第7話「異世界の長距離走」
「天士様、夜分遅くにすみません。実は明日の試合について、いくつかお話しておきたいことが――きゃあ!」
明日の試合に向けてオレは用意された個室で自主トレーニングをしていた時、不意に扉が開けられて、その先から王女様の叫びが聞こえた。
「え、あ、王女様? あ、すみません!」
無論、自主トレーニングの際は汗をかくので上半身を脱いでいたのだが、そこをバッチリ見られてしまったようだ。
「い、いえ、私の方こそ急に来訪して申し訳ありません! こ、こちらでじっくりと拝見致しますので、どうぞごゆっくりお着替えください!」
そう言って顔を真っ赤にしながら、手で顔を覆っているが、バッチリ指の隙間から見ている。……というか拝見するって言っちゃてるし、王女様……。
よく見ると隣には昼間王女様と獣人族との間に割って入った少年もいて、なぜかその子もオレの体を見て頬を赤く染めてそっぽを向いている。
とりあえず急ぎ脱ぎ捨ててあった黒いTシャツを着て改めて王女様を中へと招待する。
「えーと、とりあえず上着だけは着ましたので、改めて中へどうぞ」
「…………はい」
心なしがすごく残念そうな王女様の声が聞こえた。
「それで明日の試合について話とは?」
「あ、そうでした。こほんっ、明日ガルレオン王国との試合になりますが、試合形式は『長距離走』。約500mの長距離を先に走りきった方が勝ちという勝負です」
長距離走か。それならば得意分野だし問題はない。
肝心の距離も500mというオレの世界で言えば長距離にも値しない距離であった。
そんな事を思っていたら、予想の斜め上を行く王女様の発言が行われた。
「ですが問題があります。500mもの長距離ともなれば途中で選手を交代するのが基本です。いくら天士様でも全力で長距離をすべて走りきるのは不可能だと思います。こちらも交代のための選手は幾人かいるのですが、情けないことにリーシャ以外では向こうの選手とまともにやり合うことすら難しく……」
「え?」
王女様のその発言にオレは思わず驚いた。
人族の選手が獣人族の選手に劣るだろうことはなんとなく予想ついていたのだが、それ以上に驚いたのは別の部分だ。
500m走を交代で走りきる? ご冗談……ですよね?
マジですか? だとしたらこの世界の皆どれだけスタミナもないんだ……。
そう思っているとオレのその表情を不安と受け取ったのか心配そうな王女様に対し隣に立つ半獣人の少年が答える。
「心配するなって王女様。こいつが途中でへばっても残り全部オレが一人で走り切ってやるよ」
「なりません、リーシャ。前回もそうやってあなたひとりが無理をして足を痛めたばかりでしょう。もうこれ以上あなたに負担はかけられません」
そうか、この子の名前はリーシャというのか。
そう言えば他の連中もそう呼んでいたな。
「心配すんなって王女様。これくらいの怪我もうとっくに……痛っ」
そう言ってリーシャが元気なアピールをしようと片足をついたところ、痛みが走ったのか顔を歪める。
それを見てミーティア王女が心配そうに駆け寄る。
「ほら、だから無理しちゃダメってあれほど……やっぱり明日の試合、あなたを出すわけには……」
「平気だって、王女様! オレにやらせてくれよ!」
なおもそう言って食い下がろうとしないリーシャと王女様を見ながら、オレは何気ない質問をした。
「あの、その長距離走なんですけど交代って絶対必要なんですか?」
そんなオレの何気ない質問に、しかし二人は目をぱちくりさせながら答えた。
「い、いえ、絶対に必要ということはありませんが、通常500mを一人で完走などできるはずがありませんので、普通は三人一組で挑むものですので」
「なら、問題ありませんよ。オレ一人で完走できますから」
そんなさも当然のような発言に今度は王女様ではなくリーシャの方が慌てたように反論をしてくる。
「ば、馬鹿かお前?! そんなスタミナ人族にあるわけねーだろう?! いや、人族だけじゃねぇ! 竜族にだってそれだけのスタミナ持ってる奴なんて少ないんだぞ! お前なんかがどうやって500m完走するって……!」
「オレの世界じゃ長距離走って大体5000mくらいからなんだよ」
そのオレの発言に二人は信じられないものでも見るかのように絶句していた。
「ご、せん……? う、嘘だ! 嘘つけ! そんな距離走れる種族なんているかー!! つくならもっとマシな嘘つけー!!」
「いや、ホントだって。まあ、見せてやりたいのは山々だけど、明日の試合も控えているし、実際に見せて証明してやるよ」
オレのその自信満々な返答に、リーシャの方は未だに信じられないと言った表情をしているが、王女様の方はしばらくオレを見つめ、やがて納得したように頷く。
「分かりました。それでは明日の試合、天士様にすべてお任せいたします」
「おい! ミーティア様本気かよ?!」
「ああ、任せてください。王女様」
「ただし……もしも無理だと思ったら、すぐさまこのリングの宝石に触れてください」
そう言って王女様が渡してきたのはリストバンドのようなリングであり、その中央には光り輝く宝石が埋め込まれていた。
「これは?」
「それに触れることで控えの選手と交代できます。ただし一度交代してしまえば、その人物はもうその試合には出ることは出来ません。もしも天士様が限界を感じた際には無理をせずにどうかお使いください」
そう言ってオレの手を握り締めるようにリングを渡してくる王女様からは親身にオレの身を案じている感情が伝わった。
そんな彼女の優しさに答えるようにオレもまた笑顔で答える。
「安心してください。明日の勝負、必ずあなたに勝利を与えてみせますから」
「へ、あ、は、はい! ど、どどど、どうか、よ、よろしくお願い致します!」
そんなオレの笑顔に対し、何故だかミーティアは顔を真っ赤にして、慌てふためいていた。
その後ろではリーシャが「こいつ天然か……」とよく分からない事を呟いていた。
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