第三章 『畳み掛けられる決定事項』(2)

 そうして次の日。

 洋介たちのクラスは体育館に来ていた。

 魔法科学の授業ではない。では何か。考えるまでもないだろう。実技訓練の授業である。


 「まあ、一部のグループはすでにやっちまったこととは思うが、今日はグループ内で各々がどんな魔法を扱えるのか、技術使いがどんなスタイルを持ってるのか、を知るってのが目的だ。すでにやっちまったやつらも今日は我慢して確認しておいてくれ。それじゃ、解散」


 ぱん、と手を鳴らして話を終えた幹久は、持ち込んだのだろう。パイプ椅子を展開してそこに腰を掛け、資料を確認する作業に没頭し始めてしまう。

 ただまあ、だからと言って生徒たちが暴走したとしても止めに入れるよう注意が向けられていることは知っているからこそ、それを指摘するものはおらず。

 洋介たちは各々のグループに固まって、ある程度の距離を保ちながら模擬戦、あるいは個人個人でできることの披露というかたちで収まっていた。

 当然、洋介たちもその枠に収まって…………


 「それじゃ、東雲くん。僕らは僕らでユニークの習得、あるいは複合プログラムの習得でも目指して頑張ろうか」


 「お前先生の話聞いてた!?」


 「いやなに、別に絶対というわけじゃないだろう? 僕らはすでにお互いが何ができるかを確認済みなんだ。それに僕らのグループには幸いなことにユニーク持ちがいるんだ。これを利用しない手はないと僕は思うけどね」


 ニヒルに笑いながら教師からの言葉を完全無視してしまった彰に洋介たちはため息を吐いて脱力する。

 たしかに彰の言うことも一理あるのだ。他のグループが各々の確認作業しかできないのはそれしかできないから。たしかに自主練のような形にすればユニークの習得や複合プログラムの習得の時間に充てることもできなくはないだろう。

 だが、それでは実技訓練の授業の意味がない。だからこそ、今日は、という形になったのだろうし、別段、幹久も他の課題を出さなかったのだ。

 では、互いが教えながら訓練を行うことができるような状況が作れるのであれば?


 結論、ソレが実技訓練なのだから文句なしに彰の言葉は正しいのだ。


 ただし、それには洋介の手伝いが必要不可欠であり。


 「だから、東雲くんも協力してくれよ?」


 彰の言葉に洋介は大きくため息を吐くと、頭をバリバリと掻いて表情を見られないように顔を下に向ける。

 正直、うれしい。正直、うれしくてたまらないのだ。自分の魔法が他の魔法に比べて劣っている? たしかにそれは間違いなく事実であり、覆しようもないものなのだ。だがそれでも、こうして助けを求められたという事実は、頼りにされているという事実は、とても心地よいもので。

 思わず口元を綻ばせてしまう程度には効果てきめんだったのだ。


 「────ったく、しょうがねえなぁ!」


 ただ、それを見られるのはものすごく恥ずかしいというか悔しいというか。ともかく、見られたくないものだということには変わりなく。

 顔を上げてそう言った洋介の表情はすでに先ほどの弛みきった表情とは異なり、呆れや面倒くさそうな表情が貼り付けてあったのだった。



 「ただし、彰。お前のリソース消費してでも他から見えないような空間作ってくれよ?」


 「うん? 別にいいけど、なんでだい?」


 そうして訓練を始めようとしたところで洋介はその腰を折るように条件を提示した。その条件が不可解なものだったのだろう。彰は了承しながらも首を傾げていた。


 だが、その提案の意図が理解できたのだろう。透司は頷きながら、一つ。


 「あれだ、春夏冬。グループのやつらには仕方ないが、他のヤツらにおいそれと見せたくない、だろ?」


 「まあ、そういうこと。たしかに魔法科学の授業では求められれば手伝ってやるように、って言われてっから、見せることになるのは変わらないんだけどさ、それでも求められてないのに見せてやるってのはもったいないだろ? だから秘匿するってわけだ」


 「あー、なるほどね。うん。わかった。任せてくれ」


 そう言って納得する男子陣を他所に、玲奈は肩を竦めながら首を横に振る。


 「やっぱり、どう頑張っても私には理解できなかったわ……」


 「ですね……ちょっと私も理解できないかなーと……って、あっ! そうだ!」


 苦笑しながら、玲奈の言葉に同意を示していた奈月は、不意に思い出したように声を上げた。

 不意打ちのように大きな声を出した奈月に玲奈が肩を跳ね上げて、少しばかり不快そうに睨みつけ、それを奈月が申し訳なさそうに手を合わせ、といった一連の動作をしたところで、洋介が口を挟んだ。


