第三章 『畳み掛けられる決定事項』(3)

 だが、それも当然といえば当然なのだ。

 何回も言うように魔法使いは一つの魔法をどれだけ使い熟せるかが強さの一つの指標とされる。たしかにその魔法の脅威度、触媒の数など指標は他にもあるが、それでも一つの完成された武器を手にした魔法使いであれば、多少の魔法の優劣など簡単に覆せるのだ。

 だがしかし、魔法使いとなって数年が経過してしまえば、ある程度の天井は見えてくるものである。

 例えば彰が必要最低限のリソースで相手を封殺できるようになったのもそうであり、奈月が自身の魔法の性質を完璧に把握できるようになったのもそうである。そうしてある程度の天井を見てしまえば、そこからの成長は望めない。今の実力でどうしようもなくなっているのに、それが完成された武器になってしまったのなら、この先どうしもうもないことだらけだと自覚してしまうのだ。


 だが、そんなところに降って湧いてきたのがユニークという技術。

 しかし、見えていた天井が破れたのと同時に、あまりにも漠然とした道にどう進めばいいのかがわからなくなっていたのだ。

 なぜならただユニークという名前を示されてそこに向かえと言われたのだ。例えるなら通常高校二年で習う微分積分の計算を高校入学したての生徒に方法の一切を教えずに問題とその答えだけ示して、別の問題を解いてみろ、と言っているようなものである。

 どうして数学者の真似事をしなければいけないのだ、と生徒が頭を抱えるのも無理はないはずだ。

 だからこそ、行き詰まっていた魔法使いの二人は洋介が至った《錬金術》という答えに、その過程を見て、その漠然とした道の輪郭を捉えることができたと躍起になっていたのである。


 だが、面白くないのが技術使いの二人だ。

 何勝手に一歩進んでいるのだ、と。複合プログラムという漠然とした技術を提示されたのはこっちも同じなのだ、と。


 しかし、それにも道を示すものはあった。


 「アセナとかがその完成形じゃねえの?」


 ぽつり、とそう呟いた洋介に玲奈は、そんなことはわかっていると呆れながら反論した。

 アレにたどり着くのが答えなのだ。だとすればどう行くのかが問題。話を聞けばアセナが一つのプログラムを極めれたのは才能によるものが大きいというのはわかっている。透司もアセナが並列でデバイスを起動したことは知らずとも、高速でプログラムのインストールまでできることは熟知していた。

 だが、いくらやってもそこに辿りつけない。一つのプログラムを極めようとしても極めたところでそれは扱い方を極めるだけ。インストールの短縮などできないのだ。


 そうして行き詰まっていた二人に、魔法使いの方面からなんで? という言葉が掛けられる。


 「使い熟すってそういうことじゃないんじゃないか? ほら、何日も走り込みしてたら持久走が早くなるみたいに……」


 「いや、だからよ。それぐらいはオレらもやってるんだよ」


 「あー、今のは東雲くんの言い方が悪いね。僕らが言いたいのは……そうだな」


 「阿南さん、あれです。どうして『その道に優れてる人だって、間違えたり失敗するんだよ』っていう言葉を『猿も木から落ちるんだよ』って言わないんだってことですよ」


 わかりやすく説明したつもりなのだろう。彰の言葉を遮ってドヤ顔で言い終えた奈月に玲奈と透司の二人はおもいっきり首を傾げた。


 詰まる所、どうして短縮しないんだ、ということなのである。

 起動式が長くて起動するのに時間がかかるならば、ソレを短縮して最低限にしてしまえばいいのではないか、と。

 もし短縮できないのであれば、『起動せよ』という一言を起動式にするようなことはできないのか、と。

 プログラムだってそうだ。長ったらしく打ち込む動作が必要なのが問題なのだ。だったら音声認証にしてしまえばいいではないか。インストールの一単語を打ち込めば済むようにしてしまえばいいではないか。


 「アセナだってそうだろ? 見てて気が付かなかったとか言わねえよな? お前らとは違ってあいつ打ち込みしてないぜ?」


 たしかに、デバイスを起動するときも、プログラムをインストールするときも、ともに打ち込みのような行動は取っていなかった。

 正直、そんなこと思いもしなかった。それが常識だと思っていたから。


 だが、そうなのだとしたら。

 それが正しいのだとしたら。


 「あ、あいつ、そんなことやってたのか!?」


 「な、なんて無理ゲー! そ、それが今期の課題って、先生、何言ってくれてんの!?」


 「えっ? 無理ゲーなんですか?」


 自分たちと同じように方向性が示されたことでやる気に満ち溢れると思っていたのだろう。

 透司と玲奈の絶望したような声に魔法使いの三人はともに素っ頓狂な声を漏らしていた。


 「当たり前じゃない! つまりね、ソレをするってことはデバイスもプログラムも一から自分で作るようなものと同じなのよ!?」


 「正しく言えば、自分用にチューンするってことだ。それがデチューンすることになったとしても、自分が使いやすいように改造するってことだよ」


 結論から言えば、アセナがやっていることはそういうことなのである。

 一つのプログラムしか起動できなくなる、というデチューンを行うことによって、通常複数のプログラムに対応しているデバイスの機能を制限し、そして一極化を果たした上で、口頭での起動、インストールをできるように改造した。それがアセナの技術のタネ。


