定まる運命

第一章 『魔法使いとは何たるか』

 『ギルド日本関東支部』。


 首都圏近郊の山岳地帯に隣接する場所に作られた魔法使いが人間と手を取るという名目ための施設。


 四月も半ばに差し掛かった今日。二年前に少女にボロボロに打ち負かされていた少年は脱力しながら机に突っ伏していた。


 「なんだって二年になってまで身体測定なんか……」


 教育機関としての反面も持つようになったこの施設では現在、百名近い生徒が存在している。施設としては高等教育までは義務とし、その先、大学の教育に関しては個人の自由としていた。

 それ故、今年、高校二年に上がることになった少年もそれに倣って勉学に励んでいるわけだ。


 それは理解しているし、それに対して文句を言おうと思っているわけではない。だが、今日の身体測定は別だった。

 身体測定、とは銘打っているが、その実は魔法使いの魔法技術の測定。

 どのような魔法を扱うことができるかどうか。それを検査するための行事なのである。


 基本、魔法使いが扱うことができる魔法は一種類。火を操るのであれば火しか操ることができない。それは『仙人』に於いても変わらぬ事実でもあった。


 だから、いくら検査をしたところで、扱える魔法が増えているわけがないし、扱える魔法が変質することはない。多少の認識の違いから魔法の活用の幅が増えるということはあるかもしれないが、それもまた少数。高校に進学して初めて魔法使いとして発症してしまったならまだしも、少年のように小学生の頃からここに所属している身としてはなんとも無駄な行事だったのだ。


 そんな少年のぼやきに前の席に座っていた少年が体を捻って


 「まぁ、そう言うなって。中学から所属したやつなんかそろそろだろ? お前だって認識の齟齬で強くなれたって言ってたじゃないか」


 「まぁなぁ……だけど、俺とかお前なんかはもう確実に必要ないものじゃんか。免除してほしいわ」


 だな、そう苦笑しながら言う。


 突っ伏している方の少年の名前は東雲洋介しののめようすけ。男子にしては長い明るめの茶髪に垂れても吊ってもいない黒い目。凡庸と評していい少年である。魔法使いとして発症するまでは学力も普通で身体能力もそこまで優れたものじゃなかった。将来は普通にサラリーマンとして職と家庭を持つものだろう、と親は思っていたのだろう。


 だが、魔法使いとして発症してしまった彼はそれだけでその道を閉ざされてしまった。

 まあ、魔法使いとなった現在、身体能力や学力が突拍子もなく以前に比べて変動したか、と言われれば答えはNOであるのだが……


 そして前の席に座る少年の名前は西蔦歩にしつたあゆむ。洋介とは対照的に真っ黒な黒髪と赤に近い茶色の目。容姿もそこそこに立っており、モテるのであろうという印象のある少年だ。


 ちなみに魔法使いとして発症した際に瞳や髪の色が変化するという例があるらしく、洋介も歩も例に漏れず、そんな魔法使いの一人だったというわけだ。


 加えて、彼も洋介と同じように小学生の頃に魔法使いとして発症してしまった少年である。

 ただ、彼の場合は運動神経がかなり優れていたため、ある種、夢が完全に閉ざされたということもあり、当初はかなりやさぐれていた。


 それでも同時期にこうして所属した二人はいつもつるむような仲になっていたのだった。


 「でも、触媒の方は訓練で増やせるようになるらしいじゃんか。魔法の質は変わらなくてもできることが増える、っていう面での検査、って考えれば妥当なんじゃないかな?」


 ──触媒。魔法使いが魔法を行使するために出現させる武器のようなもの。

 洋介は杖のような形状をし、歩は剣のような形状をしていた。


 どういう原理なのかは未だわかっていないが、魔法を使う度に触媒は消耗し、その触媒が持つキャパシティを超えると触媒は消滅し、魔法使いはもう一度触媒から生成する必要が出てくるのだという。


 普通であれば一度に生み出せる触媒の数は一つ。そしてその触媒を使い果たすまで次の触媒を生み出すことは不可能とされる。だがしかし、才能、訓練、あるいは何らかの外的手段によって魔法使いはその触媒の数を増やせる、というのだ。


 結論から言えば、その触媒の数が魔法使いとしてのランクの指針となっているわけである。

 たとえば『仙人』を例に上げて言えば、彼らは一度に無数の触媒を生成することができた、という話も聞く。詰まる所、それがここで魔法使いとして学ぶことの一つでもあるわけだった。


