断章 『有言実行』

 プログラムを切り替えるために一瞬の隙を作った。だが、自分一人ではない。自分一人だったというのならば、そんな隙は作らず、現在のプログラムで粘って足掻いただろう。

 だが、後ろには仲間がいた。だがら切り替えようと、合図を出して、一瞬の、そう。本当に一瞬だけ。まばたきをするような一瞬の隙を作った。


 そんな一瞬の隙が命取りだった。

 まるで、その一瞬の隙を知っていたかのように、その一瞬の隙を狙いすましたかのような一撃が自分と仲間のデバイスを襲う。

 どうして、と思う暇もなかった。

 気がついた時には行動不能に陥れられ、為す術なく魔法使いの魔法に蹂躙される。


 どうして知っているんだ、と。

 どうしてあの瞬間に逃れようもない隙が生まれることを知っていたんだ、と。


 魔法使いの魔法が迫る中、呆然と考えて、そして気がつく。



 ──君たちは隙を生む。間違いなく。



 この場に立つ前。そう掛けられた一言。

 あの場では何のことかわからなかった。通りすがりに掛けられたその一言。まるでそこに住む人が何気なく言葉を置いていくかのように掛けられた一言だったから。気にも止めず、今の今まで忘れていた。


 ああ、アレが《予言》か、と。


 なかなか報告書に上がらないのはこういうことか、と。


 「────に、げろぉっ!!」


 呆然と、壊滅状態に陥りかけた部隊に向けて声を張り上げる。

 おそらく最前線に立っていた自分は無理だろう。無理だろうが、情報は握っているはずだ。

 《予言》を扱う魔法使い。やつは他の魔法使いと手を組んで複数の魔法使いと行動を共にしている、と。


 《予言》の魔法が危険なのではない。いや、たしかにソレが危険であることは間違いないのだが、それでも真の脅威はそこではない。

 《予言》の魔法によって固定化されたこちらの動きの一切の隙を突いて相手が行動してくることこそ脅威なのだ、と。


 「へぇ……あんた、やるね」


 「……私のミスだからな。他にソレを押し付けることなんざできないさ」


 「うーん。なかなか素晴らしい上司だことで。僕らの上司もそれくらい素晴らしければいいんだけどな」


 散っていく部隊を尻目に目の前の魔法使い嘲るように笑う。

 それぐらい知っていたよ、と。こちらには《予言》があるのだから、とそう言って嘲笑って目の前の技術使いを見やって


 「ねぇ、知ってるかい?君が今からどうなるか」


 「……お前の魔法で殺されるんだろうな。あぁ、それくらいはわかっているさ」


 そうだと、本当にそうなるだろうと思っていた。

 思っていたからこそ、こうして別デバイスを起動するようなことをせず、諦めたように会話に応じていたのだ。

 だが、そんな覚悟すら嘲るように魔法使いは違うと首を横に振ってそれを否定した。


 「あんたみたいな優秀な人材がいなくなったらギルドも苦しいだろうよ。いいよ、情報を持って帰ればいい」


 「ただし一つの条件がある」


 不意に、意識の外から投げかけられた言葉に一気に臨戦態勢を取る。

 たしかに諦めていたのだからその行動自体は意味のない行動のはずではあるのだが、長年の訓練が、そうして生き残ってきた感覚が体を動かしていた。


 そこにいたのは目深のフードを被った細身の男性。まるで老人のように杖を突いているものの腰は一切曲がっておらず、軽装ではあるものの山登りに行っていたようにも見ることができた。


 その杖が若干短くなる。


 「『君は今からギルドの支部に逃げ帰って、言うだろう。命からがらなんとか逃げ帰った。《予言》の魔法使いは単独で行動せず、常にもう一人、仲間の魔法使いと行動している、と』。さあ、逃げればいい。僕らの気が変わらぬうちに逃げ出すといい。そして逃げたうえで君は『──────────────────』」


 唄うように告げられたその言葉は怪しく、同時に思う。


 やられた、と。


 そして、すまない、と。



 次に気がついたときには一面が火の海と化していた。

 怨嗟の声と助けを呼ぶ声が聞こえる。泣き叫ぶ声が聞こえる。


 ああ、やってしまったのだ。取り返しはつかない。つかないが、それでも。


 「──ッ!今助ける!!」


 男は走りだす。たしかにまるで操られるかのように行動していた。だが、それでも目の前で苦しんでいるものがいるのであれば、助けなくて何がギルドの構成員だと自分に言い聞かせて。


 そして思う。


 どうして《予言》を受けたにも関わらず自分は意識を保つことができず、無意識の状態で操られたかのように行動することになったのだろうか、と。


 その違和感は決して拭うことができず、男に纏わりつくように、縛り続けた。

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