第13話「異世界にて貴族オークと出会う」

「おお、これはこれは人族王女のミーティア様。ご機嫌麗しゅう。今日はいつにも増してお美しくございますねぇ」


 そう言って広間でオレ達を待っていたのは下品なほど華美な服とマントを着用した豚の姿をした獣人族。いわゆるオークと呼ばれる種族だ。


 オレもいくつかの漫画や小説でこういったオークという種族が出てくるのを見たことがあるが、そのどれもが醜悪で邪悪な魔物として描かれていた。

 目の前にいるオークは、そうしたオレのイメージに近く、いやらしい目つきでミーティアとオレの隣りにいるイノを観察し、舌なめずりを行っていた。

 また、そんな奴の隣には先日、オレが打ち負かしたあのオーガの集団が控えており、オレを見た瞬間、ビビるように一歩後ろに下がる。


 いや、そこまで怖がられるのもちょっと傷つくな……。

 が、そこでひとり見たこともない男が、その貴族オークの隣に立っているのを見る。

 褐色の肌に身長およそ190センチはあろうかという長身。

 体もガッシリとした肉付きなのが服の上からでも分かる男。

 見た目はほぼ人族と変わらないのだが、なぜかオレはその男に対し、この異世界に来てから初めて他とは違う印象を受けた。


「オルクス帝国貴族のバズダル卿ですね。今日は我が国に何用でご来訪を?」


 そんなオレの考えをよそに、ミーティアは普段とは異なる王女らしい毅然とした態度で目の前のオークに問いかける。

 それに対しバズダルと呼ばれたオークはとぼけるような仕草で逆に問いかける。


「はて? 先程そちらに伝言を送ったはずなのですがねぇ? 私の所有物として届くはずだった奴隷をそちらの人族の若者が強引に奪い去ったと。いけませんねぇ、王女様。いくらこの世の決まりごとが試合やスポーツで決まるとは言え、正式な場でもない野良試合でこちらの所有物を強引に奪うのは」


 そう言ってオレの隣りで怯えるイノをまるで舐め回すように見るオーク。

 こいつ……聞いてれば人を所有物だの奴隷だのと言いたい放題だな。

 オレは隣りで怯えるイノの反応もあってか、気づくと彼女をかばうように前に出て、そのオークに向かって言葉を放っていた。


「待ってください。この子を奪ったのはオレです。この国や、ましてミーティアの意思も関係ありません。あなたがイノを奪ったことに関して責めたいのならオレを責めてください。なんでしたらあなたの言う正式な場とやらで試合を開いてくださっても構いません。それにオレが出場いたしますから」


 オレの言葉にミーティアを始めとしてイノ、そして目の前のオークが驚くような顔をした。

 そのままオークの視線がそれまで興味のなかったオレへと向けられ、マジマジとこちらを観察する。


「ふむ、あなたが噂の強靭な人族ですか。私の雇ったオーガ族から話は聞いていますが……見た目はただの人族と変わりありませんね」


 やがて考える素振りを行っていたオークが何かを閃いたとばかりに大仰な仕草で両手を広げる。


「ふむ、ではこうしましょう。今回の件、私の雇ったオーガ族が勝手に野良試合をしたとは言え、そちらが勝ったのは事実です。ですが、あなたの言うとおり正式の場での試合というのはやはり必要なもの。ですので、こちらはそちらの奴隷の返還を目的とした正式試合を申込みましょう」


「……つまり、そちらが勝ってもこちらの領土を奪いはしないと、そういうことでしょうか? バズダル卿」


「ええ、無論です。私が望むのはそちらの奴隷を手に入れること。更に言えば我が領土は満ち足りております。今更、あなたがた人族から領土など奪わなくとも十分なのですよ」


 そこには多少の嫌味も含まれているのだろう。

 どこか挑発するようなその態度に、しかしミーティアは落ち着いた態度のまま頷く。


「分かりました。では、そちらが敗北した際は何を対価としますか?」


「そうですねぇ……正式な場での試合で我々が負けるなどありませんからねぇ。では……」


 言って次の瞬間、オークの口より飛び出した単語を聞き、この場の全員に衝撃が走る。


「我が旗をそちらに差し上げる、でよろしいでしょうか?」


「?! 正気なのですか、バズダル卿?!」


 見るとオレを除くこの場の全員が動揺し、口々に「信じられん!」「正気ではないぞ?!」「なにかの罠ではないのか?!」と口走っている。

 いや、動揺していない者は、オレの他にもう一人いた。

 それは、あのバズダルの隣に立つ褐色の男であった。


「……ミーティア、旗ってなんだい?」


 よほど重要な単語なのだろう。周りのざわめく雰囲気の中、小声でミーティアに問う。


「……旗というのは国、あるいは領土を支配する者が持つ証です。それを差し出すということは自らの領土を相手にそのまま差し上げるということ。つまりは傘下に加わるということなのです」


「?! なに!」


 そのミーティアの説明にはオレも思わず驚く。

 それが事実なら、このバスダルは自らの領土そのものを賭けると言っているのだ。

 いくら試合に自信があるとは言え、そこまでの対価を払うというのか?


