第27話「異世界鬼ごっこ①」

 勝負開始と共にオレ達は遺跡の中に入る。

 そこは文字通り迷宮のような作りになっており、いくつもの分かれ道や複雑な内部構造をしていた。


 勝負開始前に説明されたことだったが、相手側の選手は遺跡の裏口から中に入っている。

 つまり、『鬼側』のオレ達はこの遺跡の中を探索しながら、相手の『村人』を探し捕まえていかなければならない。

 それはまさに、これまでとは全く趣きの異なるスポーツ勝負であった。


「さてと。二人共、役割はすでに伝えてある通りだ。任せていいか?」


 オレはすぐ隣に立つリーシャとセルゲイに確認を行う。


「おう! 任せておけって天士!」


「どこまでやれるかは分からないが、オレにやれる分は果たすつもりだ」


 それぞれに頷き合う二人を見ながら、オレもまた静かに頷く。


「分かった。それじゃあ、早速最初の作戦を始めよう」


◇   ◇   ◇


「さて、勝負が開始されたようなので、こちらも動くとするか」


 一方、遺跡の反対側から中へ入ったクリストもまた、隣にいるローゼに対し指示を出す。


「ローゼ。スキル『調査』を発動させよ」


「あいよっすー」


 クリストの命令に素直に従いスキルを発動させるローゼ。

 彼女が選んだスキルは敵・味方の位置を把握するスキルであった。

 それは一見地味でもあるが、実はこうした建物内部で相手を追いかけたり逃げたりするスポーツに関しては、とても優秀なスキルであった。

 この『鬼ごっこ』の際は、まずはこれを押さえることがクリストが鉄則としてる勝利法の一つであった。


「クリスト様ー。相手は……どうやら分断してこちらを探索してるみたいっすー……」


「そうか、配置はどのようになっている?」


「えっとー……あの天士っていうイケメンさんとウォーレム族の筋肉ダルマは一緒みたいっすー。半獣人のちんちくりんだけが別行動してるみたいっすー……」


「なるほど。別れてこちらを探索か。このスポーツをやったことのない初心者にありがちなミスだな。このゲームにおいて分断など各個撃破のいい的だ。例えそれが“鬼側であろうとも”な」


「姉貴ー! 筋肉ダルマってなんっすかー! あの人めっちゃカッコイイじゃないですかー!」


「いやー……私の好みからはちょっと……どっちかって言うと私、線の細い人が好きだしー……そうした意味では、あの天士って人の方が好みかなーって……」


 などとそのような会話をしている姉弟を無視し、クリストはしばし考えた末に策を口にする。


「では、まずはその一人になった半獣人から追うぞ」


「お任せっすよー!」


「あいよっすー……」


 クリストの指示に頷く二人。

 そのまま三人はリーシャが向かった先へと先回りを始める。


◇   ◇   ◇


「それにしても……マジでここ迷宮だな」


 一方、遺跡内部を闇雲に歩き回っているリーシャはその内部の複雑さに目を回していた。

 先程から左、右、まっすぐと様々な道を歩いているが、周りの景色が似ているため、自分がどちらに進んでいるのか、あるいは同じ場所をグルグル回っているだけなのか判断がつかなかった。


