第3話

翌日から、インターハイ選抜メンバーには特別強化メニューが組まれた。

普段のメニューに加えて、スプリンターはフォームの見直しやスタートダッシュの見直し、何度もタイムを計り、問題点を徹底的に洗い出していく。

長距離ランナーは10kmマラソンをもう1本追加して、徐々にスタミナをつけていく。

練習後のメンバーは、みんな毎日疲れ切って帰宅の途についた。

選抜されていない部員も、いつ補欠で出場が回ってくるか分からない。

誰もが気が抜けない状態だった。

槙を呼び出した3年生たちも、ずいぶんおとなしくなって黙々と練習をこなしている。

そんな中、克也はなかなか縮んでいかないタイムと、連日の疲れでイライラしていた。

冷静になるためグラウンド脇の水飲み場で頭から水をかぶる。

したたかに濡れた髪の滴を振り払おうと頭を強く振っていると、冷たっ!!と叫ぶ声がした。

瞑っていた目を開けると、槙がタオルを持って克也の傍に立っていた。


「髪濡れたままだと体調崩すよ?克也、タオル持っていかなかったの見えたから……」


槙はそう言いながら、手に持っていたタオルを克也に投げてよこした。

サンキュ、と言いながら柔らかい繊維に顔をうずめる。


「髪を拭かなきゃ、意味ないよ。ほら」


タオルを取り上げて、槙はジャカジャカと克也の髪を掻き回した。

うわ、乱暴だな!と言いながらも、克也の中からイライラが徐々に抜けていく。


「克也、蛇口ちゃんと閉めろよ。水、垂れてるよ?」


見れば、水をかぶった蛇口から滴がポタリ・ポタリと落ちている。

克也はもう一度キュッと蛇口を閉めた。

しかしすでに閉栓は限界だったらしく、どんなに固く閉めても滴が収まることは無かった。


「あー、こりゃダメだ」


克也は諦めて、その滴を眺めた。

槇も黙ったまま滴を見ている。

練習が終わるころはいつも、校舎に西日が差して空も風景もオレンジに染まる。

今日も素晴らしい夕焼けだ。

蛇口からしたたるその滴は、まるでガラスが反射するようにキラリと光りながら、一定の間隔で落ちていく。

槙の穏やかな微笑みを、やはり夕日が染めている。

克也は一瞬その横顔に釘付けになった。


「克也、俺はね、ホントは陸上なんて大嫌いなんだ」


不意に槙は歌うように言った。


「え?」

「みんなには、ナイショな」


振り向きざまに寂しそうな目で笑った槙に、克也は言葉を失ったまま立ち尽くした。


   

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