第20話 ローラ

 今回出番のないグレン少佐は、眩しそうにソーサーを撫でていた。そこに、まさかの、女ソーサー乗りがやってきてグレンに声をかけた。

「私のソーサーがそんなに気に入った」

「これ、君のなのか」

「そうよ、これから出撃よ」


「君が?これで?」

 グレンは、信じられないという顔をした。

「だってこれ、PK787だぞ」


「そう、それも、シリアルナンバー777よ」

「頼むからこれで出撃するのは、止めてくれ。いくら金を払ってもいい。代わりのソーサーで出撃してくれ」

「あら、女だてらに、出撃するのか?って言わないのね」

「いや、君も心配だ。どうしても、これで行くというのなら、オレも連れて行ってくれ。おれは、4年もPK787の限定モデルを探していたんだ。これを売ってくれ」

「死んでも知らないわよ。これから行くのは、最前線よ」

「なおさらだ、これと心中できるんなら、本望だ」


「あなた、何て名前? 私は、ローラよ」

「グレンだ」

「グレン、負けたわ。後ろに乗ってちょうだい。銃は使える?」

「使えるが目立ちたくない」

「じゃあ、刀は? あなた細いから、斧は大変そう」

「使えないが、持っているだけなら。それで、さっきの交渉は?」

「どうしようかしら。この戦闘が終わってから考えてもいい?」

「そうしてくれ」


 淡々と話すローラに、熱いグレン。パワーグラビトンが、バイク戦にまぎれることになった。





 ローラは、ソーサー隊で浮いた存在だ。体力は無く、華奢で細いのに、誰よりもソーサーをうまく乗りこなす。見た目は、守ってやりたくなるようなスイートな容姿なのに、ソーサーに乗ると誰より強い。それは、体力がなくてもソーサーは乗りこなすことができることを実証したようなものなのだが、この隊で女は、ローラだけ。ほかの女性隊員が来ても、ローラに負けたと感想を述べてほかの隊に転勤していく。

 上は、ローラに中隊長になれというが、一隊員がいいと小隊に属さなくてよい立場を要求。リベラルな立場でソーサー隊に籍を置いている。


「おいローラ、なんだその後ろの細いのは」


「私の愛人」

「おいおい、いいのか」

「グレンは黙って」


「なんだって」 

 ソーサー隊の連中は、みんなローラに惚れている。グレンは、嫉妬の目で見られることになった。


「あの人たちは、私を家庭に縛り付けて、朝食を作らせたいだけよ」

「おれは?」

「PK787がわかる人。グレンが後ろに乗っていてもしっくりくるもの」


「ローラ、これから前戦だぞ、そんな奴、降ろせ」

「実戦で、二人乗りはないだろ」

「部外者が。消えろ」

 ソーサー隊の仲間は、口々にローラを説得しだしたが、ローラはそれを簡単に振り払った。


「中隊長いいですよね」


「かまわん」

 今の中隊長は、ローラより格下。ローラに中隊長の立場を譲ってもらったと思っている。

「ローラは、リベロだ。好きにするといい」

 つまり、ここのソーサー隊は、40人出撃と言われれば、41人出撃することになる。


「畜生、グレンだったか、後で話があるからな」

「いいぞ(おれは、しあわせものだ)」

 グレンは、帰還後ソーサー隊のローラ親派に囲まるることになる。だが、現在グレンは、PK787に乗っているだけで、もう、天にも昇る気分になっていた。


 ローラは、腰まである栗色の髪。今は、束ねて防護服の中に納まっている。大きな瞳に、いつも微笑んでいるような、柔らかい唇。それなのに、グレンは、PK787から目を離さない。ローラは、グレンのそんなところを気に入った。それに、細いのに周りより高い身長を気にしていたローラにとって、グレンは、華奢な感じだがさらに高く、自分のソーサーに乗せても合うと思った。