「これなら普通に逃げ回るだけでも村人側はかなり有利なんじゃねーか? 天士の言っていた意味がよく分かったぜ……」


 天士はこのゲームを捕まえる側である鬼が有利であるとは考えていないと言っていた。

 それはまさにそのとおりであり、ただでさえ複雑な遺跡の中を逃げ回れば、それだけで制限時間の三十分を村人側は達成することが出来る。

 しかも、鬼側が調査のスキルを選んでいなければ、その時点でほぼ詰みと言ってもよかった。


「こりゃ、天士の策でも一筋縄じゃいかねぇんじゃねーのか……?」


 不安のあまり焦燥を顔に出すリーシャであったがその瞬間、前方の通路から人が近づく気配を感じる。


「! 誰だ!」


 慌ててそちらを振り向くと、そこにはまさかと思える連中の姿があった。


「これはこれは、一人で散歩とは随分と危ない真似をしていますね。半獣人君」


「……クリスト」


 それは現在のエルフ族国王代理にして、イノの兄クリストの姿。

 その両脇には先程紹介されたエルフ族の二人の姉弟の姿もあった。


「お前、正気かよ? 鬼のオレに村人がわざわざ近づくなんて、捕まえてくれって言ってるようなもんだろう」


「それはどうでしょうかね。生憎ながら、私達の方には追われている自覚はありません。いいえ、むしろ――」


 一拍置き、クリストはその瞳に強気な輝きを宿す。


「我々の方があなた達を“狩る”側です」


「……そうかよ」


 そう呟くクリストに対し、しかしリーシャはそれがハッタリだと笑い飛ばすことは出来なかった。

 なぜなら、村人側には『狩人』と呼ばれる役割が存在する。

 もし、その『狩人』に『鬼』が触れれば『鬼』の方が退場となるのだ。

 クリストが狙っているのは、まさにそれであるとリーシャは即座に気づいた。


「すでに我々の目的も気づいているでしょう。問題はあなたの役割が『鬼』か『子鬼』かですが……さて、ルーク」


「了解っすよ」


 名を呼ばれた青年ルークが一歩前に出ると、両手の人差し指と親指で四角を作り、それをリーシャへと向けると次の瞬間、スキル名を宣言する。


「スキル『看破』発動っす」


「!?」


 ルークのその宣言と同時に、指で囲った部分にデータのようなものが映し出される。


「なるほどっすねー。リーシャちゃんが持ってるスキルは『加速』。役割は――『子鬼』っすね」


「そうか」


 納得したようにクリストは頷き、その顔には笑みを浮かべていた。


「『加速』か。このスポーツの本質を分かっていない連中がよく選ぶスキルの一つだ。大抵の連中は『剛力』『加速』『感覚強化』『適者生存』と言ったスタミナや速さを上昇させるスキルを取るが、それは間違いなのだ。このスポーツにおいて、それらのスキルは使い物にならん」


 クリストは断言する。それはかつて、そうした連中を大勢打ち負かしてきた彼の絶対的な自信であり、これまでの無敗の記録がそれを裏付けていた。


「たとえスキルで身体能力を強化しようとも間違った相手に触れれば、即座に失格となる。それを見極めるスキル、あるいは変化させ、打ち破るスキルこそが、このスポーツにおける最も重要な要素。やはり、君もあの天士君も所詮は突っ込むだけのスポーツ馬鹿であったか」


 嘲笑うように笑みをこぼしながら、クリストは隣にいるローゼへと命令する。


「ローゼ。触れ」


「了解っすー……」


 クリストとルークをかばうように前に出るローゼ。

 リーシャとの距離がじわじわと縮まり、リーシャは迂闊に一歩を出せなくなっていた。

 なぜなら、ここは普通のスポーツ会場と異なり狭い通路でのスポーツ勝負。

 目の前の相手を追い抜くのは容易ではなく、仮にスキルを使ったとしても相手に全く触れられずに追い越すのは至難の技であった。

 このゲームはルールもそうであったが、そもそも遺跡という狭い通路が入り乱れる場所では『加速』といったスキルも本来も持ち味が殺され、それを万全に活かすことが難しかったのである。


「さーてと……それじゃあ、覚悟してもらうっすよー」


 じわじわと距離が縮まり、相手との距離が間近に迫った瞬間、ローゼの方が先に飛びかかる。

 本来、エルフ族はそれほど身体能力に優れた種族ではない。

 が、これだけ近づいての跳躍であれば、指の一本程度相手の体のどこかに触れる可能性は十分に高い。

 一方のリーシャは観念したのか、諦めたようにそのまま棒立ちとなり、ローゼの伸ばした手が何の抵抗もなく、リーシャの肩を掴んだ。

 それを見ていたクリストも勝利を確信した笑みを浮かべるが、次の瞬間、響いた声に彼のその表情を一変させた。


『エルフ族チーム。ローゼ選手退場となります』


「! なんだと!?」


 響いたその声はこの試合を見守っていた神々からのアナウンスであり、絶対的な審判の発言であった。

 故にその判断や審判に間違いはなく、リーシャを掴んだローゼは退場となり、彼女の姿が即座にこの場から消える。

 一体なにが起きたのかと困惑した表情を浮かべるクリストとルーク。

 そんな二人を眺めながら、リーシャが伏せていた顔を上げ、そこに勝利の笑みを浮かべる。


「へへっ、悪いな。こっちのほうが、やらせてもらったぜ」

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