第二章 『錬金術とはなんたるか』(6)

 「ただし、デメリットってのはなんにでも付きもんだ。技術使いのやつらにとってはよく分かることだとは思うが、どう足掻いてもデバイス一つにつきプログラムは一つしか起動できない。二つ目を併用しようもんならデバイスの起動に時間がかかる、プログラムの変換、インストールにさらに時間がかかる。まあ、現状のお前らなら戦力外通告待ったなしのクソ技術間違いなしなわけだ」


 その幹久の言葉に洋介と歩と玲奈の三人は頭に一つの光景が過ぎっていた。

 併用してた、よな、と。あれ?と首を傾げてその併用をしていた本人の方を見やれば苦笑しながら口元に指を当てて小さく、秘密にするように口を動かして音もなく告げてくる。

 正直、ため息が出る。


 これでは本当に企業的な秘密があるように感じてしまうではないか。


 「まったく……この二年で何をやってきたんだよ、あいつは……」


 小さく、ボソリと告げたその言葉は誰に聞かれるでもなく、幹久の講義の声に紛れて消える。



 まあ、複合のデメリットを緩和するには起動の慣れと特定のプログラムの高速変換だったわけだ。

 幹久やアセナのような領域に踏み入れろというのは土台無理な話ではある。だがしかし、それでも一分を三十秒に短縮できるのであれば充分変わってくるものである。

 つまりは技術使いにとってはそれが課題。

 何か一つ。できれば二つ以上。複合プログラムを使用できるよう、短縮インストールを習得することが課題なわけだ。


 「で、問題は俺なわけなんですよ」


 「おう、そうだな。ユニーク持ち」


 「たしかにそう言われると俺だなーってなりますよ? だけどそれとすごくないユニークの代表例として出したのでは話が別っすよ。どうしてくれんすか、俺の評価ダダ下がりっすよ?」


 「お? 元々下がるような評価あったのか?」


 「ちくしょう……言わせておけば…………」


 ぎりり、と歯を鳴らしつつ、洋介は堪える。

 今は教えを請いている時間なのだ。下手に反発してそれがおじゃんになっては意味がない。

 結局、洋介自身、何をすればいいかわからないのだ。ユニークを扱えるようになることが成長の兆しと捉えられる他の生徒たちと同様ならまだ救いはあった。

 だが、伸び悩んでいる現状。その兆しすらすでに過ぎたものだと言われてしまえば、どうすればいいかわからなくなるのも当然の話なわけだ。


 そんな洋介の心情を知ってか知らずか。

 幹久は頭に手を回して後頭部を数回掻く。言いづらいことを言うときの彼のしぐさだ。それがどういうものであれ、この状況で彼が言いにくそうにするということは、と洋介は心持ち身構えて


 「はっきり言ってこれ以上こっちから手を差し伸べてやることはできねえんだ。先を行ってるお前には話すが、三年次のこの授業のカリキュラムは個人個人での魔法の鍛錬と技術の向上だ。つまり、お前が先に進んでるからと言って三年にやる内容をやらせたところで、現状と何も変わらないってわけだ」


 「えっと、つまり……俺、これ以上、強くなれない?」


 「まあ、お前がいつも言ってるように秘めたる才能とやらが覚醒でもしないかぎり、突拍子もない成長は見込めねえな」


 その言葉に洋介は足元が崩れ去っていく感覚を覚える。

 だってそうだろう。他の面々は何かしらの成長があると言われているようなものだ。触媒も増やせないのだぞ、と。歩には半歩置いて行かれているのだぞ、と。これ以上置いて行かれるわけにはいかないのに、追いつく術がない。正直、八方塞がりとはこのことだった。


 ──だがな、と。幹久は焚きつける。


 「ユニーク使用による突拍子もない成長がないだけだ。お前の魔法はそもそもがユニークなんだ。こっちの教科書通りに事が進むとは考えられない。何か試せることがあるならバンバン試せ。というわけで、お前は特別授業だ」


