第8話「異世界無双」
『さあ、いよいよ始まりました。今回人族王国ルグレシア対獣人族王国ガルレオンの領土をかけた試合。果たしてルグレシアは念願の雪辱を果たせるのか、それともこのまま全ての領土をガルレオンに奪われるのか実に注目の一戦です!』
そして、遂に運命の勝負の日を迎えた。
オレの隣に立つのは先日、王女様の前でさんざん好き勝手なことを吐いていたライオンの獣人族。
「よお、坊主。お前、本気で獣人族のオレとやる気なのか?」
その口からは先日と同じようなセリフを吐いているが、あいにくとそれを最後まで吐かせるような展開にさせるつもりは毛頭ない。
『それでは第十七回リッグ大陸領土試合――開始!』
試合開始の声が響き、それと同時のオレのクラウチングスタートが決まり、一気に隣のライオンを追い抜き先頭を駆け出す。
「な、なにいいいいいいいいいい?!!」
自らを置いてけぼりにさらに加速を掛けるオレを見て信じられないと言った絶叫をあげるライオン。
そして、それはこの場に集まった全ての観客、実況、解説も同じであった。
『なななななな! なんとー! こ、これは信じられない展開だー! ひ、人族が! 人族の助っ人がありえない速さで獣人族を追い抜き独走しているー?!! こ、こんな展開、かつてあったでしょうか、解説のグレイさん?!』
『い、いえ。私もこんな展開始めて見ました……! あ、あれは本当に人族なのでしょうか?!』
周りからの驚愕の声を聞きながらオレはただ風に乗るようなこの独走を楽しんでいた。
やはり運動の中で一番好きなのはこうして全速力で走ることだ。
単純だが、それゆえに楽しい。
いつも朝ギリギリに遅刻寸前に家を出ていたのも、全速力で街を翔ける感覚にいつしか楽しさを見出していたからだと思い出した。
「く、くそお! ひ、人族が! なめんじゃねえぞ! おい! スキル使用だ! 『加速』発動!!」
その瞬間、すでに50m以上突き放していたライオンからそんな声が響いたかと思うと、遥か後方を走っていたはずのライオンの速さが加速した。
『出ましたー! “猛獣の獅子”得意のスキル『加速』ですー! 知っている方も多いと思いますがここでいつもの解説に入らせていただきます! 本スポーツ試合では一選手につき一度だけスキルの使用が可能となっています。ただし使用できるのは一度だけですので、いつどこでどんなスキルを使用するかがその試合の戦局を大きく左右します!』
『『加速』は一時的に自分の速力を上昇させるスキルですね。効果時間は約数秒ほどですが、その効果は50m走のタイムを一気に2秒近くも縮めるほどのブーストをかけられますからね』
そんな実況と解説のわかりやすい説明を背に背後からグングンとライオンが追い上げてくるのを感じていた。
「はーはっはっはっ! どーだ! 小僧! 今のオレ様は50m走7秒でゴールできるほどの俊足だぞ! いくら貴様でもこのオレのブーストにはついていけまい!!」
「まあ、確かにさすがにそれくらいのタイムならオレの世界でも普通の選手並ですね。じゃあ、オレもそろそろ本気でいきますよ」
「……へ?」
そんなオレの宣言と共にオレはここで一気に加速をする。
加速を使ったにも関わらず距離が縮まるどころか逆距離が遠のくその事態にライオンは思わず絶叫を上げさらに足を動かす。
「言ってませんでしたっけ? 長距離走で最初っから全力を出す選手なんていませんよ」
「て、て、てめ、マジで人間か……?! が、はっ! ごほっ! がはっ! ぜはぁ! ぶほぁ!!」
と、そこで一定の距離までオレの後ろをついてきていたはずのライオンが途端にペースが大きくガタ落ちし、さらに全身虚脱感と汗まみれとなり、ぜーぜーと過呼吸気味にスローダウンしていくのが見えた。
『おーっとこれは! まさかのスキル『加速』のタイム切れだー!』
『スキルは使用すると大幅に精神力を使いますからね。それが切れるとドッと体力にも疲れが出る。本来なら最後の方に使うべきだったのですが、相手選手のあまりの速さに序盤で切りすぎたみたいですね、これは』
解説達のわかりやすい説明のおかげで色々と把握できた。
とにかくこのチャンスを利用するためべくオレは今のペースを保ったまま、まずは第一ポイントとなる200m部分の目印を超えた。
