならばあの腕力も納得だ。


 けれど、もしもそのウォーレム族が元人族だとしたのなら、同じ人族の間で生きることはできなかったのだろうか?

 そう思い問いかけるが、そこから返ってきたミーティアの答えは悲しいものであった。


「……その可能性もあったのですが、結局それは叶いませんでした」


「どうしてだ、ミーティア?」


「ご想像ください、天士様。かつては同じ種族同士だったのに一方だけが圧倒的力を持ち、一方は弱いまま。そうした二つの種族が同じ場所で暮らせるはずがありません。最初はウォーレム族を受け入れた人族達も次第にウォーレム達の強さを妬むようになり、ウォーレム達もまた自分達より遥かに劣る人族と迎合するのに耐えられなくなったのです……」


 そのミーティアの説明を聞き、オレは頷くしかできなかった。


 確かに元が同じ種族であり、突然変異によってそれほどの優劣ができれば、そこには必ず亀裂が存在する。


 オレのように異世界から来た部外者ひとりとはまるで立場が違うんだ。

 彼らは同じ世界に生きた、同じ種族。

 それがある変化によって大きく道を別れた。

 そうなった以上、持たざる者は持つ者を妬まずにいられず、持つ者は持たざる者らと肩を並べるなど出来るはずがない。 


 おそらく、そうした差別によってウォーレム族の減少にも拍車がかかったのだろう。

 あのセルゲイという男も、そうした周りからの差別的な目を向けられ、オーク族に雇われる道を歩んだのだろうか?

 そう思っていたオレにミーティアの一声が現実に引き戻す。


「ですが天士様。今はウォーレム族のことよりも試合について考えましょう」


 そう言われてオレは思わず顔を上げる。

 そうだ。対戦相手の事よりも、まずこちらが出場する場を整えなければ。


「試合はさっき言ったとおり三対三のチーム戦なんだよね?」


「はい、そうですね」


「前のようにオレ一人が出場するってのは可能なのかい?」


「それは可能ですが、今回はさすがに天士様一人となると難しいかと思います。なにしろ役割がそれぞれ存在しますので」


 確かにオレ一人だとストライカーをやっていた際、万が一ボールを奪われれば、キーパーがいないゴールにボールをあっさりと入れられてしまう。

 もちろん、オレが一人で全部カバーするという手もあるが、相手にセルゲイという選手がいる以上、隙を突かれる可能性は十分に高い。


 やはりここは最低でも、もうひとりアシストが必要だ。

 そう思った瞬間、この広間に聞きなれた声が響き渡る。


「ったく、またお前は他の国との試合を勝手に取り付けてるのかよ」


 そう言って呆れながら大広間に入ってきたのは獣の耳と尻尾を持った半獣人の少年リーシャであった。


「話は兵士たちに聞いたぜ。その試合、オレがサポートについてやるよ」


 そう言ってくるリーシャであったが、オレは思わず彼の身を案じる。


「そう言ってくれるのはありがたいんだが、君は大丈夫なのかい? 今回の試合はラグボールというパワー競技で下手したら怪我をするかもしれないんだぞ? 今回のはオレ個人的の問題みたいなものだから無理に付き合う必要は……」


