第一章 『魔法使いとは何たるか』(5)

 基本的にギルドに所属している限り、魔法使いには一定の自由が認められている。

 それはどういう物を食べて、どういう生活を送るか、という自由が認められているということであり。逆説、施設の外への外出は申し出が必要であり、住む場所もギルドが用意した場所という縛りがあるということでもあった。


 ただまあ、そこに不備があるわけでも、監獄のような劣悪環境でもなければ、余程の理由でない限り外出の申し出も却下されることはないため、感覚としては一種の金のかかった寮生活に近いものがあるのだった。

 何に金がかかっているか、というと魔法使いの生徒たちを監視するためのシステムにではない。

 たとえば、洋介の寮は基本的には一部屋を二人で共有するシステムになっているのだが、別に中が一室で二段ベッドが云々という形ではなく、しっかりと個人個人の部屋が分けられてるという環境だった。つまりは二部屋プラス共有スペースがしっかり用意されたアパートのような環境というわけである。

 そこまでするのであれば一人一部屋にしてしまえば、とも思うのだが、それは片方が抑止力であり、そして同時に相談役になるため、ということであるらしい。


 ちなみに部屋割りは学年ごとに変わるということはなく、勝手に割り振られたソレは余程のことがない限り変更されるということもないわけで。

 詰まる所、洋介の相方は歩だったというわけだ。


 「ただいま」


 「おっ、遅かったね。珍しく真剣に勉強でもしてたんだ」


 部屋に入ったところで入り口正面にある共有スペースで本を読んでいた歩と目が合う。リビングのような部屋。ソファーのような一人がけの椅子に小さめの机。テレビ台に薄型のテレビ、と。一人暮らしの学生が見たら発狂しそうな贅沢な部屋に慣れてしまった二人は何の違和感なしに言葉を交わす。


 「いや、そっち方面は一切合切できなかったわ。その代わりギルド職員の手伝いさせられてた」


 げんなりと、覇気のない死んだ魚の眼のような目をして呟く洋介に歩もだいたい何があったのか察して苦笑を浮かべる。

 ただ、洋介の言葉に疑問を感じた歩は苦笑をそのままニヒルな笑みに変換して


 「そっち方面ってことは別の方面では何かしらの成果はあったんだ」


 目ざとく、言葉じりを掴んできた歩に洋介も苦笑を浮かべる。

 まあ、そうなのだ。たしかに生成する物を増やすという点では成果は全くと言っていいほど上がっていない。

 だが、その実、触媒に関する情報や希望的観測は増えた。


 「あぁ、一人勝手に一歩進んじまった歩には言えねーけどしっかりと成果は上がったぜ。見てろよ? すぐに追いついて追い越してやる」


 「あぁ、楽しみに待ってる」


 いい意味での好敵手。

 いつもそうだった。洋介の魔法は最初は金属を生み出すものだと考えられていた。ソレが違うとわかったのは初等部最後の年の身体測定の時。

 その時、ちょうど読んでいた漫画に出てきた剣がかっこよかったという理由で剣を生み出した時だ。

 その柄は、鍔は木で出来ていて、それで自分の魔法が金属以外にも作り出せると判明した。その日から数日かけて検査を行って、ようやく知識とイメージで物質を生成することができるのが洋介の《錬金術》であると判明したわけだ。


 そしてソレに追従する形で。当初は炎を生み出すに留まっていた歩も自分が生み出した炎以外も支配下に置けるということが判明して使用の幅を増やした。


 仲良しこよしで魔法使いになってしまったことに対する傷を舐めあって生きてきたわけじゃない。切磋琢磨して、自分の願いを叶えるため、生き抜くために洋介と歩は今まで生きてきたのだ。


