第三章 『畳み掛けられる決定事項』

 正直、驚きの方が勝ってたように幹久は感じていた。それほどまでに洋介のユニークは特異であり魔法の前提を覆すものだったから。


 「だが、本質は何も変わらないわけだ。ユニークらしくなったとは言えお前の魔法は何かを作り出すことで間違いない」


 「ですね。こう、試してみてやってみても全く違う種類のものを複数作り出すことはできないし、扱うのは俺自身ってのは変わらないし、実用的な意味で言ってしまえば何も変わらないですね」


 そんな苦笑交じり、ため息混じりの洋介の言葉に幹久は頷きながらも背もたれに体重を預ける。

 構成員が個々人的に持つ一室の机に向かい合うようにして洋介と幹久は《錬金術》のユニークの特性をまとめていた。



 未央との錬金術に関する検証のあと、洋介はその足で幹久のもとまで行って、体育館に足を運んでもらって、そこで実際に見てもらいながらその仮説を試した。

 内心、それが正しくなかったらどうしようか、と思うところがなかったといえば嘘になるが、それでもどこか確信めいた自信はあるにはあったのだ。

 それが表情にも出ていたのだろう。だからこそ幹久も昨日今日どころの話ではなく、その日のうちに試したいことがある、と言って訪ねてきた洋介を一蹴するでもなく、ただ見守るようにして了承したのだろう。


 結果としてその仮説は正しいものであり、たしかな成長を洋介は得ていた。

 ただまあ、それがどうあれ、魔法という本質は変わることがなく。それは洋介の魔法にも当然のように当てはまるものであり、結論、洋介の魔法は《錬金術》であることに間違いはなかったのだが。

  だがしかし、それでも複数の場面に瞬時に対応できるようになっていた。それはどうあっても変わらない事実といえる。


 そうして一通りの話が終わったところで、洋介はぽつり、と口を開いた。


 「先生。それで一つ問題ができたんですけど……」


 言いにくそうにしながら洋介が頬を掻いて目を逸らす。たしかにこれから言うことは大した問題ではない。問題ではないのだが、それでも決して目を逸らすことのできない問題ではあるのだ。


 「俺、あの授業どうすればいいんですかね」


 そう。今期の魔法科学の魔法使いたちにとってのテーマはユニークを身につけることである。現状、洋介はその魔法自体がユニークであり、そして触媒の増加以外の成長も見出すことができていた。

 結論から言えば、すでにやることがなくなってしまったのである。なぜなら普通であればユニークを身につけることが成長に繋がるわけで、ユニークを身につけている洋介はその例外として、他の部分、正しく言えばその扱いで成長を見出すことが目的だったからこそ、今期の課題は粗を探そうとしない限り見つかるようなことはなくなってしまったのである。

 だからこそ、幹久にその粗を指摘してもらえれば、と思っての言だったわけで。完全に他人任せだと言われてしまえばその通りだと閉口してしまうこと間違いなしの状況に洋介は気まずそうに視線を逸らすのだった。


 とは言え、別にやることが全くないというわけでもないのだ。未央の手伝いがあることは間違いないが、それでも彼女とは放課後などで埋め合わせを行えばそれでいいと話は済んでいる。言い換えてしまえば授業をサボってまでこっちに来なくていいとお達しが出ているのである。つまりはその未央からの言葉を無視してまで手伝いを行えば、たしかにやることができるという状況である。


 そんな状況を察してか、初回の授業でテーマを終了させるとは思っていなかった幹久は、洋介の言葉に苦笑を漏らしながら


 「春学期全十五回の授業のうち、最後の一回は実技の試験だ。それまでに洗練するのは前提として、たしかにそれだけだと時間を持て余すのはわかってる。ちなみに言えば、成長が早いやつなら半分の授業回数でユニークを扱えるようにはなるんだ。で、そのあとはどうするか、というわけなんだが……基本的には何もすることはない。あとは同グループや友人どもの手伝いなわけだ」


 詰まる所、あとの授業はそのお手伝い係になれということであって。


 「魔法使い、技術使いともに相手がいないと成り立たないこともある。お前自身、実践形式での慣れも必要になってくるだろう。いい機会だと思って励め」


 「まあ、たしかにその通りではあるんですけどね……」


 正直、釈然としない、というのが本音ではある。

 この場合、実力と言うべきなのかはわからないが、それでも例えば彰と比べてしまえば、洋介の魔法使いとしてのランクは数段落ちる。例えばアセナと比べてしまえばギルドの構成員としてのランクは数段落ちる。歩と比べても、玲奈と比べても。