『おおっと! 第一ポイントを先に通過したのは人族代表天士選手だー!!』
その実況の声に人族側の観客は大興奮。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」という歓声と共にオレへのエールを次々と送る。
「ぜーはーぜーはー、ぜーばー……っ!!」
そんなオレの遥か背後では例のライオンが顔中鼻水やら汗やら涙やらで大変なことに。その速度ももはやただの子供の早歩き程度に落ちていた。
「おい! なにしてんだ! もういいから変われ!」
「ぢ、ぢぐじょう……!」
そんな相手の醜態に見えていられなくなったのか獣人側の選手の一人、サイの姿をした人物がライオンに向けてそう怒鳴りつけ、ライオンは腕にはめていたリングに触れ、その瞬間、ライオンの姿がサイの姿と入れ替わり選手が交代された。
「はっはっはー! 人間! まずは褒めておいてやるぜ! お前のような韋駄天変異種が人族の中にいたとなー! だーが! しかーし! それもここまでだ! 第一通過ポイント以降の200mはこれまでの平坦な道とは大違いだぜー!!」
そんな警告と共にそのサイも200mとなる第一通過ポイントを超えたその瞬間、ある異変が起きた。
『――ドゴンっ!』
「っ?! な、なんだ?!」
それは地響き。いや、空中からなにかが地面に落ちた音。
見るとオレと相手選手の道のりの先、先程まで平坦だった道のあちらこちらに様々な障害物と思しき物が落ちてきて、道の先を妨げていた。
『出ましたー! これこそ本試合の第二関門“発泡岩障害物”!』
は、発泡……な、なに?
見ると目の前にあるそれらはどれも2mを超えるような大岩であり、完全に行く手を阻むようにあっちこっちに置かれている。
だが、それらの岩は、岩というには特殊な外見をしており、真っ白な柔らかそうな形はどこかで見たようなものだった。
「ふふふっ、これから先の200mはこの発泡岩を砕いていかなければ進めない難関。だがしかし! この発泡岩はオーガ族でもなければ砕くことは困難な強固な天然岩石! 無論それはオレ達獣人族も同じだが――スキル『剛力』発動!」
そのサイの叫ぶと共にサイの両腕が大きく膨らみ、ギチギチと筋肉の軋む音が聞こえ、そのまさに豪腕とも呼べる腕で目の前にある発泡岩へ腕を振り上げる。
「ぬううううううううう!!」
ドゴンっ! と激しい音と共に発泡岩が砕け、サイの道を遮っていた障害物がなくなった。
「はーっはっはっは! 見たか! いくら貴様が速さに自信があろうともこの発泡岩を砕くことは不可能! お前が周り道している間にオレはこうして正面突破して一気に突き放してやるよー!!」
そう言っている内にオレの目の前にも巨大な発泡岩が立ちふさがった。
見た感じは確かに岩のようではある。これをすべて迂回していくとなるとさすがに時間のロスは馬鹿にできない。
一瞬の逡巡のあとオレは覚悟を決め右手を大きく振り上げ、目の前のその発泡岩めがけ拳をぶつける。
「バカかお前は! 人間がその発泡岩に拳を当てても逆に弾き返されるのがオチだー!!」
そんな背後からのサイの声を聞いたが、オレが放った拳はそのまま発泡岩を突き抜け、体が岩へとぶつかるが全身に痛みはなく、むしろ加速した状態まま一気に体ごと発泡岩を突き抜け、そのまま反対側へと出た。
「な、なにいいいいいいいいいいいいい?!!!」
オレのそのありえないとばかりの対応と結果を見てサイが絶叫をするが、それはこの場に集まった観客達も同じであった。
「お、おい! あいつ発泡岩を素手で壊したぞ!!」
「いや、それよりも体そのままで突き抜けた感じだぞ?! どうなってんだ! あいつの体は龍族の鱗よりも硬いってのか?!」
そう言って周囲から様々な驚きの声が上がっているが、オレは別の意味で驚いていた。
なぜならこの発泡岩。見た目や名前からなんとなく予想できてはいたのだが、これ――ただの発泡スチロールだー?!
オレはその内心の叫びのまま目の前に存在した発泡スチロールに体当たりを行い、そのまま次々とぶち抜いていった。
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