 「ちなみに、歩は増やせるようになったか?」


 「いや、俺もまだまだだ。ただ俺みたいに一つの触媒で何回も魔法を行使できるならいいけど、洋介は一つの触媒につき一回だからな。さっさと増やさないと先はないよな」


 「言うなよ。それで伸び悩んでるんだから……」


 歩の魔法は《炎使い》というものであり、読んで字のごとく、炎を生み出し、操る魔法である。

 触媒の消費はかなり少なく、一つの触媒でかなりの量の炎を生み出すことができ、コストパフォーマンスという面からも有能な魔法という判断がされていた。


 それに対して洋介の魔法は《錬金術》と呼ばれるものだ。

 触媒を使って多様な物を生み出す魔法。名前と能力を聞けば優秀な魔法に違いないのだが、生成した物を扱うのは必ず使用者である必要があり、加えて一つの物を作り出すのに必ず一つの触媒を使用してしまうというコストの高い魔法なのだ。


 「それで、じゃないでしょ? アンタの魔法の場合、知識も枷になってるらしいじゃないの。その物を生み出すには構造とか構成物質を知っていなくちゃいけないって、つくづく不便な魔法よね」


 その言葉に洋介はため息を一つ吐きながら顔を後ろに回した。


 「阿南あなん……そんなに俺の魔法の欠点、弄くって楽しいか?」


 阿南玲奈あなんれな。黒い髪に黒い瞳の純日本人風の──いや、事実、日本人である少女。ただまあ、大きな瞳と端正に整えられた容貌は日本人のソレというよりも外国の人形のような印象を与えるものであるが。

 ちなみに彼女は魔法使いではなく、である。


 そう、彼女のように魔法使い以外もこうしてこの機関に所属しているのだ。

 それは『ギルド』発足当初に人間が魔法使いに対抗しようとしたように現在も人間は魔法使いに対して警戒心を抱いているということと同義であり、同時に魔法使いに対して対抗しようと魔法使いと人間が手を結んでいるということでもあった。



 そうして玲奈は洋介の言葉にやれやれ、と言うように肩を竦めて


 「欠点だってわかってるなら、ちゃんと調べて欠点に見えなくすればいいのに怠ってるのはアンタでしょ?」


 「ま、まぁ……って、そんなことねえぞ! ちゃんと俺にも考えがあるんだよ! ほ、ほら、多芸を極めようとして時間をかけるより、一芸に秀でたほうがいいって言うじゃねえか! そ、それと──」


 「別にそれが悪いこととは言わないけど、備えあれば憂いなしって言葉もあるわ。使い方が素人に毛が生えた程度でも生み出せないよりはマシなはずよね?」


 洋介の言葉を最後まで聞かずに投げかけられた玲奈の問いかけに洋介は返す言葉もないと言わんばかりに唸り、口を閉ざす。

 なんだかんだ言っても洋介はソレを調べようと自主的に知識を増やそうと思えないのである。ちなみに洋介は剣を生成することを主としているのだが、それがなぜ扱うことに一定上の技量を求められる剣なのか、というと、構造と構成物質が単純であったから、ということらしい。



 そうして洋介をからかう玲奈とそれに対して唸る洋介という図が出来上がり始めたところで、空気も読めるイケメンである歩が話題の転換と言うように口を挟んだ。


 「ま、まあ、今日の検査はグループの決定にも絡んでくるっていう話らしいね」


 その言葉に洋介は思わず首を傾げていた。


 「え? そんな話聞いてない」


 「まあ、噂でしかないからね。でも結構有力な情報らしいよ。検査の結果から順位付けをして先生たちが割り振ってるって先輩たちから聞いたし」


 「たしかにナンセンスな振り分けの考え方だと思うけど、成績にも絡んでくるらしいものね。今日の結果だけで一年の成績が決まりました、とかくじ運で成績が決まりました、とかってシステムよりは事実っぽい噂よね」


 その玲奈の言葉に、洋介と歩の二人は納得したように頷く。


 そう。高校の二年目から、方法は明らかにされていないが、グループと呼ばれる生徒数人からなる少人数のチームが教師によって組まれる。そしてそのチームはその学年から同時にカリキュラムに組み込まれることになっている実技訓練をともに受けるメンバーでもあるのだ。


 つまりはその試験もともに受けることになる。時としてチームで共同して試験に挑まなくてはいけないこともあるその試験。そのため実力順に振り分けた方がそのチームに対して適した課題を突きつけることができるという判断があるという話だったのだ。


 詰まる所、今日の検査で程度が低い結果となった場合、試験の難易度は低くなるかもしれないが、最終的な評価も低くなる。総じて良いことがないということなのだ。


 「く、く……こんなことだったら一種類でも多く生成できるように勉強しておけば……いや、こんなときこそ俺の秘めたる才能が開花して触媒が増える的な?」


 「そんな秘めたる才能があったら私に全戦全敗なんていう散々な戦績を残してないでしょうね」


 「……希望はないのか」


 そうして絶望のどん底に落ちていくように机に突っ伏した洋介に歩も玲奈も苦笑を浮かべるのだった。

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