第三章 『畳み掛けられる決定事項』(5)

 それが洋介の《錬金術》だった。

 通常であれば触媒から魔法は一方通行である。だが、洋介の魔法の特徴は作り変える点である。触媒を物に作り変える。

 では、触媒は?


 そう。触媒は物に変わっただけでそこに在り続けるのだ。だったらソレを再度作り変えることだって可能だろう。


 魔法によって触媒が変化したその後が形として残るから再度同じようにして魔法が使えるのではない。それを彰が真似しようとしてもできないだろう。なぜなら彰の魔法はその空間を自分の支配下に置くことだから。支配下に置いた空間を解除してしまえばそれは魔法の解除に繋がる。解除してしまえば消費した触媒は魔法とともに霧散する。しかし解除しなければ新たに空間を支配下に置くことはできない。

 つまり、触媒を、物を作り変える魔法だからこそ洋介の魔法は触媒を再度作り変えることができるのだ。


 なぜならソレが錬金術なのだから。


 卑金属を貴金属に作り変えたように。分子構造を組み換え、まるで別の物質に作り変えるのが錬金術なのだから、そこにあるのは剣であり、触媒であり、そして組み換えてしまえば盾ともなる。


 「ただ、条件が少し増えてな。一度作った物と同じ物質から成るモンしか作れなくなったんだよ」


 たとえば鉄から成る物を最初に作り出してしまえば以降は鉄からできている物しか作り出せない。

 木からできている物や金からできている物を作り出そうとしてもソレは叶わない。


 質量という点ではめちゃくちゃだが、物質的な話だけは律儀な自分の魔法に、苦笑しながら洋介は頭を掻く。


 「つまり、俺は普通の魔法使いと違って、作り出した物さえ失わなければ何度でも魔法が使えるってことだ」


 どうだ、すげえだろ、と自慢気に言う洋介に、歩はようやく理解する。


 「つまりはどこまでいっても洋介次第ってことだね」


 「散々言われてきたんで理解してます……もうこれ以上重箱の角を突かないでください」


 見事に地雷を踏み抜かれ、洋介は肩を思いっきり落として脱力。落胆して空笑いしながら、虚ろな目でそう呟くのだった。


 だが、それがユニークなのだ、と。

 誰かが真似しようとしても真似できない。同じ魔法を使うものならあるいは。だがそれでもそこに至らない限りは真似することなどできようもない洋介の到達点がソレなのだ。


 たしかに誰もできないことを探していたんじゃ見つかるはずがなかった。

 誰もができないのだ。自分ですらできないだろう。自分ができることを研磨して、そして誰も真似できない技術に昇華させる。

 それがユニークという技術なのだ。


 だから、あぁ、そうか。と納得して。歩はようやく道を定める。


 「……ありがとう洋介。助かったよ」


 「あ? 礼なんか言われるようなことはしてねーぞ?」


 「ありがたく受け取っておいてくれ。じゃないと俺の立つ瀬がない」


 洋介自身。歩からなぜ礼を言われているか、など十分理解している。でもそれを認めるつもりがあるわけでもなく。洋介はただその言葉を一蹴するのだった。

 そして同時に歩もそれが理解できているからこそ、それ以上の言葉は洋介に投げかけない。これ以上言ってしまえばむしろ押し付けがましくなる。それは自分が望むところではないし、洋介だって望んでいないだろう。それがわかるからこそ。


