第二章 『錬金術とはなんたるか』(3)
その日の夜。
基本的に寮生は食堂で朝昼晩を済ませるのが大半になっている。中には自室に備えられている簡素なキッチンで食事を作るような者もいるが、特別そんな面倒なことをするというのはなかなかいない。
学費は無償の奨学金のようなモノで免除されているに等しいし、その学費に寮での生活費や雑費が含まれているのだ。研究機関としての側面を持つこの施設に所属しているということから月にある程度の金額が個々に持つ口座に含まれているということはあるが、それでも食費がかからない食堂で食べるところをわざわざ自室で食事を作って食費に金をかける必要がどこにあるのだ、というところなのである。
当然、栄養バランスも自炊するより下手すればいいという状況。それでも自炊を選ぶというのはさすがに奇特な考えというものだろう。
結論、そんな多数の中に洋介と歩も入っており
「で、歩の方はどうだったんだ?」
「んー、俺の方は洋介のとこみたく初日からドンパチやったわけじゃないからね。でもバランスはいい方だと思うね」
そう言いながら対面に座っていつものように夕食を食べていた。
「そんなことより、洋介のとこだよね。なかなか突出したメンバーが集ってるみたいじゃないか」
「そうか?なかなかにバランスいいと思ったんだけど?」
「どこがバランスいいんだよ。俺みたいな即時効果の魔法を使える魔法使いがいない。個々人に差はあるけど、魔法使いたちの燃費はすごく悪い。バランスがいいように見えるのは技術使いの二人のおかげじゃないかな?」
基本、魔法は二分される。
歩の言ったように即時、効果のある炎を操ったりするような魔法。これに対して洋介や彰のような魔法を使ったところで別段何が起こるというわけではない魔法。
間接的に魔法を使った結果、どうなるというようなことがあったとしても、魔法が直接的な攻撃力にならない、そんな魔法。
たしかにそう考えて見れば、洋介、彰、奈月。三人とも後者に当たるわけだ。なるほど。バランスが悪いな、と納得して洋介は頷いた。
「たしかにバランス悪かったわ」
「だろう?」
と、そんな反省会を行っていたところで、洋介の横に食器が置かれる。
「隣、いいかしら?」
「げ、アセナじゃねえか」
「げ、って何よ。こんな美少女、横に並べてご飯が食べられるんだから。何杯だっておかわりできる、の間違いじゃないかしら?」
「その中身知ってる俺らの身からしたらそんなことまずねえな」
そうして、さも当然、と言うように洋介の隣に座って、アセナは夕食を食べ始める。
そんなところで、ふと、アセナは今思い出したと言わんばかりの表情を浮かべて一言。
「そうそう。明日は朝の十時に校門集合ね」
「あー、くそ。せっかく忘れてたのに……」
何のことだ、と歩が思考を巡らせてみれば、そう。明日は土曜である。詰まる所、賭けの精算日。毎度よろしく洋介がアセナに食事を奢るはめになる日だ。
「ほんと、物好きだよね」
「だよなぁ……俺も食事以外がいつ来るのかと戦々恐々としてたんだが、今日まで来ないまんまだ。ホント物好きだぜ」
「いや、洋介が、だよ? だって、負けて奢らされるってわかってるのにわざわざ挑むんだもん。それのどこが物好きじゃないって言えるんだよ」
「そうよね。むしろアホなんじゃないかと私は思ってたわ」
あぁ、それ俺も思ってた。と同意を示し、意気投合をし始めた歩とアセナに洋介は体を机に乗り出して反論。しかし、それに反応があるということがあったわけでもなく。
そのまま洋介は脱力したように体を椅子の背もたれに預けて天井を仰ぎ見るのだった。
そうして次の日。なんとか外出届けをギリギリに出せた洋介は指定された時間に校門で突っ立っていた。
結局、期限ギリギリとなったせいで事務員からは小言を言われ、精神的にいらぬ疲労を作ったのだ。ちょっとは文句を言っても許されるだろう。そんなことを思いながら、少しばかり待ったところで
「ごめんごめん、待った?」
「あぁ、待った待った。奢りはなしな」
「へぇ?」
凄みを利かせたその一言。正直、自分が言われた分は小言を言ってやろうと思っていたが作戦変更。これは無理だ。このまま調子に乗ってたら体育館に直行して明日一日ベッドで過ごすというのが目に浮かんでわかる。それがわかるからこそ洋介はその場で即座に手のひらを返したように平身低頭で
「すんません。許してください」
無様に謝り通すのだった。
「で? 今日はどこだよ?」
そうして謝りに謝った結果、無事とは言わないものの洋介の尊厳と多少のプライドが失われたことと多少の時間を浪費したという以外、特に損失もなく、洋介たちは昼食を取るために町まで訪れていた。
その性質上、施設は町から多少時間をかけたところに建っている。それはたしかに施設からの危険はないと言えるのだろうが、その実、外に元々ある危険に対しての対処は遅れてしまう。