 そう捲し立てられて。何のことだと幹久が指差した方を見やって。体育館の入り口でひらひらと手を振る見覚えのある女性を見つけて。


若干以上にくたびれた白衣と手入れを怠っているのがわかる茶髪。そしてあれから寝ていないんだろうな、というのが察せる目の下の隈と。


 「水無瀬未央さんだ。まあ、端的に言ってしまえば魔法使い研究の第一人者だな」


 「そんなすごい人だったんすか、未央さん」


 「ですです。いやあ、まさかこんなに早い再会とあい成るとは思いませんでした、です」


 水無瀬未央。洋介に《予言》の魔法を扱う魔法使いの情報、資料を探す手伝いをさせた張本人。若干、特徴的な口癖と現金な物言いをするギルド構成員の女性。

 その実、研究者としてはかなり優秀な構成員であった。その分野は主にユニークの魔法に対する研究。

 独自に系統を発展させるユニークの魔法。どの系統にも属さいないため、対抗策は報告されて初めて立てることになる。


 どうしたら最も効果的な対抗ができるのか。それを既存の情報から、新たに入手した情報から、手繰るようにして解き明かす。


 「まあ、それほどすごいことをしてるわけじゃないんですけどねー」


 けらけらと笑って、ひらひらと手を振って否定する未央はソレをすごいことであると認めない。

 なぜなら、その情報があるのは最低限だから。


 系統すらなかった時代。ギルド発足当初。魔法使いたちと頻繁に交戦があった頃。系統という考え方すらなく、魔法使いが扱う魔法は全てイレギュラーであり、見方によっては今のユニークであり、対抗策はその場で、その時点で、その瞬間構築する必要があった。

 それができなければ、一個小隊は壊滅してしまうし、その被害があれば人間と魔法使いの均衡は崩れてしまうから。

 だからそれを必要最低限として、それ以上を常に叩きだして、人間を、世界を変わらぬ日常に帰還させた当初のギルド構成員たちに比べたら、と。

 対抗策しか見いだせない自分と、それに対する確実な勝算と後進に伝えるに足る研究成果をその場で叩き出せるその頃の研究員とを比べてまだまだだと自分を見積もって。


 水無瀬未央はその最低限しかできない己を認めない。


 「まあ、私もすごーく忙しいのですので、片手間でのお手伝いになりますが、洋介くんが私のお手伝いをしてくれたうえで、その片手間でいいのなら私は充分構わないのですよ」


 だから、正直言ってしまえば後進を育てる時間など自分にはないと思っているし、育てることができるような能力にもまだ至っていないと考えている。

 だが、それでも自分の何かが後進の役に立つというのであれば。


 「……正直、あの手伝いするのは勘弁なんですけど。次に何をしたらいいかってのはわからないので、お願いしてもいいですか?」


 その一言に未央は薄く笑う。

 たしかに自分はまだそこに至っていない。だが、だからと言って自分の能力を役立てたくないわけではないのだ。役立てることができるなら役立てたいし、ソレを必要としてくれる者がいるならば喜んで差し出したいと思う。


 まあ、それを面と向かっていうのはとても恥ずかしい気分になるので、到底できることではないと思うが。


 それでもこうして頼られることは心底うれしくて。思わず小さく笑んでしまうほどで。


 「ですです。では、幹久先輩。洋介くんをお借りしますねー」


 そうして未央は洋介を連れて体育館をあとにする。


 結論から言って、現状、洋介に必要な物は知識でも技術でもない、と未央は考えていた。

 たしかに報告書にある《錬金術》の性質を見るかぎり、決定的に足りていないものは知識と考えてしまうかもしれない。いや、たしかに将来性を考えてみればその通りだと言えよう。

 だが、現状のみの話をしてしまえば、その考えは全くの否だと未央は推察していた。


 「で、洋介くんに足りないのは発想力だと思うのですよ」


 「発想力っすか」


 「ですです。たとえば、そうですね。鎖付きブーメランなんてどうでしょう。使えるかどうかは別として考えたことはありますか? 他には、ワイヤー付きの小刀とか」


 刃物を使うのであっても、その種類は千差万別と言って遜色ないほどある。その発想が足りないと言われているのか、と勘ぐって、たしかにそうであると。つい最近まで両刃剣の発想にすら至ってなかったのだからと、ぐうの音も出なくなった洋介を見て、未央は一つ嘆息する。


 「違います、ですよ。もう、刃物の種類を増やせって言ってるわけじゃないです。私が言いたいのは、なんで、物質を作るときに二つ以上の物を作らないんですか? ということ、です」


 「──────────は?」


 「たとえば、双剣。たとえば盾に収納された剣。たとえばフレイル。たとえば二丁拳銃」


 「──────────────────」


 「もっとありますよね? セットで一つのモノ。たしかにその片方でも機能するかもしれません。でも、です。どうしてその発想に至らないんです? もう一度言いますよ? 洋介くんに足りないのは、発想力だと思うのですよ」


 絶句する。放心する。たしかに、そうだ。なんで思いつかなかった。なぜ無理だと決めつけていた。

 たしかに触媒一つにつき、一つの物しか作れないというのがこの魔法だ。

 だが、その形状は自由であり、洋介の知識さえあれば、なんでも作り出すことができる。だったら、それが二つで一つである物だと定義すれば?


 たしかに可能性はあった。


 と、今すぐ試したくなって立ち上がろうとしたところで、未央からのストップがかかる。


 「はい、情報量分のお仕事してから行くのですよ。結構高く付くのですよ」


 「ぐ、ち、ちくしょう」

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