第一章 『魔法使いとは何たるか』(2)

 結果から言ってしまえば、洋介は昨年までとそこまで変わらない成績に終わった。


 教師からも、ここまで変わらない成績のやつも珍しいよ、とお墨付きをもらってしまうほどである。


 「にしても、どうして触媒って一つしか出せないんすかね……」


 一通りの検査が終わったところで、洋介は手を開閉させながらポツリと教師に向かって呟いていた。


 「そうだな、その辺はお偉いさんが研究してくれてる内容だから俺らはわからんが、脳に問題があるんじゃないかって話らしいな」


 その教師の言葉に洋介はあいや、違うと首を振る。別に聞きたいのはそこではないのだ。というより、たしかに言葉足らずであったところは承知だから、申し訳なさそうに洋介は首を振った。


 「あー、そうじゃなくって、俺の魔法って触媒を使って物作るじゃないですか。で、物を作れば触媒は消費される。だけど、作った物を壊すか消すかしないと俺は新しい触媒を生み出せない」


 つまりはそういうこと。

 洋介の魔法は触媒を一つ消費して、しか魔法を使用することができない。

 しかし、触媒を消費したあとも魔法によって生み出したものが顕現し続けるのであれば、洋介は触媒を生成することができないのだ。

 そのことを理解したのか、教師もなるほどと一つ頷いて


 「最初は俺らにも疑問だったんだがな。よく考えてみるとそうでもないんだよ。つまりさ、お前の魔法は他の魔法と違って一瞬で終わらない。他の魔法なら一瞬で終わって次の魔法という形になるからわからないが、結論から言ってお前と同じことが起こるんだよ」


 「えっと、つまり、魔法を使って効果が消失するまでは次の触媒を作れない?」


 「あぁ、つまりはそういうことだな。例えば、歩なんかが火の玉を周囲に浮かせる魔法を使ったとしよう。で、触媒を全て消費してしまったって状況だ。ここから歩が次の触媒を生成しようとしても、それは無理だってことなんだよ」


 なるほどな、と思う。自分の魔法の性質が特殊だったが故に見落としていたが、たしかにそうだったのだ。

 触媒は魔法を使用することで消費される。だとすれば、消費された触媒はどこに行くのか。消えるわけではない。霧散するわけでもない。結論、触媒は変換された魔法に変わっているのだ。


 だとすれば、変換した魔法は触媒そのものであって、その魔法が役目を終えるまで、そこに触媒は存在し続ける。それは言い換えれば触媒は消えていないということで


 「裏ワザ的感じで触媒を増やせないってことか……」


 どうあっても行く着く先はそこであり、洋介は落胆したように一つ息を吐いて肩を竦める。


 「──と。とりあえず、ありがとうございました。あとは教室に戻って待機、ですよね?」


 「あぁ、そういう手筈になってるはずだ。結果は数日後追って連絡を入れる。じゃあ、おつかれさま」


 そう教師から業務連絡をもらって、洋介は軽く頭を下げて教室に足を進めるのだった。



 ──触媒。『魔法使い化』の症例が発表されると同時に存在が確認されたモノ。

 いくつもの研究機関と学者が何年も研究を重ねるもソレの原理、そして性質の一切を謎に包ませるモノ。


 前述した通り、魔法使いは魔法を行使するために触媒を生み出す必要がある。しかし、それをどうやって行っているか、それがどういう原理で生み出されているのか。それは魔法使い自身にもわかっていないことだった。


 だがしかし、そこに触媒があって、それがどういうモノか、というのはなぜか感覚的にわかっていた。まるで魔法使いになった瞬間に新しいソフトをインストールしたかのように、すべての扱い方は体の中に取り込まれ、まるで新しい使用者がソレを手に取ったかのように基本的な動作を行うことはできる。