 「さて、洋介。さすがに今すぐにとはいかないけど……追いつくぞ?」


 「できるもんならやってみろ。俺のこれは才能だからわかんねーけど、お前らは随分と苦労するみてーじゃねえか」


 挑発するように。自分のソレを誇って、相手を鼓舞して。


 「ははは、洋介に才能か。あれかな? 触媒を少しも増やすことができないくせによく言うよ」


 「てめっ!? 言っていいことと悪いことがあるんだからな!?」


 盛大にカウンターパンチを食らった洋介は一瞬にして泣きそうになりながらも反論。そうして、肩を落としたところで。


 「────ふぅ、で? これで終わり、じゃないよな?」


 「もちろん。決着はしっかりと着けないと後腐れが残るからね」


 そう。まだ終わっていない。だからこそ、面白おかしく舌戦を繰り広げていた間も二人とも触媒を、武器を消していなかったし、構えを解いていなかった。

 そして、その切り替わりを互いが提示し、その火蓋は再び切って落とされる。


 できないものはできない。それは理解できた。だったらできることをひたすらに試すべきだ、と。

 歩はくるり、と手の中で剣の柄を半回転。その切っ先を床へと向け、そのままソレをしっかりと床に突き刺した。


 「生成──火溜まり」


 床に突き刺しても胸の高さほどまであった剣は腰の高さまでその長さを短く、両刃剣と呼べた刃幅はすでに細剣と呼ぶしかない程度の刃幅へ。

 それほどまでに大量の触媒を要して生み出した魔法は水溜りのように、その場に溜まった液体にも見える火だった。


 その魔法を洋介は訝しむように眺めて、首を傾げる。


 洋介の知る限り、歩が炎や火を生み出す際に消費していた触媒の量はこれほど多くはなかったはずだ。

 たしかに生み出した量に応じて多少は触媒の消費量も増減はするものの、それほど差はなかったはずだ。具体的に言ってしまえば、小指ほどの長さから中指ほどの長さの差。その程度しかなかったはずだ。だからこそ、歩の魔法は注意していないと発動の判別すら難しい魔法だった。意識の外から攻撃されたら防ぎようがないといつも注意していた。


 だが、この魔法はどういうことだ。

 明らかに触媒が大量消費されているのがわかる。ではそれに見合うだけの魔法が発動したように見えるか。そう尋ねられてしまえば、洋介は否と答えるしかなかっただろう。

 たしかに、火という現象ではそれがどれだけ普通なことであるかわかりづらいかもしれない。

 であれば、こう言い替えてしまえばわかりやすいだろうか。《炎使い》ではなく、《水使い》。そんな魔法を扱う魔法使いがいるとして。

 雨も降らせられる。水を操ってウォーターカッターなどを発生させることもできる。そんな魔法使いが。ただの水溜りを作るのに触媒を半分以上消費させたのだ。


 ソレを見て、どんな神経をしていたら訝しむことなく、ただ平然とその魔法を見過ごすことができる。


 なにかある、と。

 裏があると。


 警戒して、身構えて。次に何が来ても対応できるように、思考までフル回転させていたにも関わらず。

 次の瞬間、歩が取った行動が、洋介の思考に空白を産んだ。


 「────造形。竜手りゅうのて


 さらに触媒が消費される。大量に。見やればすでにその剣は剣と呼べるものではなくなっている。何故なら柄しかないから。たしかに剣があった部分に見えない刃があるというのであればそれはまだ剣と呼べるものかもしれないが、それはまずあり得ない。それは洋介の魔法でできる可能性があるものであって、歩の魔法でできるものではないから。


 閑話休題。

 先ほど生み出した火溜まりはその宣誓を合図に盛り上がり始める。隆起して、広がって、枝分かれ。


 そこまで見てようやく理解した。

 先ほどの火溜まり。あれはただの火がそこで燃えているだけのものなどではない。明らかに収まるはずのない量の炎を火としてその場に押し留め、滞留させ、凝縮させたもの。それがあの“火溜まり”。無理を押し通して無理に無理を重ねたからこそのあの触媒の消費量。

 そしてそこまでの現象を、さらに変化させたからこその、あの触媒の消費量。


 そうしてそこにできあがったのはまさしく地面から生えた竜の腕だった。

 体もあればこの体育館をいっぱいにしていたのではないだろうか、と錯覚するほど大きな腕を前に洋介は思わず、言葉を漏らす。


 「……これ、何さ」


 おそらく、ユニークではないことはわかる。原理的には炎を操る魔法使いであればできる魔法だから。


 だが、それにしたって。



 「────────ッ!!」


 その手の攻撃を大きく躱していた洋介の、手に持った片手剣の切っ先にその攻撃が掠めた。

 その程度だった。その程度で。


 どろり、と。その刃が溶け落ち──


 「転換っ、短剣っ!」


 ソレが全て溶け落ちる前に、まだ剣であると魔法が認識している間に、洋介はソレを作り直し、同じ失敗をしないようにその刃を短くする。


 その上で、一言。


 「待て、歩。明らかにそれはやっちゃいけない」


 いくら体育館では怪我をしても治る、ということがあるとは言え。この魔法を食らえば蒸発だ。溶け出して、蒸発して、即死だ。

 さすがに蘇生はできないと聞いている。つまり、食らってしまえばおしまいな魔法。有効打ではなくこれでは致命打だ。


 そしてそれに気がつかない歩でもなく。

 苦笑しながら、その魔法を解除しようとしたところで。



 「いや、やめる必要はない。なぜなら『君は今からその炎の腕でこの学園を火の海に変えるのだから』」



 その一言が、不意に二人の意識の外から投げかけられた。

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