第一章 『魔法使いとは何たるか』(6)
手合わせ。正しく言えば、模擬戦闘訓練。生徒が個人間で行う私闘のようなものだ。明確な勝利条件を指定し、行うもの。
魔法の技量向上、技術の行使の向上。各々の課題を生徒間で解決させるために設けられたシステム。
即死するようなモノには効力があるかどうかはわからないというか、おそらくないのだろうが、ある程度の傷であれば一定の時間が経過すれば治るシステムのある場所がある。通俗的に言って体育館と呼ばれている場所なのだがその実、そんなものとは一線を画する場所だった。
《治療》という魔法の最高峰。その技術をもって作り出したのがその空間だという。傷つけ合うために作った居場所ではない。居場所を守るために、手を取り合うために、やむなく力を使わざるを得ないときのために力が足りずに後悔することがないよう力を蓄えるための場所。
朝のホームルームが終了し、今は授業前の休憩時間。当然、無断で使うことはできないため、洋介はこの時点で、と事務室に向かっていた。
「にしても、洋介は勝つ算段でもあるの?」
「いや、まったく」
あっけらかんと、勝算がないことを話す洋介に歩は盛大にため息を吐いた。
昨日のこともある。何か秘策でもあるのかと、知りたくなって着いてきてみればこれだ。その大きなため息も無理はないと言えるだろう。
だがしかし、事実をそのままに述べれば洋介の実力は中の下だ。相性などもあるのだろうが、洋介の魔法の性質上、ほとんどが洋介にとっては相性が悪い。
《錬金術》はたしかに何でも洋介の知る限りの物を生み出すことができる。だがそれを使うのはあくまでも洋介自身なのだ。
何かに秀でた才能があったわけでもなければ、そういうのに特化するような魔法が使えるわけでもない。一般人ならまだしも、相手は洋介同様に魔法使いであったり、魔法使いに対抗するために技術を身に付けた人間だったりするわけだ。
中身が一般人と変わらぬ洋介に太刀打ちができるようなものではない、というものだ。
そして相手は洋介自身が最強であると考えている相手。勝ち目など見えようものか。
だが、それならばなぜ洋介はアセナの申し出を受けたのか。その歩の質問に洋介は頭を掻きながら
「だってさ、久々じゃんか。たしかに勝ち目はないかもしれないけど、俺は受けたかった」
それに、勝ち目はないだろうけど試したいことはあるんだ。そう口の中で呟いて、いつの間にかたどり着いていた事務室の扉をノックして中に入るのだった。
そうして申請を済ませて教室に戻ってきた洋介はアセナに報告を、とその席の前に来ていた。
「というわけで、放課後な」
「はいはい。で、私に負け続けた理由はわかったかしら?」
「いや、まったく。強いて言えばいくつかあるんだが、お前があの頃となにも変わらないってのが前提条件の話だ。そういうのが理由にはならないだろうからな」
そんな会話の横では玲奈が歩に話しかけていた。
「ねぇ、私さあの人のこと話でしか知らないんだけど、実際どんな人なの?」
「あぁ、阿南はアセナと入れ替わりみたいな感じで来たもんね。強いて言えば魔法使い、かな」
人間であるというのに魔法使いとは、これ如何に。と首を傾げる玲奈に洋介も首を縦に振りながら同意を示す。
「そうそう。魔法使いじゃねーってのに行使するスピードはほとんど魔法使いのソレと変わらねぇ。つーか、触媒のキャパがない分、個人的にはアセナの方が脅威だ」
という洋介の評価にアセナは頷き、玲奈は素直に感心したように感嘆する。だが、だとしたら疑問が上がる。それは先程歩が持った疑問と同種の
「私にも全戦全敗してる洋介は無謀にも挑むと?」
「あら、私だけじゃ飽き足らず他の子にも全戦全敗してるんだ」
「まるで浮気男のような言い方しないでくれませんか!? いや、大体、玲奈はデバイスとプログラムインストールしてから試合開始じゃねーか! そも、前提条件がちげーよ!」
その洋介の言葉に玲奈はいやいや、バカなと首を振る。
「まさか起動とインストールしながら戦闘やっちゃったりしないわよね?」
と、その言葉に洋介と歩は顔を見合わせて、苦笑を浮かべた。
「もっとひどいね」
「ちょうどいいし、見ればわかる」
「なによ、二人して。こんな美女掴まえてそんな言い種ないんじゃないかしら?」
「いや、むしろまだ甘いくらいだっての」
そんな、無駄話をしながら時間は進み、放課後。つまり手合わせの時間を向かえる。
魔法使いに対抗するために技術を操る人間。正式な名称はないものの、一般的には技術使いと呼ばれる彼らはデバイスと呼ばれる機械に魔法使いが扱う魔法のような現象を引き起こすプログラムをインストールすることで魔法使いと対等に戦えるようになっていた。
ただし魔法使いの魔法のように、いや洋介の『錬金術』のようにと言った方が正しいか。ともかく、彼らの操る技術は魔法のような多様性はない。
