第17話 地上戦幕開け

 3日目同時刻

 この、クリストファー中将の揚陸艦による強襲作戦と同時に、キリル提督は、地上に本営を築くべく、この広大なクレーターの中心部にある、更にへこんだところを目指していた。実際は、これより近い位置に本営を築きたいのだが、敵ファイターの攻撃が届いてしまう。ここから、陣を作りながら敵本陣に近づくしかなかった。


 これに対して、バーム軍は、もう、この中央のクレーター東側に、地上部隊を展開して待っていた。キリル提督は、敵陣より更に離れた、ブレーメンの反対側。クレーターの東端側に降りるしかなかった。


「これでは、子供の使いではないか」

 作戦に使っていた大きな卓状のディスプレイをたたくキリル提督。そこに戦艦キーサルのブライン・ジョンソン中将より「その場所でいい」と、連絡があった。ブライン中将が乗艦している戦艦キーサルは、探査戦艦である。キリル提督がいる場所は、鉱床だけでなく、氷鉱床もあることを探査していた。「ここに拠点を築きつつ、前進されよ」と、長期戦を視野に入れた話をされた。


 キリル提督は、我々が持っている時間には限りがあるのだぞと言いたいところをこらえてブライン中将に同意した。



 プラークレーター

 ジャガイモ型で、八角形に近い小惑星パラスにある巨大クレーターは、経緯45°付近に存在する。直径200Km、深さは、浅いところで300M。深いところで、8Kmある。深いところは、このクレーターの中心部で、実際に隕石が食い込んだところである。



 地上戦の主力になるのが、黄金虫のようなずんぐりした戦車で、防御が強力なのが特徴だ。戦車は、上空から狙われやすい。なので、上空に対してとても強力なバリヤーを張っている。そうして地上を這うように進むので、ファイターにやられにくい。それは、敵も一緒なので、地上戦は、空中戦と分けて考えることになる。


 地上戦の要になるのが、3Dレーダーである。パラスには空気がない。空気がないので見晴らしは良いのだが、距離感がつかめない。視認だけでは進めないという枷がある。


 この、プラークレーターには、真ん中あたりに、ブレイクホールと言われるとても深い穴が広がっている。戦車が落ちたら、這い上がるのは至難であろう。このブレイクホール東側の淵に、バーム軍に陣地を作られてしまった。それも、2個所も作っていた。中心部の深い穴は、地上戦で考えると、とても広い穴でもある。だから自分たちも、敵に邪魔されずに、陣地を作れそうなものであるが、そう言う出来そうな場所は、上空からだけでなく、穴側からも攻めることが出来る場所で、下からファイターに、攻められてしまう。戦車は、上部は、とても強力なバリヤーを張っているが、側面や下部は、さほどではない。ましてや戦艦を停泊させるなど良い標的になるだけだ。キリル提督が、ここに強制着陸しなかった理由である。


「まず、あの、穴の近くにあるファイターの中継基地を落とさんことには、話にならん。妙案のある者はおらんか」


 キリル提督の呼びかけに作戦参謀のマーレイ・エッジ少将が、一戦して、データーを取らせてほしいと申し出た。


「まず一戦させてください。敵のパワーグラビトンが、ブレイクホールにある中継基地にいるかもしれませんが、まず、この穴や付近の詳細データーを取らないことには作戦が立てれません。詳細地図を作りながら進軍するしかありません」


「もっともだ。地上部隊を今すぐ展開させろ。ついでに、ファイターも飛ばしてみろ。あの、紅蓮とかいうコードネームのファイターが出てきたら引き返してかまわん。それを恥と思うなと、パイロットに伝えろ」

「イエッサー」


 地上に降りた2機のバージから通算12機もの戦車が出て来た。揚陸艦2艘を6機で囲んでの大部隊である。今回は、前進を意図していない。歩兵団は、揚陸艦の中で、待機を命じられた。


 揚陸艦は、キャタピラを展開。動く要塞として、その威容を誇る。


「ブレイクホールを中心に、二手に分かれて、戦場の詳細な地図を作製せよ」

 キリル提督直々の指示がこの戦車大隊に降りた。揚陸艦は、穴の外縁目指して動き出した。


 プラークレーター外縁部に停泊した探査戦艦キーサルのブライン中将の元に3Dスキャンされた映像がどんどん送られてくる。それを宇宙空間からスキャンした3Dデータと照合。詳細な3D地図を作成していく。そのデーターは、すぐさま、全軍にフィードバックされた。これで、地図が作成されたところは、セーフティが掛けられ、ブレイクホールに落ちくことはないだろう。