 それをどこまで使いこなせるかは使用者に委ねられるし、どこまで機能を充実させるかも使用者に委ねられる。


 たとえば、こんな経験はないだろうか。電子機器を弄っていたらいつの間にか知らない機能を起動していた、なんてこと。

 どうやったらソレを終了させるかわからず、とりあえずサポートセンターに持って行って解決させた、ということが。

 そうして初めてその機能の使い方を知って、意外と便利だと感じれば以降も使い続ける。


 触媒も同じだ。ある日突然、その数が増やせるようになったり、その使い方の幅が増えたりする。

 だが、それはいつになるかわかったものではない。使い続ける必要があるにもかかわらず、使い続けたところで触媒が増えなかったという結果もある。

 逆にほとんど使っていなかったにも関わらず突然触媒が増えた、という結果もある。


 結論、触媒に関してわかっていることは塵一粒に等しい程度にしかないのだった。



 「ようやく、終わった」


 そうこぼしながら洋介は自分の席に腰掛ける。

 軋む音を鳴らしながら背もたれが洋介の体を受け止めたところで歩がねぎらいを兼ねて声を掛けてきた。


 「で、どうだった? 秘めたる才能は開花した?」


 「いや、あいにく。希望的観測を持って質問したことも一蹴されて、しかも友人には皮肉を言われて俺はげんなりだ」


 数十分前に自分が呟いた失言をそのまま持ってきた歩に洋介は苦虫を噛んだように顔を顰めさせ、手をひらひらと振った。

 そうして横を見て


 「で、阿南の方はどうだったんだよ。魔法使いとは別方法で測定やってたんだろ?」


 突然の問いかけに一瞬、目を見開いてすぐに玲奈は目を伏せて何事もなかったかのように洋介の問いに答える。


 「そうね。ほとんど普通の身体測定と変わらないものよ。まぁ、強いて挙げるとすれば思考速度の測定があった、ってところくらいかしら」


 「思考速度?」


 「えぇ。よくテレビで見るようなびっくり小学生がやってるみたいなテスト。画面に出てくる数式を見て一瞬で答えを出したり、そんな感じのテストよ」


 他にもいろいろ測定方法はあるけどね、と一つ付け足して玲奈は眉間を揉みほぐすように押さえた。

 その例の一つに若干以上にびっくり超人でも作ってんのかよ、なんて感想がポップするも、別段間違ったことでもないのだ。

 なぜならここは人類が太刀打ち出来ない魔法使いに対して人類が太刀打ちできるよう実力を備えるための機関でもあるのだから。


 その事実に、目を背けるようにして洋介は、で? と話を逸らす。


 「歩の方はどうだったんだ? 何か代わり映えのするようなことはあったのか?」


 「んー、一つ挙げるとすれば触媒のキャパシティが増えたことぐらいかな? まぁ、微々たる量すぎてそこまでって話らしいけどね。具体的に言うと火球一つ分増えたってだけだ」


 「まぁ、増えてない洋介よりはマシな話よね」


 「俺はその程度増えたところで魔法が複数回行使できるようになるわけじゃないから何も変わらないんですぅー!」


 歩の思わぬ成長に目を見開いたところで玲奈の小言が飛んできて、洋介は口を尖らせて反論する。

 ちなみに歩の成長がどれだけのものか、と言えば、それを積み重ねれば二つ目の触媒を生成できるようになる可能性があるところまで来た、ということなのだ。


 素直に賞賛したいやら、どこか一歩先に行かれたようで悔しいやら。複雑な心境になりつつも洋介はため息を溢すのだった。



 「じゃあ、以上で今日の行事は終わりだ。明日から本格的に授業なんかも始まるから油断すんなよ?」


 そしてホームルームの最後に担任である教師がそう告げた。ちなみに彼は身体測定の最後、洋介が質問をした教師である。

 名前は長谷川幹久はせがわみきひさ。長身の黒髪黒目の、所謂、目付きの悪い日本人といった男性だ。そして、玲奈同様にである。


 当然、人間は魔法を扱うことはできない。その方法が明らかにされていなくとも、それが魔法を使うためには触媒が必要なものであることは判明しているのだ。そして同時に魔法使いでなければ触媒を生成できないのであるため、人間はどう足掻いても魔法を扱うことはできない。

 であれば、どうやって、どのようにして人間は魔法使いに対抗しているのか。


 結論、それは魔法と見間違えるほど発達した科学技術だ。魔法使いの触媒と同様に様々な形状をしたデバイスという機器を扱い、魔法と同様にデバイスにプログラムをインストールし科学技術を魔法に近い超常現象へ昇華させる。

 触媒に比べてキャパシティというものがなく、そして起動に明らかに時間がかかるのがメリットとデメリットであるが、それでもソレは人間を魔法使いとの戦いのステージに上げるために必要な武器であった。


 そして幹久はそのプログラムを操るのに長けた人物でもある。

 つまりはデバイスを起動してプログラムをインストールする。それは言葉にしてしまえば簡単な作業のように聞こえるかもしれないが、その実は全くの否である。


 デバイスを起動するには相応の式が必要であり、プログラムはコードそのまま。それをインストールできるように改変して初めて扱うことができるようになるのだ。

 つまりは、その行程に大量の思考を行う必要があるからこそ、玲奈の受けた身体測定の項目がある、とも言えるのだった。

 詰まる所、幹久はソレに対して他より抜きん出た才能を持っているということである。

 

 とは言え、彼からすれば、自分よりできるものは多く、当時……つまり十六年前の『ギルド』発足直後の人物のほうがよっぽど、とのことであるが、洋介たちからすればどちらも雲の上の人物に変わらないのだ。

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