第18話 テレパシー攻撃

 ブレーメンに駐留している陸上部隊が出発した後、ダニエル中将と、バックナー大佐には、悪いニュースが入ってきた。援軍の月駐留軍が、「到着が、1日半遅れる」と、言ってきた。


 バーム軍月方面の副司令官で、今回の援軍を指揮するブルース・マッキントッシュ中将は、パラス進軍日程を大幅に後らされた。唯一の不幸中の幸いは、サテ航路に向かった、自分の上官である月司令官エドワード・パーカー率いるバーム地球方面主力軍に、被害が及ばなかったことだ。ブルース中将は、バーム軍の戦艦の半分を保全している月のドックを預かっている。そのブルース中将が出し抜かれた。


 月の文化は、他の惑星やコロニーとは違った発展の仕方をした。どこの世界より、バーチャル空間の環境が発達した。


 その訳は、月のコロニー建設を人力でやるには、技術的に危険すぎる時期に、もう、本格的な建設をやり始めことに起因する。


 月の主要な初期のコロニーは、ほとんど、アバターロボットによって建設された。アバターロボットは、人が遠隔操作するロボットだ。環境ポットの中にアバタースーツを着て入り、ロボットの視界を受信して月で建設作業をしていた。環境ポットは、その現実に稼働しているロボットの環境を使用者に感じさせる機材だ。そのため、月駐留軍の主要艦には、その伝統が残っており、危険な環境での作業は、アバターロボットが作業する。エンジンルームの一部や艦外の修理作業などがそうで、艦備え付けの環境ポットからロボットに指示していた。


 戦艦の主要エンジンは、電気式のパルスエンジンで、イオン放射を推力に進む。この電気の発電は、どの艦も核融合炉が使われている。これだけなら、全部人の手で操作できる環境が作れるのだが、初期のパルスエンジンは、長距離には強かったが、爆発的な加速力がなかったため、初速を得るのに時間がかかった。そのため、最初は、核融合爆発を推進力にしていた。このエンジンは、ガンゾが開発したプラズマエンジンの原型である。これはとても大きなものだし、放射能汚染の危険性があるものなので、人がエンジンルームに入るのは至難なエンジンである。この巨大エンジンの1/100の大きさを作って初めて実用化されるようなものなのだが、戦艦は、もともと巨大だ。これがあると、巨大戦艦なのに、急加速できるという利点がある。環境問題は、アバターロボットを使えばよいと、月駐留軍の主要艦には、全部ついているエンジンだった。


 このアバターロボットのイントラネットにワームを入れられた。それも主要艦3艦同時に攻撃された。


 もともと、アバターシステムは、地球から月にいるロボットを操作をするために開発されたシステムで、通信で使用するものである。しかし、戦艦は、セキュリティがきつく、外部通信とは遮断された内部のみの環境で使われていた。なので、主要艦3艦同時にアバターロボットがダウンすることなどあり得ない。それに、システム攻撃対策など、基礎の基礎で、対策しているのが当たり前である。なのに、アバターロボットは、全部停止した。まさかのことが、現実に起きてしまった。考えられるのは、出撃前に、3艦のイントラネットにワームを入れられていたことだけだ。


 最初、エンジンルームのアバターロボットがダウンしたとき、システム自体が汚染されているなど、ブルース中将は、考えもしなかった。しかし、全主要艦から、その障害が起きたことを知らされて、ただ事ではないと、システム管理をしている航宇長を呼び、さらに化学分析班のシステムエンジニアと、開発部のソフト開発班を呼んでシステムを調べさせた。そこで、不具合が見つかったと、報告を受けた。


 航宇事態は、日程通り航宇できるのだが、もし、敵の目の前で、別の不具合が起きたら、戦争にならない。味方艦は、旗艦とホットラインでつながっている。ここで、すべてのシステムを洗いなおさないと、全滅する恐れすらある。月駐留軍は、不具合発覚後、慣性加速度をバーム軍標準の3Gから、1Gに落として24時間進軍することになった。この時点で、パラス到着が、1日遅れると決まった。


 1日経ちシステムのメンテナンスを終えて、分かったことは、システムに不具合が、ある、ということだけだ。それなのに、1日かけて洗いなおしたのに、どこが悪いのか、どこにも不具合が見つからなかった。しかし、現にアバターロボットがダウンしている。予備のアバターロボットを使って、エンジンルームのアバターロボットを調べさせたが、不具合はないと回答。そして、今まで止まっていたロボットは、いつの間にか動くようになっていた。航宇長は、「止まったロボットは使えないが、控えのアバターロボットが使えるのだから、それで予定通り航宇しましょうと」と、言ってきた。航宇長の言うことも一理あるが、ブルース中将は、「原因が究明できていない不安は、大きすぎる」と、進軍を決断できなかった。



