第16話 主砲戦

 3日目

 クリストファー中将は、中型戦艦の数を倍に増やした。駆逐艦のバリヤーは、100GPなら、一度は耐える。敵の主砲は強力だが、1門しかない。揚陸艦の降下にかかる時間をそれで稼げると試算した。

 キリル提督は、この作戦に合わせて、地上部隊を所定の位置に降下させ、展開させることにした。地上戦は、苛烈を極めるとシュミュレーションされている。

「クリストファー中将の作戦が成功することを祈る」

 キリル提督は、クリストファー中将に期待と共に本作戦を成功させてくれとエールを送った。そのうえで、本作戦のかなめである揚陸艦に二人で激を送った。揚陸作戦の兵士は、キリル提督と、クリストファー中将の檄で士気がとても高い状態になった。


 ケレス軍の旗艦には、戦艦魔女や魔導士が必ず1名乗っている。クリストファー中将は、ハイアーチャーの戦艦魔女シェバに、あの金星の戦艦エバンジェリンの魔女をテレパシーで捉えることが出来たかと、作戦前に聞いたが、良い返事をもらえなかった。相手は、アイテムを使わないで、テレパシーブロックを行っている魔女で、残念ながら、自分より格上だと告げられただけだった。

 テレパシーブロックのアイテムは、ネクロの2ndレプリカ。

 また、あの奇襲を受けたくはなかったが、降下作戦に使えなくなった中型艦に、それを守らせることにして作戦を実行することにした。護岸の不安は残るものの、この作戦が最速だ。早い決着は、味方の被害の少なさに直結する。作戦の変更は、されなかった。


 宇宙の宝石ネクロの2ndレプリカは、テレパシー遮断に使うアイテム。同じものを敵の魔女が使っていれば、他の旗艦に乗艦している魔女と共闘して、テレパシーブロックを破ることが出来るが、使っていない魔女に対しては、効果がない。



 ブレーメンでは、昨日に引き続き特大の警報が鳴り響いた。レーダーには、敵戦力の大半が映されていた。


「何だこの数は!」


 司令部では騒然となったが、ダニエル中将は動じない。

「来たか、オーエン、ここは任せたぞ。リチャードに引き継がせろ」

「ラジャー」

 自身は、地上部の特設作戦本部に走った。リチャード少将が来たときブレーメン上空は、敵で埋め尽くされていた。


「特務、中将は何と言っていた」

「はっ、昨日は、100%で対応したが、今日は、フル出力で良いと言っておられました」

「なるほど、手柄は、自分になるな」

「中将は、少将の隠し持っておられるウィスキーで手を打つそうです」

「クッ、いつの間にそれを、分かった。その時は、私も相伴にあずからせていただきたいと言ってくれ」

「心得ました」


「全員聞いたか、敵の度肝を抜いてやれ」

 司令部は、とても忙しくなった。




 ケレス軍は、ブレーメン降下作戦に、駆逐艦12、強制揚陸艦4、その、駆逐艦を守るルーツイア4をこの作戦に導入していた。駆逐艦は、強制揚陸艦の護衛もそうだが、地上と崖側壁の高射砲をつぶす役割もある。


 降下作戦では、駆逐艦4艘がルーツイアを一度守り、ルーツイアが強制揚陸艦を2度入れ替わりながら守るいという作戦である。駆逐艦4艘が、側壁の高射砲に対峙し、残りの4艘が、宇宙からの奇襲に備えることになる。この奇襲防御の4艘は、揚陸艦護衛の予備でもある。先行している艦が、揚陸艦を守れなくなったときに、交代することになっている。


「敵主砲の再装填の時間は短い、バリヤーが弱くなった艦は速やかに後続の艦と入れ替わるように。絶対ここでは、命を落とすな」

 宇宙空間の戦闘は死と隣り合わせである。


 ケレス軍揚陸作戦部隊は、ここがパラス航路における戦闘の山場だと、作戦開始の合図を息をひそめて待った。


「全艦所定の位置についたな、作戦開始!」

 クリストファー中将が、作戦開始の指示をした。これは、ここに持ってきた戦力の1/3を投入した作戦である。


 惑星パラスにある巨大クレーターは、天頂方向に対して、北緯36°辺りに位置する。北極星に対置て約45°平面を向けている。


 この面に対して、ブレーメンの裏側で、隊形を整えつつケレス軍が進軍してきた。



 リチャード副司令官が、ブレーメン発電所の回路を開けと指示した。それを受けた所長のサボは、軍人に囲まれて、なんとなく肩身が狭い思いをしながら、部下になった軍人さんたちに、回路を開いて下さいと指示した。