「ミーティア、その旗っていうのは普通の試合で賭けることはあるのかい?」


「……まずありえません。それこそ同じ旗を賭けるくらいでなければ成立しないほどに。そもそも旗同士をかけての試合も、滅多に行われません」


 確かに、ミーティアの話を聞けば、旗を賭けての試合というのはそれほど重大な決断だ。

 それをオレ達に対して仕掛けてくるなんて。

 しかも、相手の要求はイノだけ。こちらの領土には一切興味はないと言っていた。

 にも関わらず相手は負ければ、その時点で自分の支配地、領土の全てを失うかもしれないのだ。

 これではあまりに相手の対価が大きすぎる。


 そこには言い知れない罠を感じるようであり、それまで冷静であったミーティアすら冷や汗を浮かべて悩んでいた。


「どうしました、ミーティア様。そちらにとってはむしろ好都合すぎる条件でしょう。人族の領土は度重なる敗北で多くの領土をよそに取られていると聞きますし。ここで私に勝てれば我が裕福な領土が手に入るのですぞ?」


 そんなミーティアの動揺を楽しむかのようにバズダルはニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて返答を待つ。


「……ひとつ、お聞きしたいのですが、バズダル卿。我々が負けた際、本当に要求はこちらのイノさんだけなのですか?」


「ええ、そうです。そちらの領土には興味はないと何度も言っているはずです」


 そのバズダルの答えを聞き、ミーティアは頷く。


「わかりました。では、その試合、引き受けましょう」


 ミーティアのその答えを聞くと同時に、バズダルはまるでクモの巣にかかった獲物を見るかのように笑った。


「素晴らしい。では試合は一週間後、オルクス帝国に存在する我が領土にて行いましょう」


 一週間後か。おそらくは、その領土に向かうまでに何日か、かかるだろうから出発は二、三日後になるかもしれない。

 オレがそうした考えを頭の中でまとめていると、不意にバズダルが再びオレに対し話しかけてくる。


「そうだ。そちらの人族代表の君。よければ正式な試合の取り決めを祝って、ここで少し練習試合をしてみないかい?」


「練習試合?」


 その申し出に対し、思わず聞き返すオレにバズダルが答える。


「文字通り、こちらの代表選手との軽い手合わせですよ。もちろん、練習なのでどちらが勝っても負けてもなにも取りはしません。要はお互いの選手がどれほどのものなのか軽い見せ合いみたいなものです。無論、そちらが実力を隠しておきたいのなら、受ける必要はありませんよ」


