第三章 『畳み掛けられる決定事項』(4)

 「えっと、ルールはいつも通りでいいんだよな?」


 「まあ、久々だし確認しようか。有効打十発で決着。有効打の線分けはいいよね?」


 「ああ、大丈夫だ」


 例えば頭。例えば胸。普通食らえば致命傷になる部分やその後の行動に大きく支障を来す部位への痛打。逆に掠ることや受け流す際に入った一撃は有効打として認めない。

 それが洋介と歩が模擬戦を行う際の取り決めだった。


 「別に何かを賭けるってわけじゃないんだよな?」


 「うん、その必要はないかな。ただ、全力を出してほしい。俺も全力でいくから」


 それは、出し惜しみをするな、ということであり。


 「隠す必要があるって程度には成長してるのはわかってるからさ。俺にまで隠すようなことはしないでくれよ」


 苦笑しながらそう言う歩に洋介はぽかん、とマヌケな表情を晒した。いや、確かに話してはいなかった。話してはいなかったが、それは聞かれなかったからで、聞かれれば話していた、と思う。それにそんな言い方を歩がしてくるのは初めてのことで。


 「……ああ、オーライ。了解だ」


 追い詰められているんだろう、と気がついた。正直なことを言ってしまえば、何を勝手に追い詰められてんだよ、と思う。そんなの今に始まったことではないだろうと。

 いつだって指針なんてなくて、足掻くように、前に進んでいるのか、はたまた後ろに下がっているんじゃないかと思うような足取りで、一歩一歩歩いていって。時間を無駄にしたこともある。無駄骨に終わった努力もある。それでもその繰り返した歩みのうちの一歩が成長に繋がれば全て良しだったではないか、と。


 そうして今まで競ってきたのではないか、と。


 正直、そう思うのだが、それでも歩が追い詰められているというのは事実で。

 そうなるに足る理由があったのだろう、と内心で理解して、仕方ないなと苦笑しながら、当然、と言うように洋介はその申し出を受け入れる。


 「合図は、このコインでいいかな?」


 「いつも通り西部劇っぽく、な」


 これも昔から変わらない決め事。

 その頃にハマっていた西部劇を真似てコインが地面に落ちるのをスタートとしたのが最初。それ以来、こうして同じように開始の合図はコイントスで行っていた。


 そうして、洋介と歩以外がいなくなった体育館の床にコインが落ちる。

 落ちて鳴った金属音が二人の耳に届くか届かないか、というタイミングで歩は触媒を生成。火球を洋介に向けて放っていた。


 「生成、火球×バイ60!」


 落ちる直前、生み出した触媒である剣を振るって歩はフライングぎりぎりの攻撃に出る。長剣のようなソレは僅かに短くなり、その刃幅を狭くする。

 奇襲気味の一撃なのだ。簡単に避けられては堪ったものではない。


 だが、それでも洋介にとってはそれは勝手知ったる攻撃だった。

 だからこそ洋介は魔法を使うこともせず、ソレを後ろに飛び退くことでやり過ごしていた。ただまあ、思ったより地面をその火球が穿いたときの爆風が大きく、煽られてたたらを踏むことになったのは予想外だが、それでも、無傷だ。結果オーライ。終わり良ければ全て良し。

 多少のミスはご愛嬌ということで、流してしまえ。


 そんなことを考えながら、ぱちぱちと火の粉を上げながら燃える床を境目に洋介は歩と向かい立つ。


 洋介はその結果に満足していただろう。だが歩にとっては堪ったものではなかった。奇襲を完全に失敗させた歩は一つ舌打ちをして、それを完全にいなした洋介は不敵に笑って。


 「──触媒生成。転換、双剣!」


 その片手に生み出した杖は二つに分かれ、そして手に収まる。収まったあと現れたのは前腕ほどの長さの片刃の片手剣。それが二対。


 「いくぜっ!」


 そう言い放って、駆け出した洋介を見て、歩は更に剣を短くする。見慣れていなければわからないような程度の消費。それでも洋介はソレを察知する。

 だが、何が来ようと一直線に突き進むつもりだった。それが最善だと思っていたから。たとえ火球の壁が作られようと止まってしまえばそれが降り注ぐ雨のように逃げ場を潰す。立ち止まってしまえば格好の的になってしまう。だから一直線に進めば受けるのは必要最低限の被弾だ。