 言ってしまえば簡単なことで、そして同時にこれまでの技術使いが歩んできた道のりを今期だけで乗り越えろ、ということであり。


 「それを無理ゲーって言わなかったらなんだって言うのよ!」


 そう言って立ち上がった玲奈の言い分は尤もで。


 「おそらく他にやりようはあるのかもしれないが、ソレを探すにしたって途方もなさすぎるんだよ……」


 そう言って落胆する透司の言葉に三人は閉口するのだった。



 一方で、彰が作り出した空間を外から視界の端に入れつつ、歩は一つ舌打ちをしていた。

 歩の魔法は《炎使い》である。炎を使う、ということ以上にできることは見つからず、ユニークらしいところは見当たらない。

 正直、洋介と同様に自分の魔法もユニークの一つなのではと思うことがなかったわけではない。だが、そんな考えすぐに一蹴できた。


 なぜなら、技術使いでもできるような技術が、ユニークであるわけがないから。


 たしかにその場にある炎を操れるのも自分の魔法の特徴の一つだ。それは技術使いにできないことでもある。だが、それがユニークだとは思えない。おそらく探せばそういうことができる魔法は存在するだろうから。


 しかし、だったら、自分のユニークとはどのようなものなのか。

 歩は破られた天井を前に漠然とした道すら見えていなかったのだった。



 「じゃあ、次は西蔦くんだね」


 「あー、うん。俺の魔法は《炎使い》だ。技術使いが『イグニス』でできるようなことは一通りできる。加えて言うなら、その場にある炎なら俺の支配下に置ける、って感じの魔法かな」


 それしか言えない。同じグループの他の面々の魔法には、どこか突出しているところがあった。だからこそ、その自己紹介に感嘆の声が上がらないのは納得しているし、何も思うところはなかった。


 だがそれでも、だからと言って諦められるというわけではなかった。

 だからこそ自分の天井が見え始めた頃から小説などの物語などの本から伝承や神話関連なども読み漁った。それでもそこに書いてあることは知っている事実であり、すでにできることだった。


 正直、破られたと思ってる天井はただ黒く塗りつぶされているだけなのでは、と思ってしまう。


 「それじゃ、私たちも模擬戦といきましょうか」


 内心、そんなことよりユニークの習得に勤しみたいところだった。

 しかしそれをしたところで成果が得られるとは思えず。


 「そうだね。じゃあ、組み合わせでも決めようか」


 納得したような表情を顔に貼り付けて、歩はそんな同意を示すのだった。



 チャイムが鳴る。戦績は芳しくなかった。結局負け越した。善戦した試合もあったが、それでも負けは負けだ。相手の情報が少なかったなど言い訳にならない。それは相手だって同じはずだったから。


 ふと、視線をあの区切られた空間に向けてみればやんややんやと言い合いながら出てくる洋介たちの姿があって。


 「あー!わーったよ! 付き合えばいいんだろ!? それじゃ、週末な! お前らが言い出したんだから許可はお前らが取れよ?」


 「まったく……しょうがないわね。わかったわよ。それじゃ、時間とかはあとで送るわ」


 「なんで俺がわがまま言った感じになってるんだよ!?」


 「そりゃなあ、お前。オレらの手伝いをするのがお前の役目だからだろ?」


 「まるで俺が従者みたいな扱いだけどな、俺そんな身分じゃないからな!?」


 そんな口論をしながら出てきた洋介たちを見て、うまくいってはいないのだろうが、それでも指針はしっかりと見いだせているんだろう、ということは理解できてしまって。

 それがどこか羨ましく、そして同時に嫉妬のような感情を抱いてしまっていることを感じて。


 「おっと、歩。そっちはどうだった?」


 「え、あ……うん。変わらず、かな?」


 気がついたら無意識にそちらへ足を運んでいた自分に若干驚きを覚える。


 覚えて、少し考えて、歩は小さく言葉を紡いだ。


 「洋介、今日の放課後、久々に模擬戦しないか?」

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