では、どうするのか、と言うと。
こうして洋介たちのように外出許可を得た生徒や構成員を何人も出すことによって抑止力にするというのが目的なわけだった。
ただまあ、洋介たちのような生徒が抑止力になり得るか、と聞かれればそれは否であろうと言うしかないのだが、それはそれ。これはこれである。
そんな抑止力にならざる抑止力筆頭の洋介の問いかけにアセナは一つ、考え込むように唸って
「その辺のカフェでいいわよ? がっつりいきたいわけじゃないし」
「ホント、謎だよな。何がしたいんだかさっぱりだ」
そう言って苦笑する洋介にアセナもこちらの台詞、と返して先に進む。
「毎回、奢らされるのわかってるのにどうして私に勝負を挑むんだか……まったく、理解できないわ」
「なんで俺が負けるの前提になってるんすかね……」
「あら、一度でも勝てたことあったかしら?」
「ぐっ、い、いつか見てろよ……」
そうして意図も簡単に言い負かされた洋介は悔しそうに歯を鳴らしてアセナの横を歩くのだった。
「で、あいつらってどんな関係なのよ」
「ははは、俺にそれを聞く?」
「聞けると思ってなかったらこうして誘ってなんかいないわよ」
一方その頃。洋介とアセナの後方では襟足ともみあげが肩までかかるような長めの黒髪の少年とツバ付きのベレー帽から黒髪が覗く少女が尾行をするように──いや、正しく尾行しながら会話をしていた。
「にしてもその髪ってウィッグかしら?」
「うん? あぁ、そうだよ。変装にすごく便利だからね」
「なんで……ってのは聞かないわ。どうせ毎回こんなことしてたんだろうし……で? 結局、どういう関係なのよ」
出歯亀だなぁ、と思いつつも、自分にも当てはまるということを自覚している少年は苦笑しながらどう答えたものか、と悩む。
正直、適当なことを言って誤魔化そうと思えばできなくはないのだが、それを少女が納得してくれるとも限らない。
──仕方ない。洋介、ごめんねー
心の中で一つ、謝りを入れて、少年は口を開いた。
「教えて上げるからしばらく尾行してよう。声を出されてバレたら面倒だからね」
まあ、噂になっていないようなことでもないのだ。その頃から施設にいた者に聞いて回ればいつかはわかることだ。それが遅いか早いかの違い。
そうして観念したように言った少年の言葉に、少女も納得したように頷いて二人の尾行を続けるのだった。
さてはて。そんな会話が後方でされているなどいざ知らず。洋介はアセナが指定してきたカフェへ足を踏み入れていた。
まだ若干の寒さが残るこの季節。そんなわけで洋介はホットのカフェラテ。アセナは紅茶を注文し、それが来るまでに昼食となるような品をメニューから選んでいた。
そんな中、メニューから顔を上げて、洋介が一つ。
「そういえばさ、デバイスの併用なんかどうやったら許可が降りるんだ?」
基本的に技術使いはデバイスを一つしか使うことができない。
これは技術的な問題ではなく、資金的な問題。増え続ける一方の技術使いに対してデバイスの供給がギリギリのところで追いついている状態にあるからであった。
つまりは一学生であるアセナがなぜそんな貴重であるデバイスを二つも使うことができるのか、という当然の疑問だったわけだ。
そんな当然の疑問に対してアセナは少しだけ考える素振りを見せたあと
「……企業秘密、よ」
「お前のどこに企業的な面があるんだよ。あったとしても俺と同じ企業じゃねえか」
そうやってごまかすアセナに洋介もこれ以上の詮索は無駄だと悟って黙り込む。正直な話、もう少し粘ってもいいかと思わなくはなかったが、ソレをして雰囲気が悪くなってもいいことはない。
どうせ今日一日付き合わされるのだ。それならばそういう空気にしないに越したことはないだろう。
「じゃあ、私からも質問一ついい?」
「企業秘密だ」
「うんうん、洋介って自分の魔法のこと、どれくらい知ってるの?」
「企業秘密だ、っつったろ……」
と、呆れながらこぼしながら洋介は暫し考える。
自分の魔法のことだ。わからないことはない、と言えば嘘になるがソレをわざわざ聞くというのは少し、変な印象を覚える。
「つまり、《錬金術》に関してどんな魔法か。その特徴を聞きたい、って言ってるんだって捉えていいのか?」
「そう。そういうことよ」
であれば、答えは簡単だ。
触媒を使って物質を作り出す魔法。コストは一つの物質に対して触媒一つ。低燃費が売りのこの時代に高燃費という時代錯誤な魔法。
必要なのは作り出すその物質がどういった物質から作られているか、という知識。どういった構造をしているかという知識。
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