第二章 『錬金術とはなんたるか』(5)
ちなみに、ではあるのだが、実際のところ、洋介はそういう感情を引き摺ってなどいなかった。
吹っ切れるのにはたしかに苦労したが、それでもネチネチと引き摺っててもいいことなどなにもないのだ。まあ、それ以来誰かを好きになったことがないという面では、それは引き摺っているのでは? と取られてもおかしくはないが、それでもそういう感情はない、と断言できる。
ただし、それと話を蒸し返されるのでは話が別だ。なんたって自分が選ばれた者だという勘違いをしていた黒歴史プラス初恋というもんどり打ちそうな甘酸っぱい記憶というダブルブローに加えてその後の荒れに荒れた申し訳ない黒歴史という黒歴史のデンプシーロールだ。正直、思い出したくない記憶の筆頭時代である。
蒸し返された日には漏れなく、荒れる──というわけではないがその後を顧みず体育館を独占してボロボロになった洋介が発見されるということぐらいはあり得るだろうと簡単に予測できるのだった。
できるならばそれを知っている者が全員その記憶を抹消してくれることを願うが、そんなこと叶わないというのは洋介も重々承知の上ではあるのだが、知っている者がいるからと言ってその話を誰かに広めていいとは言っていない。
何度も言うが、できれば忘れてほしい記憶だ。それを知る者が増えるのを誰が許容できると言うのだ。
と、そんな洋介の願い空しく、そのことを知る者が一人増え、遠くない将来、それで洋介が弄られることになるのだが、それはまた別の話。
そうして歩たちの尾行が洋介にバレるということはなく、短い休日は何事もなく過ぎ去る。
一皮剥いてしまえば、着実に始まろうと胎動を始めていた事件の痕跡を、足音を見過ごして。
「まあ、去年の時点で学習した内容ではあるから全員が理解してるって
魔法科学。魔法を知り、魔法使いを知るために設けられたギルドが運営する学校独自の特殊な授業。
敵を知れば百戦危うからず、という理論を以って魔法使いを知り、その対抗策を練ると同時に魔法使いたちが自分がどういう存在であるのか、どう在るべきなのか、というのを学ぶ授業。
基本的には座学がベースとなるのだが、その性質上、実技を伴うため、体育館を使用する授業である。現在、説明の時間、ということで幹久を中心に、半車座のように座って幹久がホワイトボードを使いながら説明を述べているのだった。
「これは技術的な問題があるとかいう話じゃなく、遺伝子的に変質した人間が魔法使いを指すってのはわかってると思うが、それが原因だ。つまりは端的に仕組み抜きにして言っちまえば、デバイスはその変質した遺伝子を持つ者が使おうとした場合に拒絶反応を示すようにプログラミングしてあるってわけだ」
しかしまあ、口調は粗いものの、教科書通りの説明を展開していく。
結論から言ってしまえば、魔法使いに技術は扱えない。
これはそうすることができなかったのではなく、ソレを恐れたから。基本的に人間と魔法使いはほとんど違うところはないのである。
たとえば、脳の構造であったり、染色体の本数であったり。そのほとんどが人間のソレと遜色ない魔法使い。詰まる所、その遺伝子の変質を考えなければ人間と区別がつかないのである。
ゆえに、魔法使いは通常技術使いの使うデバイスを扱うことができるはずだった。
だが、それは人間が魔法使いに対抗するためのアドバンテージだ。そのアドバンテージを奪われてしまえば、その均衡は一気に崩れ去る。だからこそ人間はそれを恐れ、扱うことができぬよう、プロテクトを掛けた。
現にその目論見は功を奏し、魔法使いは技術を扱うことができず、そしてそのアドバンテージは守られた。
「とまぁ、ここまでがここに通うにあたっての常識事項。使うなって言われて使ったやつなんぞいねえと思うが、脅し抜きで使えば死ぬからな? で、ここからがお前ら二年からの内容だ」
基本的にギルドは戦うための
それは一般教養に対する教育のように、その基礎を叩き込んで基盤を作ってから応用を教えるという目的ではない。
純粋にソレを教えたところで扱うことができないから。扱えたとしても操れないから。操れたとしても正しく振るえないから。
間違った力の扱い方は自分すら傷つける暴力になる。操れない力は他を巻き込む災害になる。正しく振るえない力は悪となる。
故に段階を踏んで伝えていく。
──正しく振るえるように。
──巻き込まぬよう操れるように。
──己をも滅ぼさぬよう扱えるように。
段階を踏んで教え、──魔法使いが、人間が。正しい力を身につけれるよう教育を行っていく。
「魔法使いのやつらからしたら馴染み深いとは思うが、系統に関する話だ。そして同時にその系統の殻を破る話でもある」
