第12話「異世界にて大会を知る」
「クリスト様。ご報告があります」
「どうした?」
木造の部屋の中、なにかの書類に目を通しながら作業を行っていた一人の青年が報告のために入ってきた部下へと聞き返す。
しかし、そこから返ってきた答えに青年は思わず驚く。
「妹君――イノ様が見つかったのとのご報告です」
「?! なに、それは本当か?!」
部下からのその報告を聞くや否や青年はそれまで目を向けていた書類を机に置き、慌てた様子で椅子から立ち上がる。
「はい、なんでも人族の王国ルグレシアにて妹君に似たエルフを救出した人族がいるとの話です」
「人族が……? しかし、妹は確か奴隷として売られたはず。それを取り戻したということはその人族はなんらかの試合で相手に勝ったということなのか?」
青年が驚くのも無理はない。
なぜなら、この世界における人族のスペックは下の下。
全ての種族の中でも最低クラスと呼ばれ、どのような試合やスポーツであろうと勝つことは難しいと言われているのだから。
「だが、もしもその話が本当なら、今すぐに妹に会いに人族の王国へ行かなければ……。すまないが出立の準備を頼む」
「かしこまりました、クリスト様」
その人物――クリストと呼ばれた彼の耳はイノと同様に長く伸びており、その外見も見るものを羨望させる美しさを秘めたエルフ族そのものであった。
「つまり天士様は異世界から来た人間だと……?」
「まあ、そういうことになるかな」
あれから奴隷として売られそうになったイノと呼ばれるオレの妹にそっくりな少女を助け、現在オレは彼女と部屋で話をしていた。
「道理で人族にしてはものすごい怪力だと思いました」
「まあ、オレの世界では普通なんだけどね」
そう言って笑うオレにイノはどこか不安そうに問いかける。
「天士様はその……元に世界に戻れなくて寂しくはないのですか?」
「……それは少しあるかな」
最初はこの異世界に来て、オレの世界との違いに驚き、どこか楽しんだものの、やはり元の世界には愛着はあるし、なによりも家族がいた。
そうした大事なものを置き去りにして、いつまでもこの世界にいるというのは少し寂しい気持ちが湧いてくる。
「大丈夫です! 天士様!」
その瞬間、オレの部屋の扉が開きミーティアが入ってくる。
「え、ミーティア、いきなりどうしたの?」
「話はこっそりと聞いておりました! ご安心ください、天士様! 天士様が元の世界に戻りたいのならば、その方法はございます!」
こっそり聞いていたって、それ盗み聞きだよね?
というツッコミは置いておいて、ミーティアの言ったその言葉にオレは思わず食いつく。
「本当かい? それってどんな?」
「メル・ド・レーンスポーツ大会に優勝するのです!」
メル・ド・レーンスポーツ大会? それは一体……?
「メル・ド・レーンスポーツ大会とは一年に一度開催されるこの世界の全ての種族や国を交えた大会です! その大会に優勝した国には神々の祝福が与えられ、代表選手の望みをなんでも一つ叶えてもらえるのです!」
「なんでも一つ? それって元の世界に戻ることも可能ってこと?」
「もちろん可能です! なにしろ神様が叶えてくれる願いですから、どんなことでも万能です!」
なるほど。確かに説得力はある。
それならば、その大会に優勝すればオレは元の世界に戻れるということか。
そんなことを考えていると、先程まで笑顔だったミーティアの表情が少し曇る。
「で、ですが大会は半年後に行われる予定です。天士様が私たちの国の代表として出場して頂ければ、きっと優勝できるはずで、そうすれば天士様の望みも叶いますが……天士様とお別れというのは少し寂しい、ですね……」
「ミーティア……」
おそらく後半が本音なのだろう。先程までの明るさよりも今の寂しく微笑んでいる彼女の表情がオレには印象的に映った。
そして、それは隣りで話を聞いていたイノも同じであり、気づくとオレの服の裾を握っていた。
「天士様……お帰りになるのですか……?」
見るとその瞳は捨てられる子犬のように潤んでおり、そんな瞳を向けられると途端に罪悪感が芽生えてくる。
「い、いや、その大会ってのもまだ半年後だしさ、それに優勝できるかどうかもわからないし、願いの内容だって今無理に決めることもないからさ」
オレのその発言に少し安心したのかイノとミーティアがパァっと明るい笑顔を向ける。
「そ、そうですよね……! 願いの内容だってどんなことでも叶えられるんですから、もっと天士様に取って都合のいい願いを今から考えてもいいと思います!」
明るい笑顔でそういうイノに、オレは静かに頷く。
都合のいい願いか。
確かに、なんでも叶えられるのなら、ただ帰るだけよりも他にいろいろ方法はあるかもしれないな。
その言葉にオレはこの異世界に来てから、まだ僅かではあるが、ここで過ごした楽しい日々や、みんなから感謝される日々にまんざらでもない感情を抱いており、できることなら、この世界のみんなともっと一緒に過ごしていたいと考え始めていた。
「ところでイノの方こそ、ずっとオレと一緒にいていいのかい? 君はもう自由になったんだから、故郷に戻りたいなら、オレが送ってあげるけど」
そんなオレの発言に、イノはブンブンと首を横に振り、すぐさまオレの腕に自分の腕を絡ませて、頬を染めながら上目遣いにつぶやく。
「いえ、私はもう一度奴隷に落とされた身。今更故郷へ戻る気はありません。なにより、今の私のご主人様は天士様です。今後は天士様のために誠心誠意尽くさせて頂きます。お望みなら私のことは天士様の奴隷として扱っていただければ……」
「いや、ちょっ、それはさすが……」
ただでさえイノはオレの妹にそっくりなのに、そんな彼女からこんなふうに迫られるのは正直、困惑する。
しかし、そんなオレたちを見ていたミーティアがすぐさま間に入ってくる。
「て、天士様は私たちの天使なんですよ! あなたが天士様に救われたのはわかりますが、独り占めはおやめください!」
「独り占めではありません、奴隷の特権です」
「そんなものはありません!」
「いや、あの、ちょっと二人共落ち着いて……」
いつの間にか言い合いに発展している二人を抑えようとするオレ。
というか、この世界にも天使っているのかな?
そんなよくわからないことを考えていると、再び扉が開かれ、そこからミーティアの兵士が現れる。
「失礼します、王女様。ご報告があります」
「な、なんですか?! いま私は天士様の所有権について抗議中なのですが?!」
え? いつからオレの所有権なんてものが存在するように?
そんなツッコミは脳内だけにとどめておき、この場に現れた兵士の方を見ると、なにやら慌てた様子であり、どうも緊急の報告のようだと感じる。
「それが……我が国に所有物を奪われたとオルクス帝国からの使者が参られたのです」
オルクス帝国、その名を聞いた瞬間ミーティアとその隣にいたイノの体が怯えるように震えたのが分かった。
「すみません、そのオルクス帝国ってのはなんですか?」
問いかけるオレにしかし答えたのはイノの方だった。
「オーク族が支配する帝国の名です。……そして、私を買った貴族オークがいる地でもあります」
それはオレが救出したエルフの少女イノを巡る陰謀劇の始まりであった。
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