第二章 『錬金術とはなんたるか』(4)

 「で? お前は何が知りたかったんだ?正直なとこ、お前も知ってるような情報じゃねえか?」


 そうだ。意図的に隠したりしない限り、その魔法使いがどういった魔法を操るのか、というのは周知の事実になる。

 意図的に隠すような魔法使いというのは基本的に人間に仇成そうとする魔法使いだ。つまり、ギルドに所属している魔法使いは全員が全員、どんな魔法を操るのかというのは知れ渡っているはずだ。

 聞く必要がないのである。だったらどうしてソレをわざわざ尋ねるようなことをしたんだ? と尋ねられて、アセナは口元に指を当てて少し考えたあと、じゃあ、と口を開いた。


 「洋介。ヒントあげるわ。私もお人好しじゃないからね。わざわざ別グループの手助けをするようなことはしたくないの。まあ、今回は出世払いということで多めに見てあげるから感謝しなさい」


 「恩の押し売りみたいだな……まあ、いいや。それで、ヒントってなんだよ」


 正直な話、アセナが何をしたいのか、なんてわからない。だがしかし、もらえるものはもらって損はないはずだ。どんなものであれ、それが損になるはずがない。そう思って、洋介は次の言葉に耳を傾ける。


 「あのね、洋介。あなた『錬金術』ってものが何かわかってないんじゃないの?」


 「は?」


 寝耳に水、とはまさにこの事か。まさかの一言に洋介はマヌケな声を漏らして、いやいやと首を振る。


 「わ、わかってないって……んなわけないだろ。俺の魔法だぜ?そりゃ魔法使いになりたての頃はわからなくて鉄しか作れなかったけど、今は違う。ちゃんと──とは言えないか。それでも現状でできる最善は尽くせてると思うぜ? あ、銃器作れってのは勘弁な。一朝一夕でできるようなことじゃねえんだ」


 思わぬ言葉だったから。まさか自分の魔法を理解していないと告げられると思っていなかったから。

 洋介は動揺しながら早口でまくし立てて、アセナから違う違うと首を横に振られて、何が違うんだ? と思い直した。


 「私が言ってるのは魔法名の《錬金術》じゃない。調べれば出てくる言葉としての『錬金術』。同じ名前が付いてるのよ? 調べてみても損はないんじゃないかしら?」


 そう言われて洋介は確かに、と思う。

 確かに調べたことはなかった。そういう名前が付いたから、自分の魔法は《錬金術》だという認識しかなかった。

 調べようと思ったこともない。なぜなら所詮名前だと思っていたから。ソレに対して深い意味を覚えたことはないし、感じたこともない。


 「つまり、ソレを知れば俺はもう少し成長できるってことか?」


 「さあね。私だってわからないわよ。さっき洋介が言った通り、《錬金術》を使えるのは洋介だけだし、私がそれを理解しようにもそんなこと不可能。ただ、私は思っただけのことを言っただけだわ」


 まあ、なんと正論なことか。だが、正論だ。言い返すこともできない。


 「あー、そうだな。たしかにそうだ。了解。今度調べてみるわ」


 そうして洋介が納得したところで、店員が席に来て紅茶とカフェオレを各々の前に置いていく。


 「注文したお品は以上でしょうか?」


 「あ、すみません。追加で──」



 「で、あの二人ってどういう関係なのよ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかしら?」


 「あー、うん。そうだったね。すっかり忘れてた」


 「殴るわよ?」


 「暴力沙汰にしたら尾行してるのバレるよ?」


 そう、洋介とアセナから死角になっている席に座りながら聞き耳を立てていた少年と少女は────詰まる所、歩と玲奈は、声を小さく、そんな会話をしていた。


 忘れていたというのも、尾行していることがバレるのも本当のことだ。それがわかっているからこそ、玲奈もこれ以上何も言えずに唸るのだが、思い出してしまったなら仕方ない。


 歩は観念したように肩を竦めつつ、目を伏せ一息吐いて


 「これ、俺から聞いたって言うなよ? というか、洋介にこのネタでからかうようなことするなよ?」


 「別にそんなことしないわよ。で? 早く教えなさいよ」


 そうやって急かす玲奈に、歩はもう一度、嘆息しつつ思い出話を語るかのように少しだけ遠い目をしながら言葉を紡ぎ始めた。



 「えっと、俺たちがギルドお抱えの魔法使いになったのが小学生の頃だってのは知ってるよね?」


 「えぇ、たしかその頃からの付き合いなんでしょ? それぐらいは知ってるわよ」


 「うん。まあ、その辺はわりとどうでもいいんだけどさ。で、だ。俺たち二人とアセナはほぼ同期なんだよ」



 正直、選民思想的な何かを感じなかったわけじゃない。

 むしろ、そういう感情の方が大きかったと言った方がいいだろう。だってそうだろう。自分だけが扱うことができる特別な力だ。どうやったらソレを感じずにいられるというのだ。