 続いて、ファイター2小隊が発進。前回敵の発進が20機だったため、真っ向勝負をしようじゃないかという意図で敵を挑発。敵がこれに乗ってきたら、パワーグラビトンは出てこない。




 バーム軍のファイター隊は、一昨日の勝利で士気が上がっていた。敵の挑発に乗って、真っ向勝負を挑む。ダニエル中将としては、自粛してもらいたかったのだが、兵士の指揮も大事だ。渋々これを許可した。今回、グレンの出番はない。


 ダニエル中将は、それよりも、陸上を移動すると思っていなかった敵揚陸艦に戦慄していた。あれが、本部の真ん中に降りていたらと思うと、ぞっとしない。そう思いながらも、初めての島宇宙での陸戦に高揚を隠せなかった。こちらには、プラズマ砲がある。重量が重くて戦艦に積めなかった旧式とはいえ、移動砲台になっており、地上戦においては、猛威を振るうであろう。敵の揚陸艦ほど、動きが軽いものではないが、こちらも動く要塞だ。3機の内2基をこの、ディープホールに投入した。ただし、この旧式のプラズマ砲は、核融合炉のセーフティが弱い。この砲塔がやられる時は、派手に爆発してしまう。搭乗員はおらず、バーチャルでの操作になる。旧式なのに、初めての実践。不測の事態に弱いのが弱点だ。それで、乗員ゼロの所を今回、手動操作のできる乗員を3名乗せた。主に移動を担当。脱出ポッドからの操作になる。砲撃手は、爆発すると脱出に間に合わないので、バーチャルになる。


 プラズマ砲は、レーザー砲と違いエネルギー射出型の大砲。高速化されたプラズマを射出するいわば、実弾型である。旧式の為、9GPしかないが、一基に付き3門あり、十分敵の脅威になるだろう。ただし、次弾注入に時間がかかる。対策として、3門を同時に打たないで、順に打つしかない。現代の砲から考えるに、一門の射出展開と考えるのが妥当。


「プラズマ砲台出撃。ディープホール外縁を進め」

 脱出ポッドは、ディープホール側に脱出する。


 この指示に対して、現場のファイター指揮官が注意を勧告。

「ファイターに警告、プラズマ砲台に、1Km以上近づくな。爆発したら、巻き込まれるぞ」

 20機のファイターから、一斉に「ラジャー」と、返事が返ってきた。




 ケレス揚陸艦、総鑑ハウイ・ウイング・グラート少将は、なかなか、現場に出てこない事務的な上級士官の代表のように周り士官からは思われていた。いつも、提督や、参謀がいる旗艦から指示を出してくる。

 ところが、この、ハウイ少将が、ディープホールに対して反時計回りに移動する駆逐艦ナターニエルに乗艦してきたとき、艦橋の若手士官達は、戦慄を覚えて総鑑を迎え入れた。それというのも、陸戦部隊の士官や軍曹、古株の小隊長に至るまで、ハウイ少将を出迎えて、最敬礼したからだ。当然その部下たちもそうなった。ハウイ少将は、現場出身で、士官仕事に慣れるのに時間がかかった人だ。上官のケレス軍最古参、バベル大将に、無茶な人事を言われて、遅咲きの超出世組に組む込まれてしまった。今日、実戦になり、戦場に復帰した形になった。揚陸艦の若手士官たちは、ハウイ少将の前進を知り、とても勇気づけられることになる。


「全員、気を抜くな。敵に、揚陸艦相当の巨大な移動砲台を確認した。現在、国の兵器開発部に、この砲台の詳細を問い合わせ中だ。わしが見るに、旧式のプラズマ砲であろう。向こうの砲撃を受けるときは、上面のバリヤーを使うように。ポーラにもそう伝えろ」

 ポーラとは、もう一台出撃した揚陸艦の名前。


「イェッサー」

 ハラ艦長が嬉しそうに返事をした。彼は、ハウイの部下だった男だ。ハウイ、ハラ部隊が演習に出たら、他の隊は、そこを避けたほどだ。ハウイ小将は、嬉しそうにハラ艦長の肩をたたいた。お互いに無理な人事をバベル大将から押し付けられたが、何とかやってきた。久々の、現場での対面であった。


 しかし、ハウイ中将は、ハラ艦長と旧交を温める暇はなかった。なぜなら、まだ、ディープホールには、相当の距離があるにもかかわらず、敵がプラズマ砲を撃ってきたからだ。このプラズマ砲は、ド級戦艦用に開発されていたもので、射程距離がとても長い。地平線に揚陸艦が見えた途端、撃ってきた。


