第22話 地上戦の行方

 ケレス軍がパラスに持ってきた揚陸艦は、全部で12艘である。パラスの地上戦に導入できる地上部隊人員規模は、1万5000人。その、すべての揚陸艦が無傷でプラークレーターに降下した。開戦4日目の戦いで、劣勢になったといえ地上部隊は、ほとんど無傷である。


 揚陸艦で、キャタピラが下りて地上を移動できるのは、4艘。この内2艘がブレイクホールに肉薄したことで、ブレイクホールの東側に拠点を築くことができた。そこで、キリル提督は、キャタピラが出ない4艘の揚陸艦をここブレイクホールの東側におろした。そして護衛に中型戦艦4、対ファイター用に小型母艦2をその拠点の後方まで前進させた。自分が乗艦している母艦マサラも、ここまで前進して、最前線で監督したいのだが、「マサラは、宇宙戦で必要です」と、周りに止められて、結局プラークレーターの最東端に落ち着くことになった。ここには、氷鉱床がある。残った兵たちは、本陣建設と、資源採掘にかかる。


 ケレス軍は、1万人規模の地上戦に高揚した。


 全力でブレーメンを攻めれば、バーム軍は落ちるであろうが、敵軍装備はいまだ、未知数。こちらも無傷というわけにはいかない。キリル提督には、その先がある。月駐留軍との戦闘に、フォンファンにある元帥司令部との、最終決戦。仕方なく、パワーグラビトン対策に戦艦バリスクを呼んだ。ゼニスは、パワーグラビトンではあるが、犯罪者である。ケレス第三皇女のミーシャを狙い、さらにストロング少将の暗殺に加担した。ゼニスを使うのは不本意だが、戦力を温存をするには、こうするしかない。エレン中将は、3日後に来援する。それまでに、地歩を固めておきたいと思う。


 ブレッドの斥候隊は、ずいぶん地図製作に貢献してくれていたので、平野部の地形はずいぶん把握できた。しかし、この戦場であるプラークレーターの真ん中にぽっかり空いたブレイクホールは、いまだに詳細地図を作れていない。上空からのスキャンで、深さ8000メートルだとわかっているだけである。ここを調べに宇宙艇を下そうとすると敵の制空権に引っかかって、ファイターに出撃されてしまう。プラークレーター上空の空間は、ケレス軍にとって混とんとしていた。


 あと3日は仕方ない

 キリル提督は、我慢の3日間を過ごすことになる。




 このブレイクホールの穴の中には、戦艦エバンジェリンが隠れている。バックナー大佐は、宇宙空間で、敵駆逐艦2艘を弱体化した後、プラークレーターに消えてた。ケレス軍は、これを把握できなかった。それは、戦闘のどさくさに紛れていたからだが、それだけでは、ここまでうまくいくはずがない。戦艦魔女のイオリの功績が大きい。小惑星パラスの宇宙空間には、ケレス軍が放った監視ドロイドが、戦場の詳細データーを探査戦艦キーサルのブライン・ジョンソン中将のもとに送っている。機械は優秀でも、これを受け取るのは、人だ。イオリが、これをごまかした。さらに、敵戦艦魔女、魔導士から、戦艦エバンジェリンを守ってここに隠れていることを悟らせなかった。


 こんな穴倉の中にいてもバックナー大佐は、外の戦況をよく知っていた。それは、ガンゾが設置した中性子光通信のおかげだ。中性子光は、物質を透過する。敵も島宇宙にこの光通信網を張り巡らせている。同じ技術だからと言って秘話通信のセキュリティはしっかりしていて、主要な人とのコンタクトをするには、事欠かない。


「プラズマ砲を出したのは正解でしたな」

「あの骨董品のおかげで、総攻撃を思いとどまらせた。実際の価値以上の働きをしてくれた」

「イオン粒子砲が驚異だと、奴らに刻み込んだのも大きいです」

「我が方の地上軍が8000人だというのは、やはりばれるのか」

 敵は、1万5千人を地上戦に導入。

「時間の問題かと、敵の戦艦魔女に優秀なのがいるようです。かといって、全体を把握するには、2、3日掛かるそうです」


 ダニエル中将とバックナー大佐は、中性子光通信で打ち合わせ中。


「イオリ君は優秀だな」

「本当は、金星の魔女ですが、ブルクハルト評議会議長と、ジョン元帥が自分たちのところに取り込んだのです。今では、私より立場が上でして、たまにいうことを聞いてくれません」