 そう自信満々に言うバズダルはおそらく自分が抱えている選手に絶対の自信があるのだろう。

 できることなら今のうちにその選手の実力を確認しておきたいのがオレの本音ではあるが、バズダルの言うとおり、ここでオレが実力を見せるのも危険な気がする。

 オレは指示を仰ぐようにミーティアの方を見るが、彼女の方はすでに心を決めたようにオレの顔を見て力強く頷いていた。


「……分かりました。では、その練習試合、お受けしましょう」


「おお、素晴らしい。では、早速こちらも代表選手を紹介しましょう」


 そう言って先程からバズダルの隣に立っていたあの褐色の男がオレの前に出る。

 その人物を見た瞬間、周りのざわめきが確信に満ちたように広がる。


「おい、やっぱりあいつってあれじゃないのか……!」


「ああ、間違いない、ウォーレム族だ!」


「なんでウォーレム族がオーク族の代表に?!」


「いや、それよりも本当にウォーレム族だとするなら、天士様でもまずいかもしれないぞ?!」


 男を見た瞬間、周りから聞こえるウォーレム族という単語が何度も耳に響く。

 おそらくはこの男の種族なのだろうが、今までオレがこの異世界に来てから出会った種族の中で一番異質であった。

 見た目は褐色以外、人族とほとんど変わらないという点もそうなのだが、その男がまとっている空気というものが、今までの連中とはどこか違った。

 常に張り詰めた緊張した空気。

 それはまさに試合の前のアスリートや一流選手たちが纏うもの。

 一目見た瞬間から感じ取った。

 こいつは、今までの連中とは文字通り桁が違うと。


 オレがそう思っていると、バズダルの周りに控えていたオーガたちが簡易のテーブルを用意し、それをオレと男の間に置く。


「試合は腕相撲で。聞けば私の雇ったこのオーガたち相手に怪力無双したそうではないですか。是非ともそれを私にも見せていただきたいものです」


 そのバズダルの声に従うように男は静かにテーブルに膝をつき、腕を差し出す。

 オレもそれに合わせるように膝をつき、手を握る。


「それでは用意――スタート!」


 バズダルの掛け声と共にオレは以前、オーガ連中とやった時よりも遥かに力を込めて腕を倒そうとする、が――


「――!」


 それは初めてのことだった。

 この異世界に来て初めてオレの腕の力をもってしても微動だにしない相手。

 いや、正確にはわずかに移動は起きている。

 だが、それでもここまでオレの腕力に対抗してきたのは目の前の人物が初めてであった。


「ほお……」


 そんなオレ達を興味深そうに観察しているバズダル。

 確かに、あのオークの貴族が自信を持つだけあってこの男の腕力はこの世界で言えば桁外れであろう。

 だが、それでもオレの世界から言わせてもらえば平均的な男子の腕力より少し上な程度。

 もしも一般的な男子、あるいは女子ならば負けていたかもしれないが、こう見えてオレは色んなスポーツをするにあたって筋力トレーニングも行っている。

 つまりはこうした腕力勝負にも自信はある。


 オレは渾身の力を込めて、男の腕を押し倒しにかかる。

 それまでほぼ互角の勝負と言っていいほど均衡を保っていた力が一気にオレの方へと傾き、自分の腕が押されていることに初めて表情を変える男。

 そこから再び男がギリギリのところで踏ん張るが――


「…………」


 寸前で何かを苦悩するような表情を見せ、そこからの反撃はなく、オレの腕が男の腕をそのままテーブルへと押し付け、勝負は決した。


「勝者! 天士様です!」


 ミーティアの勝利宣言と共に沸き立つ人族のみんな。

 一方でバズダルが連れてきたオーガたちはいつかのようにオレのその勝利に対し「し、信じられねえ、あいつウォーレム族に勝ちやがった?!」「本当に人族なのかよ?!」と慌てふためく姿があった。


 しかし、当のバズダルとオレと勝負を行ったそのウォーレム族の男は顔色ひとつ変えていなかった。


「……なるほど、これは興味深いものを見せてもらいました。いや、改めてお礼を言いましょう、ミーティア王女、そして天士様」


 オレとミーティアに対して頭を下げた後、最後にバズダルは告げる。


「正式試合では三対三のスポーツ勝負であるラグボールを選択させていただきます。一週間後、我が領土が誇る会場にて準備を整えておきますので、その日までにどうかお越しくださいませ。なお来られなかった場合は棄権とみなしますので、その時はそちらの奴隷は回収させていただきますぞ」


 そう言ってバズダルはこの場を後にするべく背を向ける。

 それに引き連れるようにオーガ族とウォーレム族の男も背を向けようとするが。


「なあ」


 オレはそのウォーレム族の男に声をかける。

 それに対して無感情のまま顔をこちらへ向けた男に対してオレは笑顔で宣言した。


「さっきの腕相撲。いい勝負だったよ。けどお前、最後に全力出してなかっただろう?」


 オレのその言葉に男は初めて表情らしい表情を見せる。


「次やるときはお互いに手加減抜きで、全力でいい勝負しようぜ」


「……全力で、いい勝負を……だと?」


 オレのその言葉に男は驚くように瞳を開き呟く。

 その表情にはどこか、何かを思い出すような哀愁が漂い、オレが再び声を掛けようとした瞬間、それより早くバズドルの声が響く。


「セルゲイ。何をしている、さっさと行くぞ」


 セルゲイ、と。

 おそらくはこの男の名前なのだろう。

 その名を呼ばれた彼はわずかにオレに視線を向けた後、ゆっくりと背を向けバズダルの後をついていく。


 去り際、セルゲイと呼ばれた彼が向けた表情はそれまでの無感情な男のものとは異なり、オレは彼と握り合った右手のひらを開き、それを静かに見つめていた。








「約束通り、六割の力でやっていたか、セルゲイ」


「……はい」


「よろしい。まさかお前の腕力に匹敵する人族がいるとは驚きだった。もしかしたら彼もお前と同じ変異種かもしれんな」


「…………」


 その変異種という言葉に対しセルゲイはただ沈黙を持って返した。


「いずれにしてもお前がやるべき役割は真っ当な腕力勝負ではない。勝負に勝つための力比べだ。相手がいくらお前と同じ腕力を持とうとも、その勝負に持ち込めば、誰であろうとお前の隣に並べる者はいない。そうであろう――“選手潰し”のセルゲイよ?」


 その異名を呟かれた瞬間、セルゲイは再び無感情な瞳で、天士の手を握り合った右手を開き、その手のひらを静かに見つめていた。

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