第一章 『魔法使いとは何たるか』(3)
ともあれ、そうして解散したところで、洋介は本格的に頭を抱えていた。
今まで自分の隣で競っていたと思っていた友人が一歩進んでしまったような感覚。自分の希望的観測が完全に潰えたこと。どうしようもない手詰まり感に洋介は焦っていた。
「本格的に、別のモンも作れるようになった方がいいのかね…………」
正直な話、剣の扱いが他に比べて抜きん出てるかと言われれば否なのだ。
たしかにソレを主だって使っているため素人に比べれば、他に比べればある程度の実力だと自負できる程度にはある。付け焼き刃以上に磨いてきた武器だと誇れる、とは思う。
だがしかし、その程度。洋介は剣の達人でもなければ、ソレを扱うに特化したような魔法を扱えるわけでもない。敵わない、というのは理解できていた。
そんなどうしようもなくなった洋介の独り言に歩は苦笑しながら答える。
「洋介が前線以外で戦ってる姿見たらそれは意外性があって、奇襲になる気もするけど、フレンドリーファイアが怖いよね」
「てめぇ、事言うことに欠いてそれかよ」
「ははは、でもさ、何も作る必要があるのは銃火器じゃなくてもいいんじゃないかな? 例えば、洋介はいつも片刃の剣を作るけど、両刃の剣とか、それこそ槍とかでもいいんじゃないかな?」
「あのなぁ……それ、俺が考えなかったとでも思うか? というか、試したさ。結論、無理。一日の長がある剣ならまだしも槍なんか扱ったら振り回されておしまいだった」
玲奈はああ言っていたが、努力をしていなかったわけではないのだ。自分の長所を理解して、できることとやった方がいいことを取捨選択して、結果、どうしようもなくなったら、というところに銃火器を置いていただけなのだ。
ただ、いつもこうして相談しているわけでもないのに、気にかけていてくれる歩には感謝していて、洋介は一つ嘆息して立ち上がったところで
「まぁ、両刃とか、いくつかは参考になったよ。とりあえず、阿南の言うことももっともだし、知識だけは叩き込んでおく」
げんなりしながら心底嫌そうに顔を歪めつつも洋介はその足を資料室へと向かわせようとする。
まあ、なんというか。ライバルに置いて行かれるのだけは死んでもごめんなのである。
話は変わるが、現状、支部は育成と魔法使い絡みの事件の解決を担当する部署が存在している。だが、分かれているから教鞭を振る者が事件の解決に走らないか、と問われれば、そうとも言えないのだ。
つまりは人員の不足。
まぁ、それは当然の話でもある。誰だって好き好んで死地に赴きたいとは思わないだろう。何か理由があって、初めてその戦場に立とうとする。
たとえば洋介や歩のような魔法使いたちはそう在らざるを得なかったし、玲奈や幹久のような人間はそうするに足る理由を持っていた。
それが周知であるかはまた別として、ほぼ全員がそういうモノを持っているのだ。
まあ、何が言いたいか、と聞かれればこう。
──生徒からする放課後。それは教師からすれば、ギルド構成員としての職務の時間であるということだ。
慌ただしく廊下を行き来する数分前まで教師だった大人たちを尻目に洋介は資料室へと足を運んでいた。
最前線で戦うような人でなくとも、サポートなどを行うという役割を持ち、その職務に奔走する姿を見やりながら、個々人的に洋介はそれを他人事のように感じていた。
まあ、おおよそ二年後、同じような立場になると考えれば、その感想は如何なるものか、と説教を食らいそうな感想だが、残念ながらマジョリティであることは間違いないのである。
そうして慌ただしい廊下を進めば高確率で誰かしらとぶつかるか、ぶつかりかけるかは明らかであり、目的の資料室の扉を開けようとしたところで洋介は見事に大量の資料を持った構成員と衝突した。
「──わっ!?」
「あ……」
資料室の入口付近に散乱する大量の紙とバランスを崩して後ろに倒れたのだろう。尻もちをついた状態でズレたメガネをいそいそと直す茶髪の女性。首からぶら下がっているカードを見れば構成員なのは一目瞭然であり、当然名前も簡単に知ることができる。
──ふむ、
おそらくは何かの事件の資料なのだろう。正直な話、それを生徒である自分が触ってもいいものか、と思うところでもあるのだが、ぶち撒けた原因の一因、というか、ほぼ八対二くらいの割合で自分に過失があることは否めないわけで。
