第二章 『錬金術とはなんたるか』(2)

 「さて、これで全員かな?」


 そうして然程時間をかけることもなく、洋介たちの──いや、正しくは彰のグループは一箇所に集まっていた。集まった人数は五人。基本的に彰以外は同じくらいのレベルだと考えられる生徒たちだ。


 「まあ、安心してくれていいよ。絶対に僕が引き上げてやる」


 そう自信満々に言って、彰は周囲を見渡す。

 先ほど、軽く言葉を交わした洋介と玲奈は問題ない。


 だが、残りの二人はどうだろうか。


 「あぁ、それは安心できるんだが……東雲が同じグループってのが若干納得できねぇな。ホントに大丈夫なのか?」


 馬鹿にしているわけではなく、心配しての言。

 そう言葉にしたのは、冬城透司ふゆきとうじ。本当に高校生か、と問いたくなるようなガタイをした黒髪の純日本人。そして人間である。

 彼のその言葉に洋介は怒りを露わにするわけでもなく、首を横に振ってソレを否定する。


 「魔法使いは黒星の数で強さが変わるわけじゃねえよ。むしろ俺みたいなのは回数こなさねえと動けないから必然的に数が増えるんだ。言うぜ? 場数が違う」


 挑戦的に笑う洋介に透司は納得したように頷いて、あとで手合わせしようぜ、と提案をけしかけていた。


 その一方で


 「──えっと、私、そんなに安心できないんですけど……」


 「へぇ、僕の言葉が信用出来ない、と?」


 「あいえ! そんなんじゃ、なくて、私が知る限り私の魔法とみなさんの魔法が相性が悪いのではないか、と思っての言でして!!」


 縮こまりながら、小さく手を挙げて発言した少女の名前は夏原奈月なつばらなつき。空色の髪に琥珀色の目をした気弱そうな少女。事実、気が弱いのだろう。彰の質問に縮こまって丸まっていた背筋を一気に伸ばして、右手で敬礼をしつつ発言している姿を見て洋介はなんとなく察する。


 ともかく、だ。彼女が言う、その相性が気にならないわけがなく、洋介はそれを追求しようと口を開いたところで、わかっているからみなまで言うな、と言わんばかりに奈月は矢継ぎ早にまくしたてていく。


 「えっと、私の魔法は春夏冬さんと似たようなモノで……言ってしまえば《解除》。つまりは──魔法によって作られてるもの、というか、厳密に言ってしまえば触媒を霧散させる空間を作るものなんです。ただ、範囲は限られてないんですけど、どんな範囲の空間を作ってもソレ一つで私の触媒は全て消費してしまうので。とても燃費の悪い魔法なんです」


 だ、だから私と相性が悪いので、とわたわたと手を振りながら発言する彼女に彰は口元に手を当てつつ、なるほど、と結論に行き着く。


 「このグループの基準が少しわかったかもしれないね」


 「お? 身体測定の結果じゃねえのか?」


 「うん、主にはそうだろう。だけど、先ほど冬城くんが言ったように東雲くんが同じグループになっている理由がわかりづらい。さらに言えば僕ら上位陣の選出理由はなんだろうか? まあ、早い話ずっと考えてたんだけどね。ようやくわかった」


 結論から言ってしまえば、触媒を消費することで攻撃的な何かを生み出す魔法を扱うのではなく、物質や空間を操ることに特化した魔法を操る魔法使いたちのグループだというわけだ。

 そこに実力が近いと考えられる技術使いを据えたという形だろう、と。

 お手伝いのような存在だとわかれば二人は反発するだろう、と思って言葉にはしないが、ナメられたものだ。

 つまりは教師たちはこう言っているのだ。

 ──対魔法使い特化とらしくない魔法使い。うまく使えるか? と。


 その事実に行き着いて、彰は小さく、誰にも聞こえないように小さく舌打ちをしたところで、幹久がクラスを見渡して声を上げた。


 「さて、そろそろ顔合わせはできたか? とりあえず今日からいきなりなんだかんだとやったところで動けるわけもないからな。とりあえずは今日は自己紹介でもして過ごしてくれ。んじゃ、以上。他のクラスの迷惑にならねえ程度に自己紹介をしててくれ」


 俺はあとは内職作業に勤しむからよ、と言って幹久は持ち込んでいた資料を──どうやら持ち込んだ資料の全てが自分の内職用の資料だったらしい。それを開いて内職、もといギルドの仕事を始めてしまった。なんともまあ仕事熱心というかなんというか……


