正しい魔法使いになるための方法

水城朔月

プロローグ

 十八年前、ある遺伝子学者が提唱した学説によって、世界的な衝撃が走った。


 『魔法使い化』。後天的、先天的に関わらず、突発的な遺伝子の変質を起こした人間が罹る一種の病気。どのような原理で起こしているのかは未だ明らかになっていないが、『魔法使い化』した人間は魔法と呼ぶに相応しい超常の力を操り、そして人類に牙を剥いた。

 ある魔法使いは炎を操り、そしてまたある魔法使いは周囲を凍てつかせた。

 世界は、早急な対応を強いられたのだ。


 そして、この騒動に対して国連はいくつかの企業の融資を受けて、魔法使い対策部隊を設立した。これによってその後数年間、魔法使いの活動は衰えていたかに思えた。

 いや、水面下では衝突はあったのだろう。それを公にしていなかっただけで。



 そしてその二年後。つまり今から十六年前。事件は起こった。

 国連が主導して行った『魔法使い狩り』と呼ばれる掃討作戦。

 それまではうまくいっていたのだろう。だから慢心していた。

 相手が超常の力を操るということを忘れて、自分たちの力を過信して。

 そして事件が起こった。


 一人の魔法使いを相手に国連の部隊が全滅。そして同時に一つの都市が消失した。

 のちに『仙人』と呼ばれるようになるクラスの魔法使いの出現。

 その都市に巣食っていた魔法使い全員と国連の部隊全員の犠牲を払って、世界は災厄を呼び出してしまったのだった。


 その後、『仙人』は姿を消し、国連の対策部隊は解体された。

 支援を行っていた企業がほとんど撤退したということもあったのだろうが、何より志願する人員が一人残らずいなくなってしまった、というのが大きかったのだろう。

 勝てるかもしれない戦いではなかった。何をどう足掻こうが勝つことの叶わぬ戦い。

 だれが好き好んでそんな戦場に立とうと言うのだ。


 そうして防衛の術をなくした世界は魔法使いに蹂躙されるかに思えた。だが、そこで立ち上がった者がいた。

 こと現在に至るまで世界を守り続ける部隊。『ギルド』。ある企業が出資して立ち上げた新たな対魔法使い部隊。


 彼らは魔法使い同様に火を操り、空を駆け、そして魔法使いたちと対等に渡り合ってきていた。


 ──充分に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない。


 ソレを再び謳い、実践してみせた部隊。

 そうして世界はなんとか首の皮一枚つながった形で魔法使いへの対抗手段を手に入れた。


 その後、『ギルド』は世界にいくつかの支部を設立し、世界を守ってきていた。

 だが、魔法使いの立場が変わらなかったわけではない。

 詰まる所、人間の側に立った魔法使いもいた、ということだ。


 どんな交渉がされたのか、それはわからない。だがしかし、その魔法使いは人間の側に立ち、そして魔法使いたちと対立した。そんな彼に続く形で何人かの魔法使いが人間側に立ち、現在では二つの勢力図が出来上がる形まで情勢は変わっていた。


 その人間側に立った魔法使いたちがそうなってまず行ったことは施設の設立だった。

 魔法使いが、人類と共存するために、その力を間違った使い方をせぬよう、正しく扱えるようにするための方法を学ぶ施設。

 『魔法使い化』を発症した人間を隔離し、あわよくば自分たちの力に変えることができると、世界は絶賛し、それにいくつもの企業が出資した。

 ただ、魔法使いたちにとっては、いくつか思うところがあったのだろうが……



 そうして変わった情勢で十年前。一人の少年が『魔法使い化』を発症し、その力故に『仙人』に近い存在であるとカテゴライズされ、この施設に隔離される、その手はずだった。


 結論から言えば、彼は施設に隔離されることなく姿を眩ましてしまった。

 『仙人』が手引したらしかった。

 なぜ、このタイミングで、この行動だけを。その謎は現在も明らかにされていないが、確かに『仙人』は少年とともに再度、姿を眩ましてしまっていた。


 史上二人目とされる『仙人』の少年の消失。だが、それは大きな事件を呼ぶことはなく、ただそれだけに終わったのだった。

 故に、だれもがその事実を軽く見て、しかし軽く見た結果悪い方向に転ぶこともなく、事実は報告書の中だけで終わりを告げた。



 そして人と手を取ろうと藻掻く魔法使いたちの施設の体育館のようなフロアで、一人の少年がみっともなく足掻いていた。


 「触媒生成! ────転換、刀剣!」


 どこからともなく生み出した杖を瞬時に刃のついた剣に作り変えるその姿はまさに魔法使いそのもので。


 「デバイス起動、コンソール展開、プログラム『トール』インストール」


 それに答えるように小さく呟くようにして告げた少女の周囲には機械が浮かび、紫電を迸らせていた。

 それが発達した科学であり、そして少年は真っ向からその科学に魔法で立ち向かっていたのだった。



 数分後、少年は仰向けに倒れていた。


 「今日も私の勝ちね」


 さっきほどまで少年と対峙していた少女は、といえば、金髪を手の甲で掬って機械を格納していた。ちなみに少年が生み出した杖は、刀剣はすでに形を失って消え去っていた。


 「ちくしょう……何が悪かったのかまったくわからねぇ」


 なんとか体を起こして、そうぼやく少年は悔しそうに眉を寄せ、唇をとがらせる。そんな少年に対して少女はふっ、と短く笑うと一言


 「わからない間は負けることはなさそうね」


 そう言い放って、背を向け、フロアから立ち去っていく少女の背中を少年は目で追って、少年は脱力し、もう一度床に仰向けに寝そべってその視線を天井に戻す。

 全戦全敗。向かっては負かされてきた相手に、どうして勝てないのか、それが未だわからぬという事実に。魔法使いと呼ばれる少年は深いため息を吐いた。

 それが二年前。東雲洋介しののめようすけ、十五歳の春の出来事である。



 世界は何事もなかったかのように回り続ける。

魔法使いが突然姿を現し、その力を示したことをまるで事も無げに人々は、魔法使いが現れる以前の生活で、暮らしていた。


 当然、一皮剥いてしまえばそこには魔法使いと交戦する一面が存在しているが、それでも人々から見た世界は以前のものと遜色なくなっているのだろう。



 そして魔法使いが人間と共存するために作った施設は紆余曲折あり、魔法使いに対抗するための人材を育成する施設へ移り変わっていた。

 そこには魔法使い以外にも人間の者も魔法使いを打倒せんと所属し、魔法使いも自分の居場所のために教えを請けていたのだった。

 科学で魔法使いを凌駕しようとした人間と、魔法使いとして魔法使いを止めようとする者。

奇しくもそのような形で魔法使いと人間が手を取り合う、そんな施設がそこにはあった。

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