第31話「異世界にて鬼ごっこ決着」
『エルフ族チーム。ルーク選手、退場となります。これにより『村人』側の全滅。よって、競技『鬼ごっこ』の勝者は人族チームとなります』
遺跡に響いた審判の声と共に、オレとセルゲイの体が光に包まれ、気づくと遺跡の外へと転移されていた。
どうやらスポーツ勝負の決着が付き、外へ出してもらったようだ。
そこでは地面にヘタリ込んだクリスト達の姿があった。
「天士! やったな!」
そう言って駆け寄ってきたのはリーシャであった。
オレはリーシャが上げてきた手にハイタッチし、そのまま地面に座り込んだクリストへと近づいていく。
「勝負はオレ達の勝ちだ。約束は果たしてもらうぞ」
オレのその発言に対し、クリストは歯噛みしながらも頷き、それを黙って受け入れた。
「まずはミーティア王女を返してもらおう」
「……分かった」
その命令に対し、クリストは静かに右手を上げると待機させていたエルフ族に眠ったままのミーティア王女を連れてこさせた。
「姫様!」
すぐさまリーシャが駆け寄り、それに一歩遅れる形でオレもミーティアの元に近づく。
見たところ外傷はなく、本当に眠っているだけであった。
だが、問題はこの眠りがスキル、魔法によるものであるのなら……。
「……心配には及ばない。君に負けた時点で、ミーティア王女にかけた魔法は解けている。すぐに目覚めるであろう」
クリストがそう呟くと同時に、眠ったままのミーティアから僅かに呻くような声が響くと、閉じていた目が開き、その瞳が真っ直ぐオレと見つめ合う。
「あ、あれ……こ、ここは……? 天士、様?」
まだ寝ぼけているのかミーティアは瞳を僅かにこすると、すぐに何かを思い出したかのように飛び上がる。
「そ、そうですわ! バズダル卿との試合はどうなって……! ってあれ? な、なんでバズダルさんや、その選手であるセルゲイさんが天士様と一緒に? そ、それにあれ、なんでエルフ族の皆さんもお揃いで……?」
目が覚めたミーティアはオレの背後にいたバズダルやセルゲイを見て困惑した表情を向ける。
まあ、それもそうか。彼女がいない間、いろんなことが起こったわけだし、この状況を見れば混乱するのも無理はない。
そんな彼女の反応を知らず、オレやリーシャは笑い、後ろに居たセルゲイやバズダル達も思わず笑みを漏らした。
「な、なんで笑っているのですか! 天士様! というか、この状況は一体なんなんですかー!?」
なおも訳が分からないとばかりに叫ぶミーティアであったが、彼女の無事が確認されてオレ達は安堵のため息を吐く。
そして一方で――
「……お兄様」
クリストの前には妹であるイノが静かに立っていた。
「……イノ」
ここから先のことはオレはイノに全て任せるつもりであった。
スポーツ盟約でクリストが敗北した以上、クリストはミーティアの解放とは別に、こちらの条件になんでも従わなければならない。
それがクリスト自身の命を害することであっても、恐らくは強制されるはず。
イノが実に兄に対し、どのような処罰を下すのか。
その結末をオレは静かに見守っていた。
「まず、お聞かせください。今回の件、本当に全てお兄様の考えだったのですか? 私を奴隷として売ろうとしたこと。父に眠りの魔法を使ったこと」
「……事実だ」
スポーツ盟約により、こちら側の問いには素直に答えなければならず、クリストの口から今回の件が全て事実であったと明かされた。
それを聞いたイノはしばし無言であったが、やがて何かを思索した後、次の問いを投げかける。
「どうして、そのようなことをしたのですか?」
その問いに、クリストもしばし無言を貫くが、やがて諦めたように事実を話した。
「我が国の繁栄のためだ」
「え?」
その思わぬ回答にイノは驚いた声を上げ、オレも僅かに息を呑んだ。
「確かに父上の統治は善良で穏やかだ。だが、それは進化も後退もない停滞の統治。それが良いという者もいるだろうが、我らエルフ族はそうした停滞の統治を長く続けすぎていた。それではこれから先のスポーツ競技において上を狙うことは出来ず、やがて領土や地位を少しずつ失い始める」
クリストは語る。それはスポーツ盟約によって嘘偽りの許されない回答であり、彼の真意なのだと実感出来る。
「この先、我らの国の領土、繁栄のためにもより強いリーダーによって新しい改革をなすべきだ。我らは肉体能力が強いわけではない。我らの武器はスキルとそれを扱う頭脳。それを武器に領土拡大、あるいは他の国とのスポーツ勝負をそれによって牽制すること。この先のスポーツ勝負による国の繁栄、あるいは防衛を考えるならば、今のような漫然とした統治では遅い」
そのクリストの言動に多少、頷く部分があったのかバズダルは難しい顔をしつつも、静かに頷いている。
ミーティアも現状はまだ理解していないようだが、クリストのその言に思うところがあったのか考えるように静かにうつむいている。
確かにミーティアの人族の王国は最初、獣人族の王国からスポーツ勝負を申し込まれ、それによって何度も領土を奪われ、立場的にはかなり追い込まれていたとも聞く。
エルフ族のスペック自体はそうした人族と大差ないのだとすれば、下手をすれば、そうした危機的状況にいつ追い込まれても不思議はない。