「おかげで、ここは、助かっとる。明日行けそうか」

「地上戦をイーブンにして見せます」

「敵の注意を引き付けるのは任せろ。派手に暴れさせる」


「戦艦バリスクがこちらに向かっています。エレン中将が、何もなしに島宇宙の反対側からここに派遣されるはずがありません。バリスクが到着する前に、敵戦力を削れるだけ削りたいです」

「同感だ」

「やはり、サボさんは、ブレーメンの発電所に残ったのですな」

「発電所の所長だったのだ。立場は同じだが、今は下が全部軍人だろ、どぎまぎしていると本人から報告を受けた」

「ブレーメンの発電所は、敵に狙われます。中将、サボさんをお願いします」

「そうしたいが、ぎりぎりまで持ち場を離れてくれないだろうな。こちらも痛しかゆしでな、もしもの時は、早めに戦艦ノースをここに降ろしてくれ。そこで説得する」

「よろしくお願いします」



 4日目 0700時 パラス自転2回目の未明


 ケレス陸戦軍総鑑ハウイ少将は、地上に展開した兵の交代と増員を指示した。地上軍の半数の進撃許可が下りたのだ。昨日は、地上軍を急展開させたので、装備が不十分だった。それに、どこの小惑星もそうだが、地面の小さな埃のような砂は、トゲトゲしていて、防護服や装備を侵食する。ハウイ少将は、パラスの砂がどのくらい装備に侵食するのか確認しておきたい。それで、昨日の部隊をさがらせた。昨日は、ブレイクホールの東端まで進軍できた。船外活動がどれぐらいできるのか情報待ち。



 バーム軍は、3日間、外で活動できると知っている。防護服を着た人自体は、それ以上活動できるが、機材のメンテナンスをしないとパラスの砂で傷んでしまう。パラスの昼は、110°夜は-170°まで下がる。この温度差の中で、砂を遮断する良いパッキン素材が開発されていない。その為、継ぎ目をできるだけなくしているのだが、例えば、使用中の砲塔の穴や可動部は、そうはいかない。

 イオン粒子砲のように、空気を放出しながら動かせばよいという兵士もいるが、携帯性などを考えると現実的ではない。現在は、防護服と同じファイバータイプの断熱素材を使いっている。しかし機材は重い。人と比べて、早めのメンテナンスが必要である。


 なので、どうしても、回転させるように兵を前線に送るしかない。だから、バーム軍は、8000人の地上兵をフルに活用できない。対して、大量の予備兵がいるケレス軍は、現場に1万動員していいと言ったら、フルに1万人使ってよいことになる。


 この格差を埋めるには、地上部隊のメンテナンス機能がある揚陸艦を破壊すればよい。そこまでできなくても、無力化できれば、敵は機能不全に陥ることになる。ケレス軍が、簡易コロニーの本陣を作るのは、その不測の事態に備えるためだ。


 バックナー大佐の望みは、ブレイクホールに進軍した6艘の揚陸艦を全部破壊することだ。しかし、それは、とても困難なことである。敵は護衛に中型戦艦を4艘つけている。それに、相手の揚陸艦は、いざとなったら宇宙空間に逃げることができる。


 それで、今回は、一番脅威である、キャタピラ付きの揚陸艦2艘に狙いを定めることにした。バックナーの見立てでは、反重力ホバリングして移動する駆逐艦より、キャタピラで移動すできる揚陸艦の方が、防御が強力だと判断した。キャタピラ移動は、自艦のエンジンに負担を掛けない。上部のバリヤーは、既存の揚陸艦の20%増しの出力を出せるだろう。


 現在キャタピラ付き揚陸艦は、ブレイクホール沿岸を時計回りと反時計回りに進軍している。1艘なら穴側から、地上すれすれに主砲を連弾すれば、破壊か無力化できるだろう。しかし、一度に2艘攻撃することは難しい。そこで、この作戦のために、ダニエル中将より、3基目の移動砲台を借りることにした。現在戦場にある移動砲台2基は、キャタピラ付き揚陸艦と正面から対峙している。ブレーメンの地上軍には相当無理をしてもらわないといけないが、揚陸艦を2艘同時に無力化する作戦をダニエル中将に許可してもらった。バーム軍にとって、ここが、正念場になった。