 たしかに大人たちには敵わなかった。

 だが、それは自分たちがまだ子供だからだと思っていたから。彼らと同じように大人になる頃には彼らが敵わないと、自分たちにひれ伏して赦しを乞うようになるのだ、と少なからずそう思っていた。


 「別に軽蔑してくれてもいい。そう思っていたのは事実だし、覆らないことだからね。でも、できるなら今はそう思っていない、ってことを理解して欲しいかな」


 「別に黒歴史をとやかく言うような性格してないわよ」


 「うん、それはありがたい。助かるよ。洋介もそう言うと思う」


 で、だ。

 出る杭が打たれればよかったのだが、そんなことはなかった。大人たちが打とうにも、洋介と歩はそれは仕方ないと考えてしまっていたし、同年代の人間に洋介たち魔法使いが敗れるようなことはまずなかったからである。


 結果としてソレが助長させた。

 魔法使いは選ばれた者なのだと。そう考えて、人間をバカにして。


 そうして完全に天狗になっていたところに一人の人間の少女が編入してきた。

 今の洋介たちの学年なら珍しいことだが、その頃であればなんの珍しいことではない。そんな珍しくもない一人の人間の編入生。

 当然、洋介たち二人は自分の力を誇示しようとして、結果としてボロボロに負けた。


 信じられない結果だった。魔法使いならまだしも、人間の、それも編入してきて間もない者だ。当時の二人からすれば負ける要素など微塵も感じなかったのだ。


 だが負けた。負けたが、それが信じられずに何度も挑んだ。

 何度も挑んで、何度も負けて、高々とそびええ立っていた勘違いに裏打ちされた自信を軽々と粉々にされて。


 そうしてようやく自分たちが選ばれた者なんかじゃなく、そもそもで魔法使いと人間の違いなんてもの少しすごい力が使える程度の違いであり、両方とも何も変わらないのだと、本当の意味でギルドの方針を理解して、人間と手を取り合おうと思い立ったのだった。


 「まあ、つまりは俺たち二人にとっては恩人だったわけだ」


 と、そこでいい話的に話を切ろうとした歩に玲奈は少しの違和感を覚え、それを言及する。


 「ちょっと待ちなさいよ。たしかに黒歴史なわけだから話したくない内容かもしれないけど、そこまで秘密にしようとすること? ほかに何かあるんじゃない?」


 「うーん……なかなかどうして。勘が鋭いようで……そうだね。俺にとってはそれだけだった。ただね、洋介にとってはそうじゃなかったみたいなんだよ」


 苦笑しながら、心底おもしろいことを思い出したと言いた気な。そんな感情を噛み殺すように苦笑しながら歩は次の一言を発した。


 「まあ、つまりはさ、洋介にとっての初恋の相手なんだ。アセナ・ノーレイアスは」


 ぽかん、と。まるで思ってなかったことを告げられて玲奈の思考は一瞬停止する。と、同時に堪えようもない感情が一つ湧き上がってきて


 「くふっ、ま、マジで?」


 思わず吹き出して、声を出して笑いそうになって、尾行しているということを思い出して全力でソレを抑えこんで玲奈はなんとかその言葉を引っ張り出した。


 「うん、マジ。告ってたしね」


 「えっ!? ちょ、つ、つまりあの二人付き合ってたの?」


 そこまでいってたのか! と食いついて身を乗り出した玲奈の頭を押さえつけながら歩は首を振ってそれを否定した。


 まあ、つまりは洋介は見事に玉砕していたわけだ。

 その理由がなんだったのか、さすがにそれは教えてもらっていないし、それを聞き出そうとするほど出歯亀で空気が読めないようなやつではないと歩自身自負している。だがしかし、しばらく落ち込んでいた彼を思い出すとやはりなかなかどうして。申し訳ないのだが、非常に申し訳ないのだが、おかしくて笑いがこみあげてきそうになるが、それを必死で押し殺す。

 ともかく、だ。


 「俺も洋介が現時点でアセナをどう思ってるかなんてのは知らないけどさ、知っちゃったからって温かい目で見るのはやめてあげてくれよ? フラれたあと、しばらくあいつ荒れてて抑えるのに苦労したんだからさ」


 「ふふっ、おーけいよ。同じグループだもの。変に動きが荒れてこっちの足を引っ張られたら堪ったもんじゃないわ」


 そう言って、しかし笑いを噛み殺すように体を震わせている玲奈を見やりながら洋介は一つ嘆息。


 「正直、アセナが戻ってきたってのでその話も再燃するかもしれないかなーって思ってたんだけどね。俺の知る限りだとそういう話は上がってないし、もし俺の知らないところで上がってたとしてもあの様子なら大丈夫じゃないかなと思うんだけどね」


 念のためってやつだよ、と付け足して洋介は紅茶を一口、口に含んで感情を落ち着かせる。

 まあ、洋介に知られたら余計なお世話だと一蹴されそうでもあるが、それでも予防線を張るに越したことはないのである。

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