第6話「異世界の理を知る」

「はあ?」


 明らかに馬鹿にするような態度。そこには自分よりも遥か格下へ向けられる侮蔑の視線が込められていた。


「おいおい、見たことのない人族だがお前がオレ達を試す? いったいなんの冗談だ?」


「さっき言ってた試合ってやつだけど明日なんだろう? オレがアンタらと勝負してやるよ」


 そんなオレの宣言に対し、この場にいた人族が息を呑むのが感じられた。

 だが、それとは対極に獣人三人組は大爆笑しながらオレを指差す。


「こいつは傑作だ! 王女さん、まさかとは思うがこいつが明日の試合の選手なんて言うんじゃねーだろうなー! 顔は人族にしてはいいようだが、こいつの体見るからにヤワそうなナリじゃねーか! こんなんで明日の俺らとの試合つとまるのかよ?」


 確かにオレは昔から筋肉が付きにくい体質だったせいで周りからはよく線が細いと言われていたが、こう見えて握力とかも平均よりはあるつもりだ。

 そう思い、なおもからかう三人組に言い返そうとした時、凛とした女性の声が響く。


「――ええ、その通りです。彼が明日の試合における我が人族の代表選手です」


 それはミーティア王女その人であり、彼女のそのまっすぐな断言に周りに居た兵士たちすら驚愕する。

 一方の獣人三人組も最初は呆気に取られていたが、やがてこちらの決意が本気だと伝わったのか忌々しそうに顔を歪める。


「けっ、せっかくオレらが丁寧な提案持ってきたってのによ。ならいいぜ、明日の試合でてめーら人族の領土最後の一片まで奪ってやるからな。覚悟してろよ!」


 そう言って捨て台詞を置き、この場より慌ただしく去っていった。

 やがて、連中が去ったのを確認すると、オレは今更ながらに王女様へ向け頭を下げる。


「……すみませんでした!」


 オレの突然な謝罪に「え?」と戸惑うような声をあげる王女様。


「先程はあなたたちの国の事情に関して勝手に横から口をいれて。しかも試合とか、きっと重要なことですよね? それに対して自分から勝手に名乗りを上げてすみません!」


「……いえ、謝るのは私たちのほうです、天士様。なによりも先程、あなたへお願いしようとしていたのはその試合への参加の件だったのです」


 その王女様の声に思わず反応し頭を上げると、そこにはオレ以上に申し訳なさそうな表情の王女様と城の兵士たちの姿があった。


「その、よければこの世界のことと先ほどの連中の言っていた試合について教えていただけませんか?」


「はい。まずこの世界についてですが、ここは『メル・ド・レーン』と呼ばれる世界です。そして、この世界では古くからあらゆる種族同士における争いを禁じられているのです」


「争いが……禁じられている?」


「はい。かつては争いが絶えなかった世界と言われていたのですが、その時、この世界を司る神々がこの世界の全ての種族たちへ介入し、今後争いを行った際には神の掟による厳しい厳罰を下すようになったのです」


 なるほど。それが事実だとするならこの異世界はオレが知っている異世界の中でもかなり安全な世界と言える。

 普通ファンタジー小説のお約束と言えば剣と魔法。そして、それが活躍できる場はなんといっても戦い。

 だが戦う以上は自分も相手も傷つく。

 できればそうした争いごとが嫌いな自分からしてみれば、それは嬉しい話ではあったが。


「それじゃあ、先ほどの試合というのは?」


「はい。それこそがこの世界において戦に変わるあらゆる物事を決定する際の手段『スポーツ』と呼ばれる神聖な儀式です」


 王女様から出たその単語に思わずコケそうになったが、真面目な雰囲気だったのでこらえた。


「『スポーツ』とは神々がこの世界に住む私たちのために与えてくれたあらたなルールであり儀式です。正々堂々と自分たちの持つ肉体のみで勝負し、かつ相手を傷つけないもの。それによって両者とも誰ひとり死ぬことなくあらたな取り決めや領土の譲渡など様々な交渉を円滑に進められるようになったのです。またこれら国同士のスポーツ勝負の際は天空の神々の審判もあり、負けた側は必ずそれを遵守しなければなりません」


 なるほど。つまりは戦の代わりに国同士でスポーツによる試合で領土や取り決めなどを行うということか。

 しかしスポーツが儀式とはなぁ……。


「それじゃあ、つまり明日の試合では王女様の国にある領土の一部をかけて、あの三人組と試合をするわけですね」


「はい、そうなります。あの三人は私たち人族の王国ルグレシアの隣にある獣人族の王国ガルレオンの代表選手になります。実は隣国のガルレオンとはここ何年も事あるごとに試合を行い、その度に私たちの領土である貴重な鉱脈資源が奪われているのです」


「今回も連中オレ達から奪った鉱山を餌に試合を申し込んできたんだ。オレがもう少し強ければあんな連中に負けないのに……!」


 そういえば気になってはいたんだが、この子は半獣人のはずなのになぜ人族の味方にいるんだろう?


「なあ、君はどうして人族側にいるんだい? その見た目、君も獣人族の仲間じゃないのかい?」


 オレのその何気ない質問にしかし少年は怒ったように反応を起こす。


「あんな連中仲間なんかじゃねーよ! オレは半獣人で人族とのハーフなんだ! けど人の血が混ざってるってだけで獣人族はオレら半獣人を半端者だの弱小種族の血が混ざった負け種族だの好き勝手言いやがる! そんなオレを拾って優しくしてくれたのがミーティア様なんだ。オレは人族のためにも力になりてーんだよ!」


 そう言ってミーティア王女様の腕に抱きつく少年を見て、オレはどこか安心した。

 少なくともこの国、ミーティア王女によって統治された人族の国というのは優しい国なんだと目の前の少年の行動を見るだけで安心できる。

 そして、そんな人族から領土を奪っているという隣国ガルレオン。

 向こうにも国の事情など色々あるのだろうが、やはり同じ外見の人族として人族の国が苦しんでいるのを見て放っておくことはできない。なにより。


「天士様。改めてお願いいたします」


 おそらくはこの国のトップ、人族の象徴であろう王女様が自ら片膝を付きオレに懇願をする。

 その光景には隣にいる少年はおろか兵士たちまでもざわめく。

 しかし、それすら構わないとばかりに王女様が天に祈るように願いをする。


「どうか、私たち人族のためにお力をお貸しください」


 そんな心からの願いを拒絶するなんて選択肢はオレの中には微塵もなかった。


「お顔を上げてください、王女様」


 オレは王女様の手を取り、彼女を立たせ代わりにオレ自ら跪く。


「させてもらうのではなく、これはオレが自らあなたたちの力になりたいと思ったのです。だからお願いは不要です。――力にならせてください」


 オレのその申し出に王女様も周りの兵士達も、ぱぁっと明るい表情を浮かべた。

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