 と、そんな自分たちの立ち位置を、関係を再確認したところで洋介は、そういえば、と話を切り替えた。


 「明日、編入生が来るらしいぜ」


 突拍子もないその一言。だが、その情報ソースがどこであるかなんて、洋介のことだから、と歩は聞かずとも理解して、へぇ、と漏らす。


 「この時期に、珍しいね」


 「あぁ、俺も思った。話だと編入生ってよりは出戻りらしいけど、それにしたって珍しいよな。何があって二度も編入する必要が出てくるのやら」


 「すごい不良だったりしてね。自分の魔法でブイブイ言わせる感じの」


 「ブイブイ言わせるって死語じゃなかったか? ──と、違う違う。俺の言葉が足りなかった」


 と洋介は荷物を床に置いて、そのまま歩の対面に座って背もたれに背中を預ける。

 机の上には優雅に読書しながら紅茶でも飲んでいたのであろう。ティーポットに紅茶が淹れてあり、それを視線で、飲む?と尋ねてくる歩に洋介は首を横に振って遠慮する。

 そうして、そんなことより、と洋介は指を立てて話を戻した。


 「その編入生、どうやら魔法使いじゃなくて人間らしいぜ」


 「えっ? 余計珍しいな。いったいどんなやつ────」


 と言いかけて、歩は何か思い当たる節があるように思案顔を浮かべながら指を口元に当てて、そのまま思考に没入していく。


 「俺、その編入生知ってるかもしれない」


 「マジか!? ってことは俺も知ってるやつだよな?」


 「というか、洋介の方がたぶん詳しいと思うよ」


 と、そこまで歩に言われて、初めて洋介はその結論に至る。

 というか、どうしてその思考に行き着かなかったのか。先に言った通り、編入生ということ自体が珍しいものなのだ。具体的に言えば、数人。片手で足りる程度の人数だ。その中でも人間の、と言われてしまえば、それはさらに絞られるわけで。むしろ、洋介と歩が知る限り、一人しか思い浮かばないわけで。


 「アセナ、か?」


 洋介にとっては苦い記憶。黒歴史と言っても差し支えないと言いたくなるような記憶。

 向かっては打ち負かされ、勝ち筋すら見えず、打倒と目指して、目標にして、勝ち逃げされた相手。


 アセナ・ノーレイアス。金髪碧眼の少女。洋介が今まで戦った中で、最も強かった人間。……訂正、魔法使いを含めたとしても彼女が一番強かった。


 普通であれば多少のタイムラグを要するデバイスの展開を歌うように、それが当然のように瞬時に行い、変換に時間を要するプログラムのインストールを使いなれた一つに絞ることで最速で行う少女。

 魔法使いではないというのにも関わらず、まるで魔法使いのように技術を操る少女。

 二年前、いつの間にか施設からいなくなっていて、いつか勝ち星をもぎ取ってやると思っていたことはついぞ叶わなかったと思っていたが、そうか。帰ってくるのか。内心うれしいやら、若干以上にトラウマになっていることもあって怖いやら。そんな複雑な心境をそのまま写したかのように洋介は引き吊った笑みを浮かべた。


 ともあれ、そんな少女の凱旋という可能性に洋介と歩は、いやいや、と首を振って現実逃避を開始した。


 「ま、まだあいつって決まったわけじゃないし?」


 「そ、そうだね。俺らより先にここにいて、俺らがここに来る前に出てった人間って可能性もあるわけだし、ね」


 その可能性の方が、明らかに小さい、というよりはほぼゼロに近い可能性だろう。何故なら洋介と歩がこの施設に来たのは小学生の頃。それ以前となればその編入生はかなり幼い時期にここに所属することになり、そしてここから別の施設に移るに足る何かがあったということだ。まずあり得るようなことではない。それを頭の片隅で感じながら現実逃避に励む洋介と歩は顔に引き吊った笑みを浮かべたままに、次の日の朝を迎えるのだった。



 そうして朝。幹久によって教室に迎え入れられた一人の少女の姿を見て、洋介は二日連続で頭を抱えるはめになっていた。

 なんというか、わかりきっていたことではあったものの、いざ現実に直面してしまえば、頭を抱えざるを得なかったというわけだったらしい。


 そんな様子の洋介など見えていないかのように、少女は口元に笑みを浮かべさせて一つ礼をして口を開いた。


 「アセナ・ノーレイアス。まあ、ほとんどは知ってる顔だと思うけど、改めてよろしく頼むわね」


 変わらぬ金髪に碧眼。二年程度しか経っていないが少し大人びた風貌を映すその姿に洋介は頬杖をつきながら、思わず息を零してしまう。

 当然、見惚れて、なんていう甘ったるいものではない。風貌だけ変わって、内面は変わっていないということを理解して、その事実に思わず呆れてため息が出たのだ。


 と、そんなため息を吐けば嫌でも目立つ。アセナも当然、例によってその目を洋介の方に向けて、いいものを見たと言わんばかりに口元を歪めた。


 「洋介、元気にしてた? ま、その様子だと聞くまでもない、か。そうだ、あとで久々に手合わせなんてどうかしら。お互いにどれだけできるようになったか試さない?」


 有無を言わさぬ剣幕で、教壇に立っているくせにまるで世間話でもするかのように、あの頃と同じようにして誘ってくるよアセナに洋介は苦笑する。

 どれだけできるようになったか、なんて自分が一番わかっている。それほど変わったところがないというのも重々承知している。


 だが、それでも。


 「いいぜ、今日こそはお前に吠え面かかせてやるよ」


 あの日と同じように。いつも語っていた口上で。洋介はその申し出を受け入れるのだった。

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