エピローグ
8月中旬。
インターハイは無事終了し、夏の汗を染み込ませたグラウンドは静かな空気に包まれていた。
お盆にかかる一週間は、校内一斉に部活動休止となっている。
よほどの用事がない限り、わざわざ学校に来る人もいない。
陸上部の夏休みは、この一週間に3日足した十日間が与えられた。
結局槙は、寸での差で優勝することは出来なかった。
あと一歩というところだっただけに、競技終了後の槙は悔しさの余り人目もはばからず男泣きした。
それでも、陸上経験1年半という短期間で表彰台に上がった実力だ。
まだまだ伸び代がある分どこまで高みを目指せるのかと、将来を期待される結果となった。
誰もいない夕暮れのグランドを目の前に、校舎の壁にもたれかかって槙と克也は座っていた。
「ゴメンな、優勝できなくって」
ポカリを一口飲んで、槙はペコリと頭を下げる。
約束したのになぁと、ひどく残念そうだ。
「2位だってすごいんだぞ?オマエ、まだ陸上始めて1年半なのに」
克也はペラペラと手を振りながら答えた。
足首の状態はまだ本調子ではないが、十日間の休暇中にもっと回復するはずだ。
練習再開時には、少しずつグラウンドに戻ってこられるだろう。
真横に座っている槙の顔をチラッと見る。
夕日が景色を染め始め、槙の横顔もオレンジ色に輝いていた。
昼間の熱をはらんだ風が、砂埃を抱えてふたりの目の前を通り過ぎる。
ふとグラント脇の水飲み場に目を遣ると、相変わらず蛇口はパッキンが緩んでいるのか、小さな滴が垂れている。
克也は満ち足りた表情で、フッと息を吐いた。
「槙、俺、決めたんだ」
「ん?何?」
「俺、将来スポーツ選手を支えるトレーナーになるよ」
「え、どうしたの、急に」
驚いた顔で、槙が克也を振り返る。
急じゃないさ、と克也は答える。
「ずっとぼんやり考えてはいたんだよな」
そういえば。
克也はいつもストレッチに付き合って、いち早くわずかな異変にも気付いてくれた。
「でも絶対になろうって思ったのは、オマエのお父さんの話聞いたからだよ。身体だけじゃなくて心もメンテナンスできるトレーナーになりたいってさ」
槙はじっと克也の言葉を聞いている。
「槙。俺、オマエがこれからどこまで行けるのか、見てみたい」
「克也……」
「俺が槙の専属トレーナーになってやる。だから、これからも俺と一緒に」
走ろうぜ。
「いつか一緒に、日本一……いや、世界一のゴールテープを切ろう」
克也を見つめる槙の目から、涙がこぼれるのが見えた。
それは、夕日に反射してキラリキラリと輝いた。
「克也、サンキュ、な」
左手首で涙を拭いながら、照れたように槙が笑う。
蛇口の水滴も、あの日と同じく光っている。
一定のリズムを刻んで、これからの未来へのカウントダウンのように。
「俺、ずっと陸上続けるよ。いつか父さんを越えていく」
「ああ、その調子だ」
克也も満面の笑みで応えた。
夕日の角度が深くなる。
滴も反射の角度を変えて、眩しいくらいに輝いた。
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