たとえば《錬金術》のような物を生成することはできないし、《炎使い》のように自分が生み出した炎以外を操るなんてこともできない。
できるのはプログラムに書かれた現象を引き起こすことのみ。しかしそれができるかどうかが重要だったのだ。
だが、魔法使いに比べて決定的に優っているものもある。それが行使できる技術の多様性。
魔法使いは炎を操るならば炎しか操ることはできない。たとえ風を操るとしてもそれを収束させてプラズマを引き起こそうと、それを操ることはできない。
だが、彼らは炎を打ち出すプログラムを使えば炎を打ち出せるし、雷を放つプログラムを使えば雷を放つこともできるのだ。
つまりは相性はないに等しいということ。歩と相対する際に炎を扱うプログラムを使ってしまえば、それすらも歩は操るだろう。だが逆に水を生み出すプログラムを使えば終始有利な立場で戦闘を行うことができるのだ。
その上、洋介が言うように技術使いには触媒のキャパシティが存在しない。言い換えれば弾切れが存在しないのだ。
そうしてその優位を突き続けた結果、技術使いは魔法使いに対して対等の立ち位置に立つことができたというわけだった。
閑話休題。そうして放課後を迎えた洋介たちは体育館の真ん中辺りで向き合っていた。
その場所が学校の屋上であれば今から告白でもするのか、というような緊張感が立ち込めているが、それは間違い。一瞬後には激しい戦闘が切られる、その嵐の前の静けさのようなものである。
「本当にデバイスも起動せずに始めるのね」
一種のギャラリーと化した玲奈が体育館の隅でそう溢す。
そんな言葉に同じくギャラリーと化した歩は苦笑しながら、だよね、と頷いて言葉を続けた。
「最初はみんなそう思うよね。俺も洋介もなめてんのかってキレそうになったけど、最終的には俺はハンデくださいってなったね。具体的に言うと触媒を作り直す時間をくださいってぐらいに」
ちなみに触媒の一つ目を生み出すのには時間はかからない。これは所謂、MPのような問題であるらしく、満タンになっているMPをそのまま物質化させるというようなものらしいからだとのこと。
ただそれを使いきってしまえばチャージをする時間が必要になるために時間がかかるのだ。
「で、作り直す時間は必要かしら?」
「いや、いらない。つーか、俺はそのハンデもらわなかっただろ」
「そういえばそうだったわね。ルールはいつも通りでいいかしら?」
「あぁ、ギブアップの意思表示があるまで、だな」
トントン拍子で懐かしい確認を行っていく。お互いにわかっているものの、一つの儀式として確認を行っていく。
そうして一通り確認を済ませたところで、アセナは満足したように頷いた。
「じゃ、そろそろ始めましょ」
「おうよ。歩!」
その洋介の一言が何を意味するのか。歩はそれを理解して手を挙げる。
それは開始の合図。張りつめた空気がもう一段階張りつめる。
──そして
「じゃあ、カウントいくよ。──3、2、1……開始!!」
その開始の声が耳を打つか、打たないか。その一瞬のタイミングで二人は一気に動き出す。その動作はほぼ同一。そこから紡がれる言葉は異音。
「触媒生成! 転換、大剣ッッ!!」
「デバイス起動、コンソール展開。プログラム『イグニス』インストール!」
同時に己の武器を展開。洋介は両刃の大剣を下段に構え、アセナは小規模な爆発を繰り返す機器を周囲に展開した。
「お前、『トール』以外にも高速起動できるようになったのかよ!?」
「そっちこそ刀剣はやめたのかしら?」
アドバイスがあったんでな、そう言葉を投げつけ、洋介は駆ける。片刃のときのように素早くは動けないものの、弱点になるほど遅くはなっていない。
洋介はその距離を詰め、一気に白兵戦に突入させようとしたところで
「でも、短絡思考は相変わらずね」
──炎の雨に見舞われた。
あのときのままならそれでお仕舞いだっただろう。
だが、アセナが複数のプログラムを高速でインストールできるようになっていたのと同じように、洋介だって成長している。
どこが一番薄いか。どこなら凌げるか。駆けながら、目の前のソレに近付きながらそれを一瞬で判断。避ける、躱す、受け流す。受けざるを得ないものの取捨選択をして被害を最小限に食い止める。
「『イグニス』は失敗だなアセナ!それは歩のパターンだ!」
狙うは一つ。展開されたデバイス。
それさえ叩いてしまえば技術使いは行動不能になる。魔法使いのようにその場で作り直すことができないのだ。であれば、それを叩けば勝負は決する。言葉にすればひどく簡単なこと。だがそれは当然周知の事実故にアセナもソレをさせまいと動くのだった。
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