「何言ってんだよ。ラグボールなら選手は三人必要だろうが。それにこう見えてもオレの力は人族よりも上なんだぜ」


 そう言って力こぶを見せるように腕をまくるリーシャだが、やがて顔を背け、尻尾をくねくねさせながら小声で呟く。


「……それに前回はお前のおかげでこの国と姫さんが助かったんだ。その借りくらいは返させろよ」


 そう照れながら言うリーシャに思わず、笑みがこぼれオレは頷く。


「ああ、そうだな。それじゃあ、リーシャさえよければ力を貸してくれ」


「ああ! 任せておけって!」


 オレその宣言に対し、リーシャは待ってましたとばかりに笑みを向けオレの差し出した手を取る。


「とりあえずこれで二人だな」


 そう呟くオレであったが、残りの一人をどうするか。

 競技がラグボールと呼ばれる激しいスポーツである以上、これを人族に頼むのは難しいかもしれない。

 リーシャは半獣人のため人族よりも能力は上のため、おそらくは大丈夫だと思う。

 最悪、リーシャにキーパーを任せてオレがストライカーとアシストを兼任すれば大丈夫かと考えていると、オレの隣にいたイノが服の裾を掴み何かを進言してくる。


「あ、あの、天士様……それなら私に考えがあります……!」


 そう言ってイノの口から出た案にオレは思わず驚きの表情を浮かべる。







 そうしてオレとミーティア、イノ、リーシャの四人は護衛を連れて、オーク貴族バズダルの領地へと向かっていった。


 あの貴族が支配する領地はオーク帝国オルクスに存在する一地方であり、そこに行くには最低でも三日はかかり、現在は旅路を初めて二日目であり、そのオルクス帝国の一歩手前の街にて宿泊を行っていた。

 このペースなら明日の正午には着くだろうとミーティアから言われた。


「それにしても……バズダル卿はなぜ旗をかけてまで、こちらのイノさんに執着するのでしょうか?」


「というと?」


 宿屋にてミーティアが取ってくれた部屋の一つに集まったオレ達は明日の試合についての作戦会議を行っていたが、話題はバズダルの行動について話していた。


「旗を対価にしての勝負。いま考えればあれは罠だったのかもしれません。旗をかけられた以上、それに勝てば私達はバズダル卿の領土を全て得られる。この誘いをかけられて乗らない国はありません。ましてやそれが私達のような弱小国にとってみれば輪をかけてそうです」


 確かに。

 しかも、こちらは負けた際、イノを取られるだけ。

 仮に負けても人族そのものにダメージはない。

 つまり、あれを持ちかけられた時点で人族側にはそれを拒むという発想そのものがなくなる。


「そうなると……あいつの目的はイノってことになるよな?」


 しかし、そこまでしてイノを奪う必要があるのだろうか?

 疑問の表情を浮かべるオレに対し、隣に座るリーシャが呟く。


「考えるとするなら……コレクションとかじゃねえのか?」


 そのリーシャの言葉に、なにやらミーティアが苦々しく頷く。


「確かに……聞けばあのバズダル卿、その地位と財力を使って、世界中から様々な奴隷を買いあさっていると聞きます。そして、そのほとんどが全種族の中で最も見目麗しい種族エルフ族だと聞いています」


「エルフ族専門のコレクターってわけか……」


 聞いているだけで気分の悪くなる話だ。

 こうした人の売り買いや奴隷というものですら、あまりいい話はしないというのに、その中でも一つの種族をまるで景品みたいに集めるのは不快でしかない。


「けど……だからといって自分の領土を危険に晒してまでイノにそれほどの価値があるとは……」


「あ、あの……」


 そこでそれまで話を黙って聞いていたイノが何かを決意したように口を開く。


「あの、実は……私は……」


 だが、次に彼女の言葉が続くことはなく、代わりに扉越しに響く兵士のノック音と声が聞こえた。


「ミーティア姫! 失礼いたします! 本国より火急の連絡が入りました」


「火急……? 一体なんでしょうか。お入りください」


「はっ!」


 ミーティアの許しを得て、部屋の中に入ってきた兵士はオレ達の方へ近づくと一つの水晶を差し出す。

 淡く光を放つそれをミーティアが受け取ると、そのまま兵士は部屋を後にする。


「ミーティア、それは?」


「通信石です。これで遠くに離れた相手と連絡が取れます」


 なるほど。ファンタジー世界での電話みたいなものか。

 そう思っていると、ミーティアがその通信石に向けて声をかける。


「こちら人族王国ルグレシア王女ミーティアです。火急の用と伺いましたが、如何ような件でしょうか?」


 すると、通信石の向こうより聞きなれない男の声が聞こえる。


『失礼。私はエルフ王国アルフヘイム王補佐クリストと申す者だ。そちらの人族王国にて我がエルフ族の王女が救出されたと耳にしたのだが……』


 エルフ族の王女?

 そう思っていると、オレの隣にいたイノが叫び声に似た大きな声を上げる。


「――お兄様?!」


『その声……やはり、イノなのか?!』


 通信石の向こうから聞こえた男の返事に唖然となるオレ達。

 思いもよらない事態、この場に集まったオレ達は皆、驚いたように顔を見合わせるのだった。

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