 プラークレーターは、4.5Km距離を置くと地平線のかなたに隠れることができる。クレーターの平野部は、緩やかなすり鉢状をしている。昨日移動砲台は、ディープホールの中間地点より1Km吐出したところで止まった。当然、自爆時の逃げ場として、ディープホール沿いを移動している。現在、キャタピラ付きの揚陸艦は視認できないので、この移動砲台より4.5Km以遠の地平の彼方にいることになる。ディープホールの直径は12Kmなので、ちょうど東端に並行したどこかにいるのだろう。これをディープホールの淵まで、引きずり出すのが、地上軍の役目である。



 揚陸艦に主砲はない。しかしとても守りの堅い艦である。上面だけだが、強力なバリヤーがあり、地上部隊を敵の至近まで連れていくことができる。ドックは、後方にあり、そこから、ブレッド隊や重装甲車や戦車が出てくる。上部甲板には、浮遊砲台や、輸送ポッドがあり、地上兵を強襲兵として、敵陣に送ったり、その反対に窮地にある味方を乗せて引き揚げたりできる。


 ケレス軍は、昨日出兵した兵士を下がらせ、新たな兵を戦場に送っているところだ。偶々だが、新たな兵を前線に送るため揚陸艦が、移動砲台の前に現れた。


 ダニエル中将は、早朝、バックナー大佐から、こう、お願いされていた。

「プラークレーターの平野は、すり鉢状になっているので、出力は落ちますが、少し大地をえぐるように撃てば、敵の弱点をつけます。しかし、これでは、1艘無力化するのがやっとです。ですから、どちらか片方をディープホールの淵までおびき出してもらえませんか。そうすれば、直接攻撃ができる」


 揚陸艦は、メンテナンス船でもある。こちらが押されれば、ポジションを変えて、自然と前に出てくるだろうが、わざわざ大きな穴の淵にその身をさらすはずがない。元々、そんなことをしたら、ファイターの標的にされると知っているからだ。「だか、そう想定しているのは、ファイターだけだ。何とかしよう」と、請け負った。


 また、面倒なことを押し付けてきよったわい


 そう、思うが懐かしい。ダニエル中将は、10年前金星のスペースコロニーノアで、兵器開発の任についていた。その懐刀のような部下が、バックナー、オーエン、リチャードである。オーエンは、自分より年上。退役できるのに特務となって自分から離れない。我々4人は、この事態になることを知っていたからだ。あのとき、バックナーは、スペースコロニーアクエリアスで、ケレスの兵器開発部と接して、ケレスが、島宇宙を掌握しに出てくると自分に報告していた。4人で、戦略を対抗策を対抗兵器のアイデアを練ったものだ。


 アクエリアス崩壊後、島宇宙方面の司令官となったダニエルは、島宇宙軍の予算が、あまりに少ないことに愕然とする。バーム軍本部(地球)からとても遠方なので、裁量の自由はあるのだが、これでは、兵器開発ができない。そこで、スクラップ同然だったプラズマ砲を移動砲台につけたり、月しか使っていないアバターシステムを導入したりと、低予算でできる限りのことをした。周りには、良い骨董趣味ですなと言われたが、ケレスの脅威を知らんのかと心で思いながら、「年寄りの最後の楽しみです」と、話を合わせた。おかげで、自分たちが開発した兵器のほとんどがここにある。兵器開発が得意なリチャード、現場判断ができるオーエン、戦略を練れるバックナー、それをすべて把握できる自分と、当時の4人が全員そろった。リチャードのおかげで、イオン粒子砲は、126%の出力が出せるようになっている。移動砲台で、敵兵力の分散もできた。すべて、10年前から練っていたものだ。


