第二章 『錬金術とはなんたるか』(7)

 そうして未央から指示された資料を探して集めているうちに気がついたことが幾つかあった。

 一つはやはり未央という研究者は彼女自身の下すソレとは全く異なり、かなり優秀な人物である、ということ。そしてもう一つは


 「あの、すみません。もしかして集めるように指示してる資料……狙ってやってます?」


 「なんのことですか?」


 あっけらかんと資料から目を離さずそう返してくる未央に、洋介はそれ以上の追求を無駄として質問を打ち切る。

 だが、狙ってやっているのだろう。


 ──何を?

 もちろん、一つしかない。


 「あ、洋介くん。次、北欧神話の文献をお願いします、です。あとできればでいいので、神様たちが使っていた道具に関する文献を抜粋してもらえると助かるのです」


 「──はい」


 そう。こうしてさっきから未央は何かしらの道具に関する文献を中心に洋介に集めさせていた。

 たしかにそれだけではないが、それでも比重は絶対にソレが主となっている。それが洋介のためだけではないというのはわかる。事実、現在調べているのは《災禍》と呼ばれる『仙人』が振るったとされる魔法のことだ。

 北欧神話で語られている終末の日──ラグナロクを調べれば、と資料を精査しているところだ。たしかに未央の研究のためかもしれない。そうかもしれないが、それでも直近の問題ではないだろう、と。



 「むー……しかし、こうして調べてみて思うのは、よく『仙人』相手に地球は存続したってところです。正直、こう言うと怒られる、ですが……都市一つ滅んだだけで被害が済んだのは僥倖と言う他ない魔法です……」


 「そう、ですね。災害から人災、パンデミックまで。人類が滅ぶんじゃないかって言われてた内容のバーゲンセールができるって考えられる魔法ですもんね……」


 「しかもどこぞの黙示録よろしく、順序立てて進行するわけでもなく、一気に同時に最後の日が訪れるようなものです。できれば永遠と姿を眩ましてて欲しいです」


 そんな希望的観測を抱く程度には過去、都市を一つ滅ぼした『仙人』は脅威であり、それが現在姿を現していないことが唯一の希望となっていた。


 「パンドラの箱、黙示録のラッパ、災禍の杖、大洪水……どれを取っても人間、あいや、ギルドが対処できるとは到底思えない、です」


 いやはや、研究者の名折れです。と落胆するようにため息混じりに呟いて、未央は天井を見上げて肩をほぐす。


 おそらくは、未央たち研究者にとっては、この『仙人』に対抗する手段を得ることが最終目標なのだろう。だからこそ、それが不可能と断じてしまう自分を卑下する未央なのだが、むしろソレを素直に認めることができた研究者たちがいったいどれだけいたのだろうか。

 いや、たしかに不可能ではない、と諦めないことが重要だ。そもそもでそんなこと未央自身重々承知している。だからこうしてわかりきっている事実を何度も検証するように、見落とした穴がないかと繰り返し調べて、落胆して、その事実に何度もぶつかって。


 「洋介くん、気分転換に錬金術のこと調べましょう。中世ヨーロッパの資料です。根こそぎ集めてきてください、です」


 「これまたいきなりですね」


 最早、隠す気もなくなったのだろう。直接、洋介の魔法に関するその起源を調べようという提案に洋介はありがたく乗ることにした。

 というか、むしろ洋介としては自分のことなどどうでもいいから、仮眠でも取ってください、と言いたいところではあるのだが、そんなことを言ったところで寝てくれないのは、その隈とくたびれた相貌を見れば一目瞭然なので言わない。