 「なにか困ることでもあったか?」


 「そ、そうなんです。私の魔法、その状況だと使えないんじゃないかって……」


 「あー……」


 たしかに奈月は彰が干渉した空間で後出しで魔法を使うことはできない。それは前回の実技訓練の授業でわかっていたことだ。

 だからと言って先に魔法を使用することなどできるわけがなく。


 となると、そもそもの前提条件は崩れるわけで。

 公開したくなかったが、仕方ないか……と秘匿することを諦めようとしていたところで、彰が大丈夫、と笑いながら人差し指を立てて言った。


 「別に空間まるごと区切る必要はないんだ。僕らが周りから見えないようにすればいいんだろ? だったら簡単だ。壁を作るようにして隠せばいい。それなら僕の触媒の消費も少なくて済むしね」


 つまり空間全体に干渉するのではなく、そこを切り取るようにしてまるで箱で蓋をするように干渉すればいいというのだ。

 たしかにそれならその内部は彰の魔法の影響下ではなく、たとえ奈月が魔法を使ったとしても彰の魔法が解除される心配もない。


 そして彰の触媒の使用も最低限で抑えられるという一石二鳥の策だ。


 「それならどうかな、夏原さん」


 「えっと、試してみないことにはなんとも言えませんが……多分大丈夫だと思います」


 「よし、それじゃ、早速試してみようか」


 そう言うなり、彰は触媒を生成して洋介たちの周囲を自身の空間で仕切る。

 それによって洋介たちはその空間外部からは一切確認されなくなった。


 そのことに、幹久は呆れたようにため息を一つ吐いて資料から目を上げて肘掛けに頬杖を突いた。


 「まったく……中で何かあったら俺が監督責任問われるんだからな……わかってんのかねえ……」



 そんな幹久の心配などいざ知らず。

 洋介たちはその空間内部で車座になって座っていた。


 「で、改めて確認するわけだけど。東雲くんの魔法はユニークなわけだ。だけど、だからと言ってそれだけで今期の魔法科学の授業の課題が終了したわけじゃないのは僕らも知っていた。それがさっき君が言った通りだとするなら手伝い役しかなくなる状況まで進歩したということらしいけど……なにかあったのかな?」


 「あ、ぐっ……た、たしかにあったな……」


 言いさえしなければ、洋介の《錬金術》は未だ他の面々にはただ物を作り出せる程度の魔法としてしか認識されていなかったわけである。

 それならばこうして区切る必要などなく。だからこそ先程、彰は首を傾げたわけで。何かしらの成長が見込めたということが理解できたから、それを見られたくないということがわかったから透司も洋介の提案に乗っかったわけで。


 「だな、どんな魔法になったのか、教える義務ぐらいはあるんじゃないか?」


 その状況に洋介は、失言だったと、天井を仰ぐのだった。



 「結論から言っちまえば《錬金術》そのものだってことなんだよ」


 口頭で、自身の魔法の詳細を説明した洋介に彰は、なるほどと目を伏せ、そして透司は口元に指を当てる。そして奈月はユニークとはそういう魔法なのだと理解した一方で玲奈は、つまり、と口を挟んだ。


 「できることは何も変わらないってことじゃない」


 「痛いとこ突くなお前……」


 「だってそうでしょ? 頭ん中の武器になりそうな物の知識が増えないことには結果として対処が限られるじゃない。ほとんど今まで通りよね?」


 言外に恐るるに足らずと言う玲奈に透司も思わず吹き出す。


 「確かに言われてみりゃそうだな。俺らはあまりユニークのことは知らねえが、それでもユニークらしい魔法になったと思える。それでもその程度だな」


 そんな技術使いの酷評に意気揚々としていたことが否めなかった洋介も多少尻込みする。だが、それでも、と彰と奈月は言葉を同時に言った。


 「そのユニークが一つの脅威になるんだよ」

 「それでもそのユニークは私たち魔法使いにとっては脅威なんです」


 そんな魔法使いたちからの評価を聞いて、馬鹿にしていたわけではないものの、軽く見ていた二人は少し驚きを露わにした。


 「とにかく、東雲くんのおかげで僕らの方針はなんとなくだけど定まった。先生が言っていた他の魔法ではできないことということの意味も捉えることができた」


 「ですね。私の方は方針までは決まりませんでしたが、ユニークという形は捉えられた気がします。アドバンテージですね、これ」


 そう言ってやる気を見せる二人に技術使いの二人は顔を見合わせて疑問符を頭の上に出していた。

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