「イノ。お前は確かに賢く心優しい。だが、それと国を統治できるかは別なのだ。善良な王がそのまま名君とは限らない。善良な統治者のまま衰退した王国はいくつも存在する。まして、今はスポーツによる領土の争いが年々激化しつつある。今のような受身の姿勢では、いつか領土が奪い取られる。そうなる前に強固な国を作り、備えるべきなのだ」
「……だから、お兄様自らが王となり、国を新しく一つにまとめようとしたのですね」
「……そうだ」
イノの問いに静かに頷くクリスト。
彼の目的を聞いて、オレはクリストという人物の評価を少しだが改めた。
てっきりクリストは野心に満ち溢れ、自分が王になるためだけに今の国王とイノを追い落とそうとしていると思っていた。
だが、彼には彼なりの考えがあり、自分達の国をより良くするため、もっと言えば今後スポーツによる領土争いが激化した際、それから国を守るために自らが強き王として君臨しようとしていた。
手段は褒められたものではないのかもしれないが、彼は彼なりに自分の国のことを想っての行動であった。
国を統治する者の想い。
オレにはそうしたものは大きすぎて想像もつかないが、それでも単純でないことだけは分かった。
時に冷徹と思えることでも国のためならば行う。それが上に立つ者の考えでもあるのだと。
「……分かりました」
クリストの言い分を聞いて頷くイノ。しかし、彼女もまた揺るぎない決意をそこに漲らせていた。
「しかし、だからと言ってこのようなやり方で父を排除することは間違っています。兄が本当に国を想うのなら、そのことを父に直接言って自ら王位継承権を得るべきです。あるいは兄のその想いに賛同する民衆も多くいたでしょう。彼らの指示を元に真っ向から今の王である父上と戦うべきでした。たとえ目的が崇高であろうとも、そのやり方では民衆の指示を得ることは出来ませんよ」
「…………確かにな」
イノのその発言に対し、クリストも分かっていたのか自虐気味の笑みを浮かべる。
「口では先程のようなことを言ったが……それでも私は真っ向から父に歯向かう勇気がなかった。民衆達にもそれで私についてくる者がいなければ、私はどうなるのか。そうした後ろめたさがあったために、このような手段に出た。お前の言う通り、このようなやり方で上に立ったとしても、最後まで私についてくる者もいないか……」
彼自身も心のどこかで後ろめたさを感じていたのか素直にそう認める。
そして、静かに納得したように呟く。
「……父上にかけた眠りの魔法も先程解いた。今回の件については私自ら父上に話そう。それでどのような処罰がくだされようとも甘んじて受けよう」
そう言って、どこか諦めたように笑みを浮かべるクリストであったが、そんな彼に対しイノは静かに肩に手を置いた。
「――いいえ、少なくともお兄様のその国を想う気持ちに関してついて来てくれる方はいるはずです。仮に処罰を受けることになったとしても、その方達のためにも国のために尽くそうとしたその気持ちを忘れないでください」
そう呟いたイノはクリストの背後に立つ人物を指す。
クリストがそちらを振り向くと、そこにはルークとローゼの姿があった。
「そうっすよ、クリスト様。少なくともオレはクリスト様の言うとおり、他国と少しでもこうしてスポーツ勝負をして、自分達の力を見せることで牽制するってのはいい考えだと思うっすよー。それにオレ、こうしてスポーツするの好きですし」
「あー……私もそうっすねー……。体動かすのはだるいっすけどー、だからと言ってダラダラ過ごすだけじゃ、いつか他国に領土を奪われてもおかしくないですしー、クリスト様の言うようにエルフ族全体がもう少し、外の国への意識を高めるってのは賛成っすよー」
そう返答した二人の姉弟の言葉を聞き、クリストは僅かに驚いた顔を向けるが、そこにすぐさま笑みを浮かべ、頷く。
「……そうか。礼を言おう、二人共」
そう言って静かに立ち上がったクリストは目の前のイノに対し、頭を下げながら呟く。
「イノ。お前を奴隷として追放したことは事実だ。これから私は国に帰って父王からの裁きを受けるつもりだが、ここでお前自身から裁きを受けても構わない」
自らの罪を認め、妹からの断罪を待つクリスト。
だが、そんな彼に対しイノは静かに笑みを浮かべ、首を横に振る。
「いいえ、その必要はありません。お兄様がお父様の眠りを解いたのであれば、あとはお父様の判断にお任せします。それに、もう私はエルフ国の王女ではありません。故にお兄さ……クリスト様を裁ける立場にはありません」
そう呟いたイノに対し、クリストは驚き顔を上げるが、すぐさまイノはそのままオレの隣に移動すると、自らの腕をオレの腕に絡める。
「今の私はこちらの、天士様に仕える一介の奴隷エルフですから」
そう言って自らを奴隷と称したイノであったが、その笑顔はとても輝き希望に満ち溢れていた。
「……そうか」
そんな妹の幸せそうな顔を始めて見たのか、クリストは心から安堵するような笑顔を見せ、静かにオレに対し頭を下げる。
「では、そちらの主人に対し、どうかそちらのイノを――お願い致します」
それはクリストの中に残っていた妹イノに対する想い。
心のどこかで妹に対する愛情が彼の中には残っており、そんな妹を幸せにしてくれというオレへの
「――ええ、言われなくてもお任せください」
そんな兄からの頼みをオレは素直に受け取り、こうしてクリストとイノ。二人のエルフ族の兄妹を巡る壮大な陰謀劇とスポーツ勝負は幕を閉じたのであった。
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