 ダニエル中将は、リチャード少将とオーエン特務を呼んで、バックナーの要望を伝えた。


「リチャード、オーエン、来たか」


 リチャードは、渋々隠し持っていたウィスキーを持参した。思いっきり腰を曲げてウィスキーを差し出した。

「ダニエル中将、ご希望のブツです」

 リチャード少将は、優男で学者風の男だ。白衣を着ている方が似合いそうな面長で白い顔をしているが、この、ウィスキーばかりは、惜しいとみえて、顔が真っ赤になった。


「なんだ?希望しとらんぞ」


 「えっ!」っと、オーエン特務を見るとにやにやしている。


「少将どの、せっかく持参されたのですから、この打ち合わせで、ふるまってはいかがですかな」


「オーエン!」


「なんだ、オーエンの策略か。リチャード、勉強代だ。ウィスキーを飲ませてくれんか」


「中将が、そう、仰るのなら」

 結局ダニエル中将にウィスキーを渡してしまった。渡さなかったら、オーエン特務に飲ませなくて済んだのにと、またまた、悔しがる。オーエン特務は、階級は違えど同僚で、上でも下でもない相手。リチャード少将は、オーエンのおかげで、部下に上官風を吹かしたことがない。感謝していい、相手だし、歳から言ったら大先輩なのだが、その気になれない。


「今日は、軽口をたたき合わんのだな、関心関心。今日二人を呼んだのは、バックナーが、また、無理難題を言ってきたからだ」


「バックナーのやつ。中将に甘えよって」

「懐かしいな、いつものことだろ」


「知っての通り、戦艦バリスクが、こちらに向かっとる。島宇宙の反対側から派遣されて来るのだ。相当の策があるに違いない」

「いやな予感がします」

「わたしもです」


「イオリ君が、バリスクの戦艦魔導士ノクターンなら、9Gまでスピードを上げることができるだろうと言っていた」

「では、戦艦バリスクの到着は、3日後で」

 リチャード中将も、オーエン特務と同じ考え。難しい顔をして右目を吊り上げて腕組みした。


「バリスクの対策も大事だが、今の敵は、まだ、我々より多い。戦力を削る方が先決だ。月駐留軍が1日半遅れてここに到着することになった。今の戦力に、バリスクまで加わった敵の相手を1日半もしなくてはいけない。揚陸艦を強襲しよう」


「同感です」

 リチャード少将は、意気込んだが、オーエン特務は、バックナー大佐の意図を察したようだ。

「それでは、バックナーのやつ。我々に揚陸艦をディープホールの淵まで、おびき出してくれと言ってきたのですな」


「これをまともにやったら、我が方は、全戦力をこの作戦に投入しなくてはならない。オーエンは、そう、言いたいのだろ。リチャード、プローブドロイドで空中に浮くのは何体ある」


「100体です。まさか、囮に使うのですか」


「そう、いやな顔をするな。兵士が死ぬより良いだろう。それで、空いているアバタースーツセットは、いくつある」


「移動砲台の砲撃手に使っていますし、その予備も必要です。60といったところでしょうか」


「3基目の移動砲台も作戦に使いたいそうだ」


「では、40。無理して50といったところです」


「うむ、50か。悪くない。急いで、手配してくれ。悪いのだが、自爆するときは、派手になるよう頼む」


「今、手配させます」

 リチャード少将はそう言ってコムリンクで指示を出しだした。



「ターゲットは、揚陸艦の浮遊砲台ですか」

「出てこなかったら引きずり出す。浮遊砲台を逃げられないように、じわじわ落としていったら、揚陸艦が自ら迎えに来る。だから、浮遊砲台をデイープホール外縁までおびき出ための人員が必要なだけだ。後は、今日の戦況による」


「たぶん全軍必要になります。今、現場に出しているプロープドロイドより入電。敵は1万を地上に展開させました」


「来たか!!」


「慌てるな。指揮は、私が執る。オーエン、3基目の移動砲台を任せる。これで、おびき出した揚陸艦をエバンジェリンと落とせ。作戦の要だ。リチャード、プロープドロイドの指揮を頼む」

「了解です」

「了解です」

 (了解は、金星式)


「オーエンは、まだ時間がある。中国軍の曹大佐を呼んでくれ。反時計回りの敵軍に対して、横撃をしてもらう。もう一艘の駆逐艦の攻撃も、少し助けてやろう」

「了解しました」


 オーエン特務は、曹大佐を呼び、リチャードは、ダニエル中将と作戦の詳細を煮詰めた。

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