第一章 『魔法使いとは何たるか』(4)
ただまあ、現実問題としてそういうのに秀でてない洋介にとって何時間も黙々と作業を行うというのは非常に苦痛なものであって。
「そういえば、予言者のカテゴリ、『魔導師』でしたっけ?」
資料が大量に並べてある本棚と複数の資料が散乱している長机、という如何にもな様相を呈している仕事場の中で洋介は渋面を作って見事に限界を迎えようとしていた。
そんな自分の気を紛らわそうという意図の質問に、未央はそれを重々承知の上で苦笑しながら質問に質問で返す。
「はい、です。でも、そんな質問してどうしたんです?」
「あいや、《予言》なんて魔法どうやって効果を知ったんだろうなって思ったんですけど……よくよく考えてみれば、そうっすね。全ての行動が読まれているように感じたら、それが偶然じゃなくて必然のようになれば、たしかにそれは《予言》だ」
「ですです。ちなみに、ですが。どうやってカテゴリを予測したか、そこまでわかりますかねー?」
どこか試すような言い方に洋介は首を傾げ、得心。試しているのではない。成長を促しているのだ。魔法使いの生徒……いや、おそらくはそういう垣根なしにすべての生徒一人ひとりの情報を知っているであろうこの女性は、洋介の悩みも把握している。
どうやったら触媒を増やすことができるのか。どうやったら次のステップに踏み出せるのか。
何をどうすればいいかわからないから、その次のステップに至った敵であろうと味方であろうと。次のステップに至った者の例がどうなっているのかを考えさせようとしているのだ。それが、洋介にとっての成長になると、そう願って。
「えっと、触媒を二つ生成していた?」
「ノン、です。ヒントは、ですね。──《予言》という魔法はどこまでで一つの魔法なのか、ということ、ですよ」
「そりゃ、その予言が宣言されてから実行されるまで────ってそうか。あぁ、なるほど。俺と同じなのか」
つまりはそういうこと。
《予言》は宣言してからそれが実際に起こり得なければ予言と言えない。宣言すれば予言になるのか。否、そうではない。予言を
だとすれば、先ほどの未央のヒントから考えられる答えは洋介の魔法と同様の結果。
一つの魔法を使用している間は触媒を生成することはできない。なら、二つの予言を謳ったらどうなる? 三つの予言を謳ったら?
一つの触媒でいくつの《予言》が使用できるのかはわからない。だが、見合うであろう予測でいけば、それがいくつ分になるだろうか、ということは予測できるわけで。
「だから、『魔導師』ってわけですか」
「自己解決してほしくなかった、ですけど。まあ、そういうことなのですよ。洋介くん同様にこの予言者さんは予言が実行されるまでは、って感じの魔法使いさん、です。まあ、コストなんかはぺらぺら喋れませんけど、そういった理由からおそらく『魔導師』クラスじゃないか、って予測がされているのですよ。まあ、もしかしたらもっとカテゴリが上になるかもしれないのですけどね」
まるでその場で教鞭を振るかのように指を宙に泳がせながら未央はそう説明していく。
ちなみに魔法使いにはいくつかのカテゴリが存在している。
『魔法使い化』が発表されてい以来、二人しか確認されていない『仙人』を最高に据え、上から『魔神』『賢者』『魔導師』『魔術師』『魔法使い』といった具合に、である。
『魔法使い』から『魔術師』に至るのはわりとシンプルなものである。
その差は触媒が一つであるか否か。
つまりは触媒を増やせるようになって初めて魔法使いは『魔法使い』から『魔術師』に至る。
その先は脅威性も関連してくるため、いくつ以上の触媒でこのカテゴリだとは言い難いのだが、ともあれその予言者は壁を二つ乗り越えた先にいる魔法使いには違いなかった。
「憧れろ、目指せ、とは言ってません、ですよ? でも、あなたと同じような条件の魔法使いさんはそこにいる。珍しいタイプの魔法ではありますが、触媒が増やせないかどうかを心配する必要なんてない、ですよ」
なんだか余計な心配をかけたようで、気恥ずかしくなって洋介は頭をバリバリと掻きながら再度資料に目を通していく。
気が楽になったか、ならないか、で聞かれてしまえば楽になったと答えるしかないが、それを面と向かって言うには、どうにも見透かされているものが多すぎるような気がして、洋介はごまかすように作業に没頭するしかなかったのだった。
そうして、一通りの作業が終わり、一息と言わんばかりにお茶とお茶請けが資料の散乱した机の隙間を占めたところで洋介は盛大に脱力しながら体を背もたれに預けていた。