 まだまだ実力としては劣っているところの方が多いと自身で自覚できる程度にしか実力がないのが事実なのだ。


 そんな自分が果たして手伝いなどをしていていいのだろうか。もっと自分の実力を向上させるために行動を起こさなくてはならないのではないのだろうか。


 そう考えて、二の足を踏んでいる洋介に幹久は一つ、嘆息しつつ言葉を掛けた。


 「まあ、お前の魔法はユニークであるってことも含めたとしても危険度は低いもんだろう。ソレ単体じゃ、自然災害なんぞ起こせるような代物じゃなし、他の魔法に比べちまえばただの人間に毛の生えた程度の代物だ」


 その通りだ。どう足掻いたところで歩のように炎を生み出し周りを火の海に変えることができるわけでもなければ、彰のように空間まるごと操るようなこともできない。奈月のようにそんな自然災害を起こすことができるような魔法使いを封殺できるわけでもない。

 どう足掻いたところで自然に対して武器一つで立ち向かうなんぞ、無謀にも程があると。


 ────だがな、と。それでも幹久は言う。


 「全部が無駄になるってわけじゃない。使えば使うだけその魔法の扱い方にバリエーションがあるって事が自覚できる。それはユニークでもそうでなくても同じことだ」


 詰まる所、その場をどう有効活用するかは洋介次第なのだ。ただただ漫然と与えられた役割を熟すだけなら成長など見込めない。それは未央の手伝いをしたとしても、幹久から新たな課題を与えられたとしても変わらない。他の者の手伝いをしたとしても何も変わらない事実なのだ。

 だからこそ。


 「お前は他のやつらを手伝うべきだと思うぞ。別にどうしてもって言うならこっちからも何かしらの課題を設けてもいいが、結論、何も変わらないとは思うがな」


 そうして、ぽりぽりと頬を掻いて幹久は苦笑交じりに言う。


 「……加えて言うとな、別にソレは悪い提案だとは俺ら教師陣は思ってないけどな。なんたって他の魔法を見るいい機会なんだ。そういう機会を得ようとすると必然的にどうしても戦闘の最中になっちまう。そうなるとどうしても他のことに頭のリソースを割かなくちゃいけねえ」


 「……たしかに、そうっすね」


 洋介自身言っていたことだ。魔法使いは経験がモノを言う。何度も何度も壁にぶち当たるようにしてぶつかって、それでも立ち上がって自身を磨くからこそ上達、いや、正しく言えば強者に抗うことができるのだ。

 初見で太刀打ちできるような場面など限られている。初見で圧倒できるような魔法などごく一握りしか存在しない。それこそ賢者が扱うような《災厄》のような魔法だ。


 ならば、こういう機会を得ることができるということはアドバンテージに成り得るのではないか。

 そう考えて、洋介はしっかりと幹久の提案に頷いたところで。


 幹久は申し訳なさそうに頭を掻いて、目を逸らして、洋介のモチベーションをへし折った。


 「まあ、手伝うって言っても他のやつらがそれを快く受け入れるかは別だけどな」


 「全くもってその通りっすね!?」


 良くも悪くも魔法使い、いや、ギルドに所属する面々は我の強い連中が多い。洋介もそうであるように、誰か、それも自分と同じ土俵、あるいは自分より下の土俵に立つ者からの教えなど、受け入れるような者は少ない。


 だが、それでも、だ。


 洋介がユニークをクラス内で最も早く扱えるようになっているという事実は変わらないし、手伝いがあった方がいいかもしれない、という事実も変わらない。

 一人で考えこんで行き詰まるよりは遥かにマシなのだ。


 「まあ、誰かしらは協力を求めてくるだろうよ。それまではグループの面々の手伝いでもやってればいいんじゃないか? それなら免罪符もあるんだ。快く、とまではいかなくとも受け入れるぐらいはあるとは思うぜ」


 そう言われて、洋介は苦虫を噛んだように渋面を作りながら、なんとか納得するのだった。

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