──系統。それは例えば生成する魔法であったり、操る魔法であったり。
詳しく系統分けしてしまえば無数に存在しているその分類。
たとえば、洋介の系統は生成系。その物質分野に属する。歩の場合は操作系の自然現象分野。
このようにしてその魔法の特徴から系統を決めているわけだった。
詰まる所、ソレを破るというのは魔法の幅を広げることでもあり、起こらないという話であった魔法の変質を促すという話であり。
「ちょ、ちょっと待って下さい。魔法使いの魔法は変化せず増えず、じゃないんですか?」
そう。その通説が覆るという話である。
通説だからこそ、それが技術使いにとってのアドバンテージであるからこそ。動揺を隠せず溢したその質問に幹久は一つ頷いて
「間違ってねえよ。間違ってほしくねえのは殻を破ったからと言って魔法が変質するわけでも増えるわけでもねえ。去年言ったはずだ。魔法は同じ系統同士、どこか似ている性質がある、と。つまりこの殻を破るというのは、その似ているところを根本的に消失させるということなのさ」
結論、魔法使いの魔法には当然上位互換と下位互換というものが存在している。
大は小を兼ねると言うように、下位互換ができることは上位互換にもできる。
わかり易い例が彰の魔法と奈月の魔法だ。たしかに範囲という点だけで言ってしまえば奈月の魔法の方が上位互換と言えるかもしれないが、それは完全な間違い。つまり彰の魔法は奈月の《解除》の魔法も擬似的に生み出せるわけだ。
では、その上位互換が絶対的に有利なのか。
それを否定するのがこの授業。
「──ユニークってやつだな。たとえ上位互換にでもできないような魔法。魔法使いのやつらは今季はそれを編み出すのが課題だ。で、技術使いのやつら。それをされてしまえばどうなるのかは理解できているな?」
まるで当然のことのように課題を出して、まるで他人事のように質問を投げかける。
その答えがわかるからこそ、生徒たちは顔を青くしながら、一つ。質問を幹久に投げかけた。
「そのユニークという魔法は教えられないと身につけられないようなものなのでしょうか?」
「ん? そういうわけじゃないぞ? ほら。お前たちもよく知ってるやつがいるじゃないか。すごいかどうかは別として、ユニーク持ちなんざ、このクラスに元からいるぞ」
ユニーク。ざっくりと言ってしまえば、他の魔法使いの魔法とは根本的に異なる魔法。その扱い方。
──つまり
「《錬金術》なんてその最たるとこだろう?」
「俺、課題終了っすか!?」
しかも間接的にすごくないと言われている。ユニークの名折れである。
それがわかったからこそ、他の者も、あーなるほど。ユニークってこういうことね、と納得して軽く見てしまうほどだ。
だが、それでもユニークというのは場合によっては危険なものであって。
「つまり俺が言いたいのは習わずともユニークを扱えるようになるってことだ。中にはホントにやべえもんもごまんとある。そんなやべえもんに対して何も対抗策を作らないってのは嘘だろう? つまりはソレが技術使いたちの課題」
ニヒルに笑いながら、幹久は人間の力を誇らしげに語る。
「複合プログラムっていう技術なんだがな……おい、今すごくなさそうとか思ったろ? 甘いな。例えば水蒸気爆発を炎一つで起こせるか?無理だろ? つまりはそういうことだ。今まで一つのプログラムでできなかったことをできるようにするのが複合プログラムだ」
幹久が言うように、水蒸気爆発であったりプラズマであったり。
水のプログラム単体であっては水蒸気を集めることしかできなかったように。風のプログラムでは空気を集中させて放電させることしかできなかったように。
今までできなかった爆発までのプロセスを、放電させた電撃を操るプロセスを。できるようにするのが複合プログラムのソレ。
と、言葉にしてしまえば、爆発ならば普通に炎のプログラムでいいのでは、と思うかもしれない。
プラズマを操りたいのであれば、最初から雷のプログラムを使えばいいのでは、と思うだろう。
だが、それは完全な間違いである。
プラズマも、水蒸気爆発も。ともに物理現象であって自然現象。プログラムで擬似的に作り出されたものではないのだ。つまり、アセナが使っていた雷のプログラムでの欠点。先駆放電が見えるのは仕方ないにしろ、その範囲の狭さ。それはプログラムで擬似的に生み出された現象だからである。ならば、複合プログラムによる本物のプラズマであれば?
それがこの複合プログラムの利点なのだ。
さらに言ってしまえば、組み合わせる数は幾つでもいいのだ。使い方次第では自然現象のほとんどを再現できるのが複合プログラムだったのだ。
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