 この、月駐留軍に起きたアバターロボットの不具合の話は、当然ジョン元帥にも伝わっている。ジョンは、「ブルースの判断が正しい」と、ダニエル中将とバックナー大佐に、「もう少し頑張ってくれ」と、連絡した。バックナー大佐と、ダニエル中将は、窮地に落とされることになる。



 さて、この問題を解決したのは、軍首脳部でもなければ、システムのスペシャリストでもない。たまたま、月駐留軍旗艦である、戦艦ライトスカイに乗艦していたアカデミーの学生である。

 敵には、ノクターンという魔法使いがいる。彼の名前の由来になったノクターンという宇宙の宝石を使うと、その通信音を聞いただけで眠らされてしまうという驚異の魔法ウエポンの持ち主である。戦闘中に、これをやられたら、なす術もなく負けることだろう。だがこの、ノクターンには、対策がある。それは、覚醒効果のある、あゆみベーカリーのパンで、アカデミーの学生たちは、全軍に、このパンを配っていた。学生たちが、戦艦ライトスカイにもパンを配っている最中に、出撃になってしまい、途中まで、同乗することになった。それというのも、この艦隊の目的地である小惑星パラスの近くに、パンの製造元があるフォンファンがあるからだ。ここに元帥もいる。学生たちは、フォンファンで、直接、あゆみベーカリーのパンを仕入れて、一番配るのが遅れている地球駐留本軍に、パンを持って帰ることになっていた。


 アカデミー学生、コリンズとグレイスは、ペアを組んで、アバターロボットの研修を受けていた。二人は、交互にアバタースーツを着てバーチャルの中だけで動くロボットを操作していた。空いたほうが、環境ポットの操作をする。


 アバタースーツと環境ポットは、バーチャルゲームで流行り、一世を風靡したが、2万人余りのプレーヤーが失踪するという大事件が起きて、一部の研究所と、開発元の月以外では使われなくなったものだ。アカデミーの学生は、月出身者以外、使用した者はいない。せっかく乗艦しているので、レクチャーを受けている最中だった。


「これ、飽きちゃうな。本物のロボットを動かすとか、バーチャルだけなら、せめて対戦ゲームがやりたいよ」

「対戦ゲームってアバターロボットのことでしょう。だめよ、このシステムのバーチャルゲームは、禁止なんだから」

 グレイスは、環境ポットを操作中。対戦ゲーム「アバターロボット」は、このシステムを流行らせた最初のゲーム。

「グレイスなんだか眠くなっけきた。システムをOFFしてよ」

「作業の途中で?月の施設を建築中なんでしょ。」

「もう、無理。頼むよ」

「仕方ないわね。ちょっと待って許可をもらうから。・・あれ?コムリンクが使えない。教官に聞いてくるから待っててね」

 コリンズは、この教科過程が、面白く無いと訴えたことになるのだが、悪びれない。現在、艦のイントラネットは使用中止。グレイスは、教官のもとに走ることになった。

「本物のロボット動かしたいって言ってよ」

「教官に怒られても知らないからー」


 しかし、グレイスが教官のところに行くと、エンジンルームのアバターロボットがダウンするという、前代未聞の不具合が起きていて、グレイスは、教官にまともに話を聞いてもらえなかった。

「悪いが、このデーターチップをソフト開発部に持って行ってくれないか。緊急を要する事態なんだ」

「ラジャー」

 艦のイントラネットが使えない状態。グレイスは、コリンズの話そっちのけで、航宇部教官の指示に従った。


 1時間後、研修用に使っていた予備の環境ポットに帰ってみると、案の定コリンズは、環境ポットの中で、アバタースーツを着たまま寝ていた。

「コリンズ、コリンズ起きてよ。アバターシステムがダウンしちゃっているじゃない。再起動してからシステムをOFFしないと、私も一緒に怒られるでしょ」

「う~んごめん。それで、教官は何て言ってた」

「それどころじゃなかったわよ」


 グレイスは、戦艦の、それも旗艦で起きたアバターロボットの不具合の話を興奮しながら、コリンズに話した。コリンズは、その話を聞いて、当たり前でしょと、グレイスに言い返した。

「みんな、ぼくみたいに寝ていたんじゃない。ただのシステムダウンだよ」

「旗艦3艦全艦で?エンジンルームで稼働しているアバターロボットは3体よ。全部で9体。一度にそんなこと起きるはずないじゃない。それに、システムを調べた人全員が、異常が見つかったって報告したのよ」


「魔女と魔導士がいっぱいいたらできるよ。テレパシーで、そう思い込ませればいいんだよ。催眠術とは違うけど、テレパシーを使って操縦者を眠らすことだってできるよ。艦隊に戦艦魔女や戦艦魔導士がいたらできないけどね」

「できるの?」

「ぼくは、金星出身なんだ。金星の魔女は、もっと強力だよ。たまたま、叔母にそういう人がいるんだ。叔母っていっても、ぼくより10歳上なだけだよ。お姉ちゃんって言わないと怒るんだ」