 変に気を遣わせても迷惑というものだ。ゆえに、洋介はここは言葉に甘えるのが吉と判断するのだった。



 錬金術。それは中世ヨーロッパに於ける化学。賢者の石を作り出すことを目的とし、当時の錬金術師、言い換えてしまえば化学者たちはソレに向けて研究を重ねてきた。

 その結果、様々な現代化学に繋がる物質や法則が発見されることになったわけだが、それはここでは割愛する。

 詰まる所、彼らは卑金属を貴金属に変える技術を得ようとしたわけであり、物質を作り変える技術を錬金術と呼称しようとしたわけだ。


 「洋介くん、一つ、いいです?」


 「なんですか?」


 二人で資料とにらめっこをしていたところで、ふと何かの疑問にあたったのか、未央が顔を上げてそう言葉を投げかけてきた。

 その表情は若干困惑するようで、言っていいのかどうなのか、と悩むようなもので。


 「もしかしたら、根本的に問題発言をするかも、ですので……心して聞いてくれるとうれしいのですが……」


 研究者あるまじき、戸惑いを孕んだその物言いに、洋介は首を傾げる。

 一体、なんだというのだ。調べるかぎり、どう見ても変なところは存在しなかったはずだ。

 洋介の《錬金術》は事実、中世ヨーロッパのソレと同じように触媒を全く別の物質に作り変える魔法であり、何も間違ったところはないはずで。


 「そもそも、洋介くんの魔法って《錬金術》なんです?」


 その一言は先ほどの発想のアドバイス以上に洋介に衝撃を与えた。


 「だって、触媒は触媒です。魔法を使うための必要経費のようなものです。言い換えてしまえば洋介くんは触媒なしには《錬金術》を使うことができない。つまりはフラスコのようなものです。賢者の石を生み出すために用いられた機材のようなものです。これがないと錬金術師は錬金術を使うことはできない。でも錬金術というのはある物を全く別のある物へ変える術です。よく考えてください。機材を変える技術なんかじゃないんです」


 例えて言ってしまえば、化学実験に用いる実験道具。どれだけすごい実験をしようとしてもソレなしには成り立たない。それが洋介の触媒。

 だとすれば。現代化学風に言ってしまえば、酸化銀を熱して銀を取り出すように。それが洋介の《錬金術》であるのならば。


 「なんで洋介くんの魔法は物質を作り変えることができないんです?」


 そもそもそんなことは試していた。

 自分の魔法が《錬金術》だと言われた時に床やその場にあった物を作り変えられるんじゃないか、と試してみた。だが、結果としてそれは無駄に終わった。何も変わることはなく、まるでアニメを見過ぎた子供が自分にもそんなことができるんじゃないか、と妄想してやってしまったような光景がそこに残っただけだった。


 そうして何度も試行錯誤して、現在の洋介の魔法がある。


 それが《錬金術》でないとするなら……


 「あ、間違えないでください、です。洋介くんの魔法が《錬金術》ではないということではないのです。上がそう判断したのであれば、それ相応の理由があるはずです。でないのであれば、その時点で洋介くんの魔法は《創造》とかになってるはずなのです」


 たしかに、たしかにそうなのだ。触媒から物質を生み出すのであれば、その魔法名は《創造》になるのが妥当だ。

 作るのではなく、作り変える。錬金術の本質はそこ。


 それがわからず名付けたとは到底思えない。であれば、作り変える、という結果が洋介の魔法にあると知っていて名付けたはずなのだ。


 だったら何を?

 触媒以外の物は作り変えることはできなかった。


 だが、触媒は物ではない。機材だ。

 だったら他に作り変えることができる物があるはずだ。


 それはなんだ。

 一体、それはなんだ。



 考えて、考えて。今まで学んだことを洗いざらい反芻して、精査して。


 「洋介くん、一つ。思いついた、というか。あなたの資料を見てて思ったことがあるのです。消費した触媒、どこにいったのです?」


 その未央の一言と同時に、全ての点が繋がって、洋介はおもいっきり机を叩いて立ち上がった。


 「あー!なんで気が付かなかったんだ!すげえ簡単なことだった、完全に灯台下暗しだ!い、意地悪すぎる!絶対上の人ら、わかってて名付けやがった!!」


 そんなことを言いながら立ち上がって、頭を抱えて、笑ったり喜んだり、怒ったり苦笑したり。百面相かと言いたくなるほど表情をころころと変えて洋介はぶちまけていく。


 「触媒っすよ! 俺が作り変えることができるのは触媒なんすよ!」


 「え? だから触媒は機材だから前提条件として間違ってるって、さっきから言ってるのですよ?」


 「だから、その発想が間違ってたんだ!」


 まるで答え合わせをするように。洋介は繋がった結論を言葉にしていく。


 たしかに類を見ない魔法だ。こんなことできる魔法、他にあると思えない。それがユニークの特徴であり、定義なのであれば、どんなに結果がしょうもなかったとしても、洋介の魔法はユニークとするしかない。


 結論。


 ──たしかに秘めたる才能なんか開花しなかった。

 だが、それでも。行き止まりと思ってしまったその道の先を示す程度には、ソレは洋介の先を明るく照らした。

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