元来、頭脳労働は得意ではないのだ。それをいきなりなんの心の準備もなく、なし崩し的に全うしろ、と言われたらこうなるのもやむなしだろう。
「お疲れ様、ですよ」
「あの、未央さん? 今更なんですが、俺が思うに明らかにやっちまったことに対する労力が見合ってなかったような気がするんですが……」
と、洋介は天井を仰ぎ見ながらぼやく。やってしまったこと、というのは当然、資料をばら撒いた際にその内容を盗み見てしまったことだ。
それに対する対価は明らかに超過しているような気がして、洋介は思わずそう尋ねる。
だが、そんな問いに、何を言っているんだお前は、と言わんばかりに首を傾げながら未央は指を立てて答えてみせた。
「そんなの決まってるのですよ。ほら、触媒に関してアドバイスをあげたじゃないですか」
「あれ有料!? 善意からのアドバイスじゃなくて!?」
まさかだった。まさかすぎた。良心でアドバイスをしてくれてるのだと思ってたらまさかの対価を要求していた。汚い、大人きたない、と詰め寄ろうと脱力していた体を前に倒して机から身を乗り出して文句を言おうとしたところで未央は洋介にさらに畳み掛けるように一言。
「だって、洋介くんから質問してきたんじゃないですか、です」
そう言われてみて思い出せば、まさしくで。
記憶を掘り返してみれば、自分から見事に質問をして、それに未央が答えた、と言う形だった。
つまりそれは
「も、もしかしてですけど……あそこで俺が質問してなかったら、その時点でお仕事終了だった?」
「ですです。洋介くん曰く、やっちまったことに対する対価はしっかり支払ってもらったかなー、というタイミングだったのでお礼を言ってそろそろ開放してあげようかと思ってたところにまさかの追加注文です。カモがネギ背負ってきたとはまさにこのことですね」
「くっそ性格悪ぃ……」
その洋介の言葉に、未央はニヒルに笑いながら良い取引させてもらいました、と肩を叩いてくる。心底してやられたわけだ。
そして、いつか仕返ししてやる、なんてことを心に決めて決意新たに帰り支度をしようとしたところで、未央がそういえば、とポツリと呟いた。
「その続きは対価必要っすかね?」
次こそは騙されないぞとギチギチと油の切れたロボットばりの動きで未央の方を見やった洋介に彼女はそこまでしませんと首を振る。
「これはホントに善意、というか世間話ですよ。まあ、話を戻しますが、明日から人間の編入生が来るそうなので仲良くしてあげてくださいね?」
「えっと、俺らのクラスに? この時期に?」
この時期。つまりは二年の今。これから先、グループが作られて連携が必要になるこの時期。魔法使いになってしまったという者ではなく、人間が、わざわざなんで? というわけだ。明らかに必要性が見られないし、そんな者を受け入れるとも思えない。
なぜならいきなりそれまで普通の暮らしをしていた人間がこんな場所に放り込まれてどうにかできるとは洋介自身思っていないからであり、そんな者が通用するような場所ではないことを洋介自身理解しているから。
だが、洋介のその疑問は次の未央の言葉で一蹴させられる。
「というよりは、出戻り、です。いきなり一般人がぽーんと入ってきたわけではなくて、別の場所の支部に行ってた人間がただいまーって感じですね」
つまりは支部間の編入生。何かしらの事情がなければ支部間を生徒が移動することはないが、それなりに事情を持った者なら時折見られる例でもあるのだ。
所謂、一種の交換留学のようなもの。違うところは一方通行であったり、交換ではなく引き抜きのようなものに近いという点であるか。
ともあれ、そういった人間が明日から来るというわけだ。
ふむ、たしかにそれは自分たちも相手もヤキモキするところはあるだろうな、と理解して洋介は自分の荷物を手に取って部屋の出口に向かう。
「まあ、とりあえず了解しました。仲良くできっかはわからないですけど、歩み寄る努力はしときますよ。なかなかどうして、空気の読めるイケメンもいることですし、相手の方に問題がなければそれほど難しそうじゃないと思うんで」
言外に相手に問題があるなら切って捨てると言った洋介に、今度こそ裏表なく苦笑しながら未央はお礼を口にする。
そうしてその言葉を背に洋介は今度こそ帰路に着こうと部屋を出るのだった。
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