「わかったわ。私は月出身よ。この艦隊の旗艦の人はみんなそう。急にそんな話をしても、教官に信じてもらえない。私たちでそれを検証するのよ」

「どうやって?」

「イントラネットのハッキング。そっちは、私の得意分野だから」

「それこそ、教官に怒られない?」

「艦隊の一大事なんだからいいの」


 二人は、それこそ、艦隊の命運を左右するようなことを始めてしまった。実際ケレスの諜報部員が艦内に潜入しても、システムのハッキングなどできるものではない。二人は、ハッキングに成功し、今回の事件を検証して、事件を解決したが、フォンファンに向かうことは、許されなかった。今回、アカデミーの生徒は、戦闘に参加しないことになっていた。事件を解決した褒美というわけではないが、この二人は、ブルース中将直々の特例許可が下りてしまった。


 グレイスが行ったハッキングは、月の人間ならではのやり方だ。アバターシステムの中では、仮想の環境ポットを出すことができる。元々、艦内の環境ポットは、繋がっている。練習用でも、1台使えるのなら、別の環境ポットのパスワードを見破り過去ログにアクセスして検証すればよい。こう言うと、簡単そうだが、今は、非常時である。グレイスは、何層にもかかったセキュリティを破り、最終的には、メインシステムのファイヤーウォールまで破って過去ログにアクセスした。気づいた航宇部のシステムメンテナンスをしている大尉が、保安部にハッキング元を捜査させた。その時には、もう二人は、テレパシーによる攻撃だったことを突き止めた後だった。二人とも貫徹しており、不具合から1日半経とうとしていた。


 航宇長は、カンカンになって二人を怒った。だからと言って二人に、営倉行を命じなかった。それどころか、ブルース中将に、二人がしたことを許してくださいと申し込んだ。ブルース中将は、「いいから二人を連れて来い」と、航宇長に命じた。


 コリンズとグレイスは、しゅんとなって、ブルース中将の前で誠意っぱいの敬礼をした。


 ブルース中将は、出身が、特殊部隊で、特に科学分析班が長かった。本人は、体術や銃器の戦闘任務を得意としていたので、先行特殊部隊に行きたかったが、当時のトップ、フェラーリ元帥に許してもらえなかった。だから、二人の前に現れたブルース中将は、筋肉隆々で、今でも、現役の特殊部隊が務まるのではないかという体格をしていた。もう一つ言うと、声がでかい。二人は、もう、びくびくして、とても落ち着かない状態になっていた。二人を心配してついてきたアバターロボットの教官も顔をしかめるしかない。


「来たか。コリンズ、グレイス。敬礼は!」


「サー・イエッサー」

 二人は、教官が今まで見たこともないぐらい、きれいな敬礼をした。


「ふむ、事情は聴いた。コリンズ、答えろ。君の叔母がいれば、今回のような事件は起きないのだな。パラス艦隊には君の叔母がいる。我々は、パラスに行けば、テレパシー攻撃に対して安全になる。そうか?」


「ソウデアリマス」

 うわーコリンズったらガチガチと、思うグレイス。


「グレイス。貴官の配属希望は、航海士だったな」


「そうです」


「ふー、あきらめろ。貴官の配属先は、特殊科学分析班だ」


「なっ!!! 何故でありますか」


「私と一緒のことをしたからだ。私も戦艦のファイヤーウォールを破ってしまってね。行きたかった特殊先行部隊には配属されなかった。まあ、あきらめろ」


「あの!」


「グレイス、敬礼は?」


「サー・イエッサー」

 グレイスは、ブルース中将の大きな声に、つい、敬礼してイェッサーと答えてしまった。


「そう、悪いことではないぞ。最後は、中将になれる。心配するな、友達をつけてやる。コリンズ、お前も特殊科学分析班に行け。特に魔法ウェポンを研究しろ」


「エッ」


「コリンズ、敬礼は?」


「サー・イエッサー」


「おめでとう。二人とも今日から少尉待遇だ。アカデミーを卒業したら、月のドックに来い。ただし、少尉待遇になったのだ。パラスまでついてこい。広瀬中将には、私から連絡しておく。以上、帰ってよし」


 二人は、頭の中が真っ白で、気が付いたら、ブルース中将のオフィスを出ていた。


「あなたの叔母さんって、伊藤イオリさん?」

「そうだよ。ぼく、伊藤コリンズじゃない」

「いつも、コリンズ・伊藤って言ってたから、ぴんと来なかったじゃない」


「二人とも、おめでとう」

 教官にそういわれてもピンとこない。


「そう・・」

「・・ですかね!」


「とにかく、航海長に報告だ。お咎め無かったんだから良かったに決まっているだろ」


 この事件で、月駐留軍のパラス到着は。1日半遅れることになった。それは、ブレーメンにとって、とてもきわどいタイミングになった。

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