 リチャード中将は、敵の布陣を見て、どの艦から落とせば効率良いか思案した。

「なるほど、あの、楯役の宇宙艇だけでは追いつかないとみて、中型戦艦も導入したな。一番簡単なのは、揚陸艦の守りに入っている中型戦艦だが、地上戦に対する布石の方が大事だ。揚陸艦を王手に見立てるぞ。どうせ、バックナーがバリヤーの弱くなった中型艦を狙う。揚陸艦を落とすことだけ考えろ」


 今日の戦闘をバックナーと打ち合わせをしたとき、殲滅ではなく掃討をやりたいと言っていた。彼我の戦力差から言ってもそれが現実的だ。削れる戦力は、とことん削る。


「まず、100%の出力で、盾になっているつもりの中型艦にどいてもらう。次に120%にして、盾役の宇宙艇を落とせ。100%2発でバリヤーが消失したのだ。一挙にバリヤーを焼失させることができるだろう。盾役の宇宙艇や、中型艦の深追いはするなよ。確実に揚陸艦の数を減らせ」


 小将も、ダニエル中将と一緒で、長期戦を見据えている。地上戦が劣勢になった時の憂いは、今、取り除いておきたいと思う。


「まず、先頭の中型艦だ」

「ラジャー。イオン粒子砲出力100%、発射します」

「発射!」


「敵中型戦艦、後方に退いて行きます。もう、盾役の宇宙艇が出てきました」

「中型艦と宇宙艇が交代ごうたいで出てくるのだろう。敵は、ローリング作戦だ。まだ100%でいいぞ。もっと敵を引き付けろ」

「出力100%に、なりました」

 ブレーメンの発電所の電力も使っている。昨日より早い充電。

「発射!」


 案の定、宇宙艇は、1発貰っただけで、後方にさがった。そして、中型戦艦がまた先頭にくる。


「まだ100%だぞ、地上に近づくほど降下スピードは落ちる」


 主砲の法撃手は、120%なら敵を落とせると直感していたが、胃をきりきり痛めながら、敵を落とせる出力の指示が出るまで、辛抱強く打ちまくった。




 ケレス軍降下作戦本部のあるハイアーチャーの艦橋で、クリストファー中将は、順調な滑り出しに、少し肩の力を抜いた。このまま推移すれば、4の内3艘の揚陸艦は、敵本部の真っただ中に降下することが出来る。軍の発電所を破壊するのは難しいが、本部を急襲できれば同じことだ。主砲は沈黙する。

 作戦参謀が、作戦の推移を口頭してきた。


「クリストファー中将、駆逐艦4艘とも、後衛に回りました。後衛と交代させますか」


「そうしてくれ。だが、ルーツイアが消耗しない限り、盾役への投入はしなくて良い。予定通り、最初は、2艘同時に揚陸艦を降下させろ。1艘やられても、1艘は敵陣に突っ込むことが出来る。まだ高度もあるのだ。やられた方は、断崖の裏に軟着陸するよう厳命しろ。最初なら距離もある、生還出来るぞ。もう、救護艦をその付近に待機させてかまわん。キリル提督が、そろそろ動き出すころだ、敵の注意をこちらに集中させろ」

 これが今できる最上策である。



 現在昨日と同じように、側壁と、地上の高射砲により、盾役をしている敵宇宙艇のバリヤー出力を削っている最中である。それも敵の揚陸艦は、盾役の宇宙艇に守られながら、一度に2艘も降下しているので、空一面、高射砲の光で埋め尽くされている状態だ。しかし、さすがにこれでは、防衛線を突破される。リチャード副司令官が、出力120%を許可した。


「120%だ。盾役の宇宙艇を落とせ。二艘共だ。その爆炎で、敵の動きが止まる」


 やっと出力120%で撃てる。砲撃手は、破壊された宇宙艇の乗組員が助からないと思いながらも、口角を上げて返事をしてしまった。

「ラジャー」


「発射!」

「発射」


 ドヒューーーーーン

 高射砲の光が、ただの火花に見える。今までより太い光の柱が、ブレーメンから立った。




 ケレス側、クリストファー中将がいるハイアーチャーの艦橋は、騒然となった。

「ルーツイア1大破です」


「何だと!!!」

 クリストファー中将は、信じられないという表情で、オープンパネルを見た。

 これでは、乗員は助からない


「ルーツイア2より入電。先ほどの敵主砲の出力は、120GP。繰り返します120GPです」


「奴らめ、実力を隠していたな。揚陸艦を下がらせろ。これでは勝てん」


 しかし、無情にも、すぐ2発目が撃たれた。これに対して、ルーツイア2は、全く逃げようとしなかった。逃げれば、揚陸艦が破壊されてしまう。ルーツイアは、自分が守っていた揚陸艦を見送って果てた。


