第2話「異世界に向け走る」

「遅刻遅刻ーっと!」


 オレは眼前の50m先にある校門が締まるのを確認して一気にダッシュを掛ける。

 校門が完全に締まるまでおよそ6秒ちょい。十分いける!

 その読み通り、ダッシュにより一気に締まりかけていた門まで到着し、そのまま門に足をかけ、飛び越えるようにジャンプし、見事門の内側へと到着した。


「よっと、ギリギリセーフっと」


 そんなオレのいつもの光景を学校の窓際から見ていた皆からは拍手喝采が送られ、校門を締めていたオレのクラスの担当の長門ちゃんからは呆れたような声が送られる。


「セーフじゃないわよ。あなたいっつもギリギリじゃないよ」


「ごめんごめん、長門ちゃん。明日からはもうちょっと走行時間を縮めるからさ!」


「だから、脚力を磨く前にもっと朝早く起きなさい! それから先生のこと長門ちゃんなんて言わないのー!」


 後ろで抗議している長門ちゃんの声を聞きながらオレはそのまま教室に向け一気に駆け出した。


 自己紹介が遅れたけれど、オレの名前は『風間かざま 天士てんし

 てんし、なんてちょっと小っ恥ずかしい名前だけど親がつけてくれた名前だからなんだかんだで気に入っている。


 趣味はスポーツ全般。小さい頃から運動が好きでいろんなスポーツをしているうちになんでもこなせるようになっていた。

 そのせいかクラスではいつもオレに対して決まった口説き文句が行き交っていた。


「よお! 天士! 今日もすっごいジャンプだったな! どうだ、やっぱりうちのバスケ部に正式に入部しないか!」


「いやいや、天士君のあの速さを活かせるのは我々陸上部だけだ。天士君! 頼むから仮入部なんて言わずそのまま入ってくれ!」


「なにを言う天士の本領は水泳にこそある! あの鍛え抜かれた肺と全身のバネは間違いなく水泳の申し子として生まれたようなものだ!」


「あははー、誘いは嬉しいんだけど、オレひとつのことに絞らず全部やりたい欲張りだからさ、もうちょっとだけ色んな部の体験させてくれないかな?」


 教室に入るや否や、いつもの恒例行事とも言えるオレの部活での取り合いが始まった。

 しかし、オレとしてはさっきの発言のとおり、できるだけ多くのスポーツや競技を楽しみたいので、今のまま助っ人として色んな部を渡って行きたいのだが、やっぱり向こうとしては正式に入部して欲しいという気持ちが高いみたいだ。


 そんないつものやり取りを抑えながら席に着くと、隣りから呆れたような声が聞こえてくる。


「もう……お兄ちゃんいつもギリギリ来すぎ。毎朝起こしに来てるんだから二度寝なんかせずにちゃんと起きてよ……」


「悪い悪い、祈里いのり。けど二度寝って一度寝る時よりもさらに気持ちいいんだよ、これが」


 隣を見るとそこには数ヶ月遅くに生まれてきた同じ学級の妹、祈里いのりが呆れたようにこちらをジト目で見ていた。


「……そんなことより、今日も部活掛け持ちするの?」


「そうだな。今日は野球部とサイクリング部からの助っ人要請が来てたからそっちに行く予定かな」


 そんなオレの返答に祈里は呆れたようにため息をつく。


「……お兄ちゃんったら、なんでもかんでも皆の助っ人になることないのに」


「そうは言うけどさ、やっぱ体動かすの好きだし、それにな――」


 言ってオレは笑顔で答える。


「人からの頼みって断れないんだよ」


 オレは昔からよくいろんな頼まれごとを引き受けては、その度に人がいいと周りからはよく言われる。

 けど、オレ自身は特にそうは思っていない。

 なぜなら人に頼む時、その人がどれだけ必死かが伝わるからだ。

 そして、それをオレで助けられるなら助けたい。

 友達はもちろん、見ず知らずの人だろうと困っているのなら手を差し伸べるのが当然だろうと思っている。


 そんなことを前に妹に言ったら真顔で「お前が天使か」と本で叩かれたが、その時と同じような呆れた顔を妹は浮かべる。


「……もう、なら好きにすれば。けど夕飯には帰ってきてよね」


「ああ、任せておけって。約束だ」


 そんなオレと妹との何気ないいつもの約束。

 だが、それが果たせることはなかった――。


◇   ◇   ◇


「さてと、すっかり遅くなったし帰りもダッシュで行くか」


 助っ人として呼ばれた部活の活動を終えて、オレはすでに日も暮れかけた学校の門からスタートダッシュを切る。

 帰りはいつもと同じ裏山の近道を通る。

 山道だけあってゴテゴテとした足場が多くあるがオレはそこを軽い障害物のようにドンドン駆け上がっていく。

 やがて上り道を終えたあと、下り道へと出てそこを一気に重力の加速を受けて下りだす。

 この下り坂の風を全身に受ける感覚がすごく好きだ。

 汗を全部流してくれて、とても気持ちいい。

 そんないつもの感覚に身を委ね、最後の獣道をジャンプで飛び越えた瞬間、目の前から白い光が溢れてくる。


「……え?」


 なんだ?

 夕日の光――にしては色が違うような。


 そう思っていると目の前から溢れた光がオレの視界全てを覆う。

 それと同時に見えてくるのは不思議な世界の光景。


 それはこことは異なる世界の風景であり、わずかに垣間見えたそれに目を奪われた瞬間、再び視界が真っ白に染まり、意識もまた真っ白に染まっていった。

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