「出力は?」

「7GPです」


「まずいな、戦車部隊を下がらせろ。本艦と、ポーラだけで、地形探査だ」

「総鑑、戦車は、8GPまで耐えられます」


「ハラ、お前の青臭い答えを久々に聞いたぞ。あれは旧式だ、これから出力が上がる。地平線に顔を出したのは、わしらの艦だけだ。今なら、戦車部隊は、無傷で、次の作戦に使える」

「我々だけで、あの移動砲台を葬れということですな。早速、陸戦の猛者たちを呼びます」

「そうだ、それが活路だ」


 上空では、ファイター戦が始まった。ハウイ少将は、陸戦部隊が詰めている揚陸艦後方の倉庫に出向いて、現場に指示をした。それは、バーム軍の移動砲台にとっては、驚異の作戦となった。



 ケレス軍には、反重力推進をするバイク型のブレットがある。二人乗りで、とても高速に移動する。バーム軍のソーサーと2分する性能を誇る。ソーサーと性能比較すると、アーリーブレットは、スピードこそソーサーの追随を許さないが、細かな動きが苦手だ。宇宙空間では、細かな動きを想定しなくてはいけない戦闘が少なかったので、そういう開発になった。今回の地上戦は、そういった開発コンセプトが、どちらの軍が正しかったかを図る機会になる。


 この、ブレッドで、敵移動砲台に近づき、直接時限爆弾をひっつけるという作戦だ。乗員3名しかいないバーム軍の移動砲台は、対処できない。バーム軍陸戦前線基地指揮官は、敵の駆逐艦から、ブレッドが続々と出てきたので、青ざめてダニエル中将に報告することになった。




 移動砲台は、宇宙戦艦並みに外皮が厚い。それも旧式なので、標準の3メートルを遥かに超えた4.5メートルもの厚みがある。天井に強力なバリーヤーが展開していて、ファイター対策もできている砲台だが、人の手で、時限爆弾を設置されるとは想定していない。何せ、爆発したら、そんなことをした歩兵など、爆発に巻き込まれて命がないからだ。しかし、ケレスの歩兵部隊は、命知らずである。その作戦をいとも簡単に実行してきた。装甲が厚いため、すぐにどうこうということはないが、このままではじり貧だ。現場で判断できなくなり、ダニエル中将に指示を仰いできた。


 今回、陸上の現場指示をするオウエン特務は、対強制揚陸作戦でイオン粒子法を使っているリチャード小将に貸している。ダニエル中将自ら、陸戦部隊に出向いて作戦指示を与えることになった。


「ソサー部隊は、全員集まったか?これは緊急を要する作戦である。まず、プラズマ砲を攻撃している敵を無視して、移動砲台より1Km以上敵側に進行する。敵のブレットは、知っての通り、細かな動きが苦手だ。そこで、敵をせん滅しろ。貴官らの出撃と同時に戦車部隊も応援に行かせるが、足が遅い。戦車部隊の応援は、ないものと想定してくれ。くれぐれも、敵揚陸艦の主砲には当たるなよ」

 守らなくてはいけない味方の移動砲台より1Km以上敵側に進行するのは、プラズマ砲が爆発した時、逃げ切れないためである。


 ソーサー隊員が、笑って中将に答えた。たぶん混戦になる。敵は主砲を撃ってこないだろう。ダニエル中将のジョークに、笑いがこぼれる。


「ミーティングは以上だ。何か質問はあるか」


「敵の時限爆弾は、電磁石式でしょう。我々にも通用するのでは?」


「あれは、地上に落ちると電磁効果がOFFになる。そうでないと、自分たちも危ないからだ。指示がおおざっぱで済まんが、避けろ。避けきれんかったら、ソーサーから飛び降りろ。そのあとは徒歩で帰ることになるがな」


 また、ソーサー部隊から笑いがこぼれた。彼らも、ケレスのブレット部隊同様荒くれ者である。


 ケレス軍は、80ものブレッドを移動砲台に投入してきた。バームも同じ数だけソーサーを投入。ここでも、ファイター同様、勝敗は、機材の性能と操作をする人間の力量で決まることになった。


「ブレッドが二人乗りなのに、プラズマ砲まで来ているのは、1人だけだ。すまん、我々は、敵の歩兵部隊の展開が、把握できていない。実際に注意するのは、歩兵部隊だ。移動砲台は、すぐにはやられん。想定外のことが起こったら引いていいぞ。作戦を変えないといかんからな」


「ラジャー」


 地上戦の幕開けである。

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