「す、すみません。えっと拾いますね」
「あ、ありがとうございます」
そうして資料の内容を理解しないように、目に入れないように、と資料をかき集める中で、洋介はどうしようもなく、その一文に注視してしまった。
「──予言、者?」
その一言に未央は薄っすらと口角を吊り上げた。ただまあ、それを洋介に知られるようなヘマをすることもなく、すぐに失敗した、と言わんばかりの渋面を作って
「あー、見てしまいましたか。です。とはいえ、現状証拠と証言から推察しているだけなんですけどね。早い話、そうなんじゃないかーって言われてる魔法使いが確認されたんですよ。クラスはおそらく『魔導師』ではないかって言われています」
「あの、それを俺に伝えてどうするつもりなんです?」
「え? 見てしまったんです。聞いてしまったんです。何もなしにじゃ、自分はこれでーなんてしませんよね? はい、です。忙殺されそうになってる私たちの足を止めてしまったんですから、少しくらいお手伝いをするべきではないかなーと私は思うのですよ。はい」
早口にまくし立てられて、ようやく気がつく。
──あ、これ、やっちまった、と。
前述した通り、ギルドは常に人員が不足している。具体的な例を挙げてしまえば、教鞭を振る教師と前線で戦闘を行う構成員とが混同することや、一部優秀な生徒が定期的に情報収集などの手伝いを行うように。
ただまあ、今は新学期初めだ。そういう生徒を集めようにも情報は少なく、かと言って前年度からの生徒を使おうにもその生徒だって自分のことで精一杯になっていることが主なのだ。
だからこそ。こうしてわざわざ火中の栗を拾ってしまうような形になった、詰まる所、その事情を知ってしまった洋介は巻き込まれるべくして巻き込まれるのだった。
「資料を拾ったってことで、お手伝い終了、とかなりませんかね?」
「なると思ってるんですかー?資料を拾ったのは洋介くんがぶち撒ける原因になったから。はい、です。情報を知ってしまった、ということに対する対価は支払われていないのですよ、です」
「対価って、まるで錬金術師みたいな言い回しを……」
「え? 洋介くんは《錬金術》の使い手じゃないですかー錬金術師さんはしっかりと得たものに対して対価を払うべきだと思うのですよ。えぇ、はい」
まあ、あながち間違っていない。間違っていないのだが、それをこういう場面で出されるとなんとも腹立たしいというかなんというか。
ともかく、そんな逃げ場はありませんよ、と言外に告げる未央の言葉に洋介は心底げんなりしながらも承諾するのだった。
そうして資料をかき集めて未央の仕事部屋に向かう、といったところで洋介はふと一つの疑問にぶち当たった。
「そういえば、俺のこと知ってるんすね」
「です。まぁ、魔法使いさんたちはいい意味でも悪い意味でも目立ちますからねー教鞭を振るってなくても把握しなくちゃいけない、そんな義務なんですよー」
詰まる所、どんな魔法が使えて、どのような生徒であるか。それを知っていないといざというときに対応できないだろう、と告げられて洋介はなるほど、と理解すると同時に自分たちの立ち位置を再確認する。
生徒の情報を職員が全員周知している、と言えば聞こえはいいかもしれないが、その実、それだけ警戒されている、ということでもあるのだ。それだけ魔法使いという存在は現時点でも恐れられていて、魔法使いと人間が手を取り合うために作られた施設でもこうして警戒される程度には溝はある、という事実を思い知らされる。
「で、俺のこと知ってるなら早いと思うんすけど、役に立つとは思えないですよ?」
「まあ、その辺りは私もよくわかってるので、構わないのですよ。はい。洋介くんは私に言われた資料を探して持ってきてくれるだけでいいのです。というか、だいたいのお手伝いさんはそういう仕事なのですよ」
いい小間使いだな、と思いながらも、それしかできないのだから仕方ない。
ここでいきなり資料の精査をやれ、と言われても絶対にできない自信があるし、無理を通してやったとしても、ミスを連発して足を引っ張ってしまうのは自明の理であろう。
そのことを理解していない洋介でもなく、わかっているからこそ、洋介は渋々と小間使いとして役を全うすることに務めることになるのであった。
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