 たしかにソレを有効打と言うかもしれない。だが、それ以上喰らわなければ自分の勝ちだと思っていたから。


 だから、その歩の攻撃は予想の外側からの一撃で。その境目になっていた火の床を超えるために、眼前に迫ったところで、その向こうで歩が剣を振り上げていたのを洋介は見た。


 「操作、火柱!」


 先ほど火球の雨が降り注いで床に残った僅かな炎がまるで生きているかのようにうねりながら洋介を絡め取ろうと一つの柱となって蛇のように向かってくるのを見て。洋介は自分が取った行動が悪手だと、ギブアップ案件に成り得ると、即座に気がついた。

 だったらどうするか。たしかに今までだったのならソレに絡め取られるか、はたまた一気に踵を返して逃げ出すかの二択しかなかっただろう。だが、それは以前の洋介なら、の話だ。


 結論。


 「────転換、シールドッッ!!」


 ソレが洋介を絡め取る直前。触媒を持たぬ洋介は、いつものように魔法の宣言を行っていた。

 傍から見れば意味のない行動。

 触媒がなければ魔法は発動しない。洋介の触媒は双剣を生み出すのに消費してしまって残っていない。

 ならば新たに触媒を生成する必要があって。


 その触媒は双剣を放棄しない限り生成することはできず。


 結論、その魔法は歩が知っている限り不発に終わるだった。



 壁にぶつかるようにして四方に飛び散る火柱。そうして火柱がなくなったその先には、盾に身を隠すようにして、健全なままその場に立つ洋介がいた。


 「……触媒二つ目でも作れるようになった?」


 「いや、そんな都合のいいことは起きなかった。たしかにそうなってくれれば俺も万々歳なんだけどさ……てか、そういうことあったらお前に自慢してるっての」


 たしかにそうかもしれない。というか、そうしてドヤ顔で自慢してくる洋介が目に浮かぶようだ。おそらく、自室でいつものように自分の魔法の扱いに関して見落としがないか探しているところに、偉そうにしながら鼻高々に入ってきて自慢してくるのだろう。

 容易に想像できる。


 だが、だがしかし、だ。

 それ以外に考えられないのだ。洋介が魔法を少しでも低コストにしようとしたのは歩自身知っているし、それが失敗に終わったことも知っている。

 だからこそ、そういう突拍子もない成長がない限り、今のような洋介の行動はないと思っていた。


 思っていたからこそ。


 「さすがに、さっきのやつ見せられて、それがホントとは思えないんだけど……」


 疑う必要はないにも関わらず、歩はその言葉を口にせずにはいられなかった。


 それに対して、洋介は嫌がる素振りも見せず、苦笑しながら盾を脇に除けて歩と対面する。

 なんとなく、理解できた。これが歩が行き詰まっていた原因だと、理解できた。


 なまじ魔法を使い熟せてしまっているから。それ以上の使い方が見えていないから。粗がいくつもあればよかったのかもしれない。できないことが多ければ、それだけ試せることも多かった。考えることはたくさんあった。

 だが、歩の魔法はそれを探すことすら一苦労だった。だから行き詰った。だからやることを見つけれなくなった。


 ──だから、ユニークがどういうものであるか、ということを履き違えた。


 「歩、これが俺の《錬金術》だよ」


 ユニークは誰も真似できない魔法。すごいか、すごくないかなど二の次三の次の話なのだ。

 それを誰にも真似することは叶わないすごい魔法がユニークなのだと思うから、間違える。自分の魔法しかできないことを探すのではなく、他の魔法使いができないことを自分の魔法でしようとするからできず行き詰まる。誰も真似できない結果すごければ儲けもの。自分の魔法でしかできないことが他の魔法使いができないこと。たしかにイコールだが、それを必要十分にしようとするから見えなくなるのだ。

 過程が違う。すごい魔法を目指すのではない。できることを突き詰めることが重要なのだ。


 ────詰まる所、とても簡単な話だ。


 「こんなこと、お前らの魔法じゃできないだろ?」


 そう言いながら、洋介は盾を構え


 「転換、片手剣」


 そう言いながら、盾を片手剣に作り変えた。

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