第5話

「やった、先輩、おめでとうございます!」


結局村上は、放課後の部活前にグラウンドで落ち合った凱斗に一番最初に報告した。

凱斗は想像以上に喜んで、村上の両手をぐいぐい握りしめてきた。


「ありがとな。ずっと目指していた学校だから、素直に嬉しいよ」


あまりの喜びように若干戸惑いながらも、自然に笑みがこぼれる。


「そっかー、俺も来年声がかかるように、もっともっと頑張らなきゃ」


凱斗はこらえきれない様子で、右手の拳を胸に当てて頷いている。

こんなに喜んでくれる後輩がいることに、村上は甚(いた)く感謝した。


「あ、克也、槙!」


部室に行こうとしている二人に気が付いた凱斗が、大声で呼び止める。

村上はドキッとした。

こっち来いよ、と手招きする凱斗に、何だ何だ?と近寄ってくる二人。


「なあなあ、すごいんだぜ!村上先輩、大学から推薦来たんだってよ!」

「推薦?」


槙が村上をチラッと見た。

一瞬どんな顔をしていいか分からず、村上は困ったような笑顔を見せた。


「ああ、今日話をもらってさ」

「すごいじゃないですか、どこの大学ですか?」


克也が驚いた顔で、前のめりになった。


「今年の箱根駅伝で12位だった学校だよ」


槙の顔に、かすかに動揺が走った。

しかし、それはすぐに満面の笑みにすり替わった。


「おめでとうございます。夢、叶いましたね」


切れ長の目が、柔らかく村上の視線に絡んだ。

村上の胸の底から、言いようのない喜びが沸き上がる。


「いや、まだ夢の入り口だよ。本当の夢は、これからさ」

「夢?先輩の夢って何ですか?」


克也が興味津々の表情で尋ねる。


「そこで箱根駅伝に出ることだよ。あの襷をかけて走りたいんだ」


へえっ!じゃあ来年の正月は応援に行かなきゃ!

克也と凱斗が興奮しながら騒いでいる。

いや、来年出られるって限らないから。

ふたりの暴走を村上が照れながら軽く諫める。

そんな様子を、槙は笑顔のまま黙って見ていた。


「あ、そろそろ準備しなきゃ。槙、行こうぜ」


興奮冷めやらぬ克也と物静かな槙は、着替えのために部室の方に歩いていった。

村上は槙の言葉を何度も胸の中で反芻しながら、その後姿を目で追いかける。

そうだ、俺は夢に大きく一歩近づいたんだ。

凱斗がまだはしゃいでいる隣で、村上の胸中は今までに感じた事が無いほどの充実感に満たされていた。


                  

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