「バカ者」

 クリストファー中将は、そうは言ったが、心で、ルーツイア2にお礼を言った。地上作戦が佳境になれば、必要になるのは揚陸部隊である。揚陸艦2艘は無事引き返すことに成功した。


「クリストファー中将。敵主力艦と思われる巨大戦艦が、急速に接近してきます」


「来たか。揚陸艦を守りながら撤退するぞ。球型防衛陣。隙を見せるな」


 中型戦艦が、外側をぐるりと囲んで、球型に旗艦と揚陸艦を防衛する。




 バックナー大佐は、この、一見隙のないように見える球型防衛陣に穴があることを知っていた。その穴が、どこにあるのかも、大体見当がつく。これは、戦闘が始まる前から、他のド級戦艦と打ち合わせしていたことだった。


 したがって、敵の鼻先に急停止できる自分のエバンジェリンが敵球型防衛陣に穴をあけ、その穴に他の2艘が主砲を撃ち込むことになる。

 戦艦エバンジャリンに乗っている戦艦魔女のイオリは、艦内乗員全員の重力負荷を強力に軽減できる。エバンジェリンは、敵の鼻先に、いきなり姿を現すことができるのだ。


 戦艦エバンジェリンの艦長、ゴワンズ少将が指示を飛ばす。

「防衛陣が出来上がってからでいいぞ。速度を落とせ。ノースと黄光には、本艦が攻撃した3分後に、敵防衛陣の中心に主砲を打ち込むよう速度調整をしてもらえ。向こうさんも優秀だろうが、こちらの演算結果も参考にしてもらえ」

「了解。こちらの演算結果を送ります」


 3艘の艦橋には、ブレーメンから、敵の動きの詳細が逐一送られてきていた。ブレーメンの主砲で、バリヤーが弱っている中型艦は、バックナーの予測通り天頂方向に集まっている。その予測に合わせてノースと黄光は、北斗星を背中に敵めがけて高速移動しているところだ。この2艘には戦艦魔女が乗っていないので、急減速できない。タイミングがとても大事なことになる。


 バリヤーが弱っている敵駆逐艦上部のバリヤーは健在である。自然とこの形になる。天底方向にパラスがあり、ブレーメンのイオン粒子砲が、ケレス艦隊を狙っている。無重力地帯に天も床もないので艦を逆さにしての防衛陣も考えられるが、惑星効果の都合上、底部の方が物理的に丈夫にできている。それに艦橋は、上部にある。船底に穴をあけられても、戦線に復帰しやすい構造になっているからである。


「イオリ、向こうさんのアシスタントは、どんな感じだ」


「シェバさん? 私たちがいる方向は、だいたい分かるみたい。でも、自分たちが引き返そうとしている方角の反対方向だし、とっても、遠いって感じているわ。急接近している敵艦がいると言いながら、まだ相当遠いって、クリストファーさんに言ったみたい」


「だろうな。マスメンタルじゃなくても、同じようなやり方はできる。直方接近されると魔女も距離感がつかめないと、言うことだろ」


「女性は、そう言うの苦手なだけです」


 こういうちょっとしたことが、命取りになる

 

「アリスお姉さまには、効かないですよー」


「こら、心を読むな」


「だめです。シェバさんに、バーム軍全体の軍師だってばれますよ」


「仕方ない」


 イオリは只今、テレパシーブロックを強化している。これには、共感覚という副効果があり、現在、バックナー大佐が考えていることは、イオリに筒抜けである。バックナーに、テレパシーはないから、イオリの考えていることは、分からない。イオリは只今26才。娘ぐらいの魔女に心を全部読まれているのは、こそばゆいものである。


