第4話
「村上、ちょっと談話室に来なさい」
9月に入り、2学期の授業が始まった。
3年は本格的に受験体制に入り、ピリピリした空気が漂っている。
昼食の弁当を食べ終えて教室で友人たちと談笑していた村上は、突然クラスの担任に呼ばれた。
談話室は、込み入った話や公にできない話をするところだ。
なぜ自分がそんなところに呼ばれたのだろう。
村上は理由が分からず、首を捻りながら談話室に足を運んだ。
「村上です。失礼します」
軽くノックして扉を開けると、担任の他に陸上部顧問とコーチがソファに座って村上を待っていた。
「そこ、座って」
物々しい雰囲気を感じながら、村上は息を呑んで勧められたソファに向かい合って座った。
しかし、気負いすぎた村上を、いい意味で裏切るかのように3人の口元には笑みが浮かんでいる。
「村上、インターハイではずいぶん活躍したな。よく健闘した」
顧問が穏やかに微笑みながら村上を称えた。
優勝こそできなかったものの、5000mでは2位につくことができた。
桜ケ丘高校からは、村上と槙の二人だけが表彰台をとらえることができたのだ。
今年はどの学校の選手も質が高く、二人以外のメンバーはあともう少しというところで表彰台を逃してしまった。
「ありがとうございます。何とか表彰台に上がることができました」
深々と頭を下げて礼を述べる。
コーチが嬉しそうに村上を見ている。
「ところで村上。オマエの目指している大学は確か、多田コーチの出身校だったな」
顧問が改まって問いかけた。
「はい、そうですが」
「その希望は変わらないか?」
「ずっと目指してきた学校なので……」
村上は3人を訝しげに見た。
一体何が言いたいのだろう。
コーチと顧問が顔を見合わせて頷きあっている。
満面の笑みで村上に向き直ると、コーチが若干興奮気味に話し始めた。
「村上、オファーが来たぞ」
「え?」
「陸上部から、大学を通してオマエに推薦が来たんだよ」
突然の話に、村上は要領を得ずにポカンと3人を見渡した。
「ははっ、信じられないって顔してんな。もう一回言うぞ?大学の陸上部から直々に、オマエに来てほしいって連絡がきたんだよ」
「先生、それって」
ようやく村上は状況を呑み込んで、担任の顔を凝視した。
「村上、良かったな。大学からの推薦枠に入れてもらえたんだ。試験も一応あるけれど、特待だからもう決まったようなものだ」
受け持ち生徒の進路が早くも決まりそうで、担任も嬉しそうだ。
「インターハイの活躍を見て、大学はこの時期に推してくるんだ。欲しい選手を見極めるんだよな。実は、もう一校来てるんだ」
それは、今年の箱根で総合3位の強豪だった。
そんなところからも推薦が来るなんて夢のようだ。
村上が目指している大学は、今年の箱根は12位でシード権を落としていた。
「村上、どっちの大学を選んでもいいんだぞ?」
コーチが試すような目で村上を見た。
常に箱根の上位に喰い込む大学と、卓の卒業後、再びあと一歩のところでシード権に届かなくなった大学。
どっちが魅力的か、と聞かれれば前者なのかもしれない。
でも。
「俺、決まってます。ずっと目指してきたものは変えません」
村上は、真直ぐに担任を見て言い切った。
コーチの顔がほころぶのが見えた。
これからの流れを簡単に説明されて、昼休憩の終わりのチャイムと同時に談話室は解散となった。
教室に戻った村上は、まだ信じられない気持ちで席に着いた。
目指していた大学に行ける……!
次から次へと喜びが溢れて爆発しそうだ。
“この喜びを、一番最初に誰に伝えたいですか?”
心の声が問いかける。
ずっと一緒に目指していた父。
常に切磋琢磨してきた凱斗。
当然、最初に浮かぶ顔はどちらかの筈だった。
なのに村上の脳裏に浮かんだ人物は、父親の影を抱えて寂しそうに笑った、憧れの人の息子だった。
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