 グレンは、格好つけのやたらに長い刀をどうしたものかと思案中。こんなの、抜けるのかと、試していた。

「あなたのリーチなら抜けるわ」

「うわ、ぎりぎり。こんなの使える奴いるのか」

「ここにね」

「手が届かないだろ」

「ソーサーにセットしているのよ」

「おれが使っていいのか」

「レーザー砲を使うわ」

 それなりに打ち合わせができたところで、出発となった。グレンは、刀を背中にしょった。


 ソーサーの反重力エンジンがフワーーーーンと響く。

 フーン、シュ、シュ、シュ、シュ、シュシュッと、一斉にソーサーが出撃した。ローラは、グレンとの打ち合わせでちょっと出遅れて、最後尾に。グレンにとって、ソーサーの大移動が見えるポジションに、大満足した。


「接触モードを使って。そのほうが、声が、鮮明よ」

「了解」

 すごい、重心移動もぴったり

 ローラは、グレンの反応に満足した。


「そういえば、あなたの所属を聞いていなかったけど」

「ファイター隊だよ。今日は非番にさせられた」

「あら、ご愁傷さま」

「おれは、地球人なんだが、最初、月のドックに入隊させられて、その次が、火星の警備隊。やっとバーム軍だよ」

「苦労したのね」

「そうでもないけど、先輩が、何でも屋なんだ。その人の背中を追っていたんだが、いまだに追いつける気がしない。その人の拠点が火星だったから、無理やり、火星に転勤したんだ」

 先輩とは、ゴウのことだ。


「私は、月人よ。だから、こんなに細いの」

「じゃあ、パワースーツをずっと着ていたんだ」

「そうよ、じゃないと骨がもろくなるのよ」

「やっぱり、慣性加速G耐性は、3Gまでか」

「6Gよ。私は、ソーサー乗りなのよ」

「すごいな」

 月の人間は、普通3Gまでしか耐えられない。だから、バーム軍の標準速度は、3G。

 Gとは、宇宙船を加速したときかかる重力のこと。1Gは、地球の重力。



 そんな話をしているうちに、地平線に朝日が上がってきた。パラスの自転は、8時間。きょう二度目の朝日。


「ちょっと聞いていいか」

 そろそろ移動砲台が見えてきたのだが、今回の作戦は、この移動砲台を通り越して戦闘する。移動砲台は、敵の手りゅう弾で、断続的に攻撃され、爆炎が光り、その灰が、霧のように移動砲台を覆っていた。

「いいわよ」

「PK787をどうやって手に入れた。いや、そもそも、なんで、これを実践に使っている」

「相性がいいからよ。重心移動がしっくりくるのよ」

「永久ローリング方式か。やっぱりそんなにすごいんだ」


 フフッ、今は、前を向いて運転しなくっちぃけないけど、たぶんグレンの目って、キラキラに光っているわね

「今、乗っているんだから実感あるでしょ。戦闘になったらもっと、それを感じることができる」

「すごいな」

「この子は、私に求婚した人が、無理して購入したの。婚約指輪の代わりよ」

「じゃあローラは、夫帯者なんだ」

「結婚する前に、ソーサーの事故で死んだわ。私よりソーサーと結婚したかったのよ」

「すまん、いらんことを聞いた」

「いいわ、こんな話をしたの初めて。ちょっと、肩の荷が下りたわ」


「そうだ、トップバウンドを練習しない」

「あれか、本当にできるんだ」

 ソーサーは、反重力機関で推進しているため、空も飛べる。しかし、ホバリングでもしていない限り、真上に飛び上がるなど不可能だ。それを実現したのが、PK787。全方向360°重心移動ができる787ならではの技。


「今のスピードだと、前方角30°ってところ」

「いいぞ」

 ローラが機首を持ち上げた。

「私の重心移動に合わせるのよ」

 PK787は、重心移動が助手席にも波及する。


 バヒューーーン

 ものすごく跳ねた。

「なれたら、ロウバウンドもできるのよ」

「重心移動が全方向だからな」

 二人は、戦場を俯瞰した。


「あれを見て。あの、ブレッド隊。私たちのほうに向かっているわ。みんな聞いた」

「ラジャー」

「ラジャー」

「ラジャー」

 中隊長の指示に対する敬礼より早く返事が来た。ブレッド隊は、後ろに巨大な槍とも盾と大剣ともつかない武器を持った歩兵を乗せていた。

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