「我々が言う、水晶体隊形か。せめてハイアーチャーが、天頂側にいるべきだったな」

 バックナーは、何も艦橋の士官たちに、作戦の解説をしているわけではない。考えていることを口に出している方が、こそばゆくないだけである。しかし、そのおかげで、艦橋の士官にとって、バックナーは、戦術の教科書のような人になっていた。自然と、作戦の理解が深まり、精度の高い動きをしてくれる。ここのクルーは、全員同郷の金星人である。


「直方侵攻されると光学測定もしにくい。そろそろ、急停止するぞ。イオリ、世話を焼くなよ」

 なぜかイオリが、急停止の重力を他の兵士より自分だけ余分に軽減するので、とても嫌がるバックナー。テレパシーブロックで、気持ちを入れていると自然とそうなると説明を受けても、中年の性(さが)で反発してしまう。


「急停止。敵の鼻先に出たら、天頂方向にいる惑星外縁方向の中型艦に集中攻撃。主砲3連用意」

 艦長のゴワンズ少将が、バックナー大佐の独り言にかぶって指示を出す。バックナー大佐は、ゴワンズ少将に全幅の信頼を置いている。打ち合わせも、とうに済ませているので指示を出したわけではない。ケレスの大将、中将クラスの人のように司令官ではないので、実際は気楽な人である。

 ところが、ここにいる士官や上級士官は、バックナーが金星のスペースコロニーノアで少将だったことを知っている人たちである。どうしても、司令官に見立ててしまう。それも、バックナーにとっては、こそばゆい。

 実践になると、艦長に任せて口出しをしないつもりでいるのだが、イオリが、それを許してくれない。よけい、そんな感じになってしまった。イオリは、金星でメアリー・バークマンやアリスバークマンと並ぶ魔女。現在は、バーム評議会議長のブルクハルトによって、バーム評議会議長付きの魔女になっている。その上、バーム軍では、ジョンによって元帥付きの魔女になっている。バックナーより立場が上。


 戦艦エバンジェリンは、敵の鼻先に急に現れた。


「発射!」





 クリストファー中将が、危惧していた事態が起こってしまった。自分たちが考えていたタイミングより、相当早いタイミングで、戦艦エバンジェリンが現れた。なんとか、球型防衛陣を張れたのは、戦艦魔女のシェバや、天体観測班の光学測量による努力の表れであると評価したいが、流石に敵に嫌なポイントを衝かれたので、黙ってしまった。


 敵の狙いは、我が方の駆逐艦か!戦力を削ぐのが狙いか!


 駆逐艦は、中型と小型がある。今回小回りの利く小型を主力にしたのが仇となった。小型駆逐艦のバリヤーは弱い。

 天頂方向に展開していた駆逐艦は、さっきまで、強制揚陸艦を守って最前線にいた。船底のバリヤー強度が無い上に上部出力が、側面のバリヤーを使っても52%しかない。そして、敵の2射目が命中してしまい、2艘も、そうなってしまった。


「当艦を守らせていたルーツイアを天頂方向に向かわせろ。ルーツイア5には、穴埋めに徹しろと言え」


 それは、2艘の駆逐艦を見捨てろという指示だ。駆逐艦ではなく、揚陸艦の陸戦部隊を守れという指示である。

 今回の作戦は、ケレス軍にとって、とても厳しいものになった。


「天頂方向より2艘の弩級艦、急接近してきます。・・と、2艘の駆逐艦から通信です」


「とにかく、主砲を撃ちまくれ。できるだけ、黄光を狙うのだぞ。2艦にわしの映像を送れ」

 クリストファー中将は、直立不動で最敬礼した。2艦の艦長も、同じ姿勢になる。


 貴様らの死を無駄にはせん


 予測されていたこととはいえ、敵艦のノースと黄光が主砲を撃ちながら現れた。それも天頂方向からだ。2艦の駆逐艦は、艦橋の直撃は免れたものの、下部の防御が、先の作戦で機能不全に陥っている為、脱出が間に合う者は、ほとんどいないという惨状だった。火の海の中で最敬礼の姿勢を崩さぬ2人の艦長の姿をクリストファー中将は、目に焼き付けた。乗員83名と82名。そのうち助かったのは、4名と4名。一瞬で、157名の犠牲を出してしまった。



 最初にこの宇域に現れた戦艦エバンジェリンは、これ以上の攻撃をせず、地上戦を始めた両軍の間に有る深いクレーターの深部に消えた。ブレーメンは、巨大クレータの西端にある。この巨大クレーターの中心には、更にとても深いクレーターがあり、そこに戦艦エバンジェリンは、姿を隠すことに成功した。

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