 そんな感想を抱きつつ、洋介は幹久の下まで歩いていって


 「先生、体育館使っていいっすか?」


 「あん? あー、この時間なら使ってるクラスもないだろうから使えるだろうが……」


 別に模擬戦闘訓練なんてやる必要ないだろう? と視線で言う幹久に洋介は苦笑しながら、そうなんすけどね、と同意をしつつ、許可をもらおうとする。

 そんな洋介に呆れつつ、最終的に幹久は無理をしないことを取り付け、それに対して許可を出したのだった。



 そうして模擬戦闘訓練をいくつか熟して洋介たちグループは実感する。


 「くっそ……相性が悪すぎる……」


 「対処法がないってことはないみたいだけどね」


 「えっと、さすが春夏冬さんですね。私の空間で魔法使われたの初めてです」


 「そりゃ、僕にもプライドというのがある。自分より下位の者に簡単に抑えこまれる僕じゃないよ」


 「まぁ、東雲がそこそこできるんだってのもわかったがな。それにしたって、てめえバランスが悪すぎるだろ」


 「うっせ、触媒問題がどうにかならなきゃ何にも解消しねえんだよ」


 「だから言ってるじゃない。さっさと銃器を使えるようにしなさいって。勉強よ勉強」


 車座になりながら、洋介たちは総当りで行った模擬戦の反省会を行っていた。

 結果だけで言えばやはり頭一つ抜けた彰が全勝。その次に玲奈、透司ときて、その下に洋介、そして奈月という順位だった。。


 「にしても、夏原さんはあれだね。自分で動けるようにしないといけないね」


 「だな。俺が勝てたのも奈月の魔法で俺の魔法が封じられてもどうにか組み伏せれちまったのが大きかったからな」


 と頷いた洋介に玲奈は白い目を向けながら


 「女の子を容赦なく組み伏せてるあんたの姿はすごく無様だったけどね」


 「誰に対しても全力で取り組むことの何が悪いんだ!?」


 「紳士じゃねぇって言ってんだよ」


 そんな透司の言葉に洋介は身を乗り出しながらお前にだけは言われたくないよ!? と悲鳴に近い声を上げるのだった。


 「そして技術使いの二人の課題は得意なプログラムを作っておくこと。正直、それがあるのとないのとでは違うからね。まあ、阿南さんに関してはその辺は理解してるみたいだけどね」


 「えぇ、春夏冬には悪いけど、アセナさんのアレを見せられたらそう思わないわけがないわ」


 「ちっ……オレも見ておけばよかったぜ……」


 「やめておけ、あれは自信を打ち砕く一撃になるぜ」


 その洋介の言葉に、そうね、と虚ろな目をしながら同意を示した玲奈に透司は若干頬に汗を垂らしながら、それでも見ておいた方がよかったということは変わらないだろうと、思うのだった。


 そんな中、洋介は、そういえば、と口を開いた。


 「なぁ、彰の魔法って具体的にどういう魔法なんだ? こっちの感覚的には何もない場所に攻撃されてる感覚だったんだが……」


 「ん? まあ、そうだな……一緒のグループになったわけだし、言ってもいいか」


 少々、言葉にするのが憚られるのか、彰は少し逡巡したあと、思い切ったように、一つ頷いて言葉を続けた。


 「僕の魔法は周知の通り、《空間制御》だ。言葉にするとどんなことができるのかわかりづらいかもしれないけど、端的に言ってなんでもできる」


 たとえば、魔法で干渉した空間のみで嵐を起こしたり、停止空間を作り出したり、と何でもありなのだ。だが、それにだって欠点がある。


 「僕の魔法は他の魔法に干渉できない。とはいえ、他の魔法も干渉できないんだからイーブンなわけだけど、そうだな……たとえば、夏原さんの魔法が先にある場所に僕の魔法は使えないんだ。だから、最初から僕は先手を取る必要がある。ついでに言えば、東雲くんほどではないが、僕の魔法も燃費が悪い。五×五×五立方メートルの空間一つを制御するだけで僕の触媒を一つ消費してしまうからね」


 「つまりは、小さい空間を複数個制御しまくって俺を何度も転ばせたってわけか?」


 「そうだね。何度も何度も何もないところで転んだのは僕のせいだったわけだ」


 嫌味ったらしく笑いながら彰は洋介の言葉を肯定する。

 そう。たとえば、停止空間を足元に置いてしまえば、そこはどうしようと動かない場所なのだ。空気も何も動かない停止した空間。そこを蹴ってしまえばどうなるか。

 それが洋介の顛末。何もない場所に足を躓かせたように転んで、最終的にはころんだ先にあった停止空間に頭をぶつけて気絶したのだった。


 だがしかし、彰は触媒を一つしか使っていなかったはずだ。であれば、さっきのデメリットと合わせて考えてしまえば。どれだけ彼はそれをうまく扱っているのだろうか、と洋介は背筋が薄ら寒くなっていくような錯覚を覚えるのだった。



 そうして、初めてのグループでの活動は終了する。

 初めて、歩と別のグループになった。たしかに不安がないわけではない。だが、そうだ。仲良しこよしで行きたいわけじゃない。

 こういう立場になったっていいじゃないか。別に一生敵同士というわけじゃないのだから。

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