第8話 バックナー大佐
その後、ランドスルーでは、戦線が膠着している。チェコフ中将の遅々として進まないランドスルー探査に活を入れるべく、カイザー中将が、駆逐艦2艘に進撃を命じた。その2艘の内1艘は、敵に囲まれ、マリーン魚雷で、撃沈された。実際は、仕掛けられたマリーン魚雷トラップにはまってしまったのだが、指示された駆逐艦は、探査船イーサルほどの探査能力を持っていなかった。カイザー中将は、大破した駆逐艦の「敵に囲まれました」を素直に受け取ってしまった。ランドスルー探査は、イーサルに戻ることになり、石橋を石でたたくような探査戦に戻った。
しかし、別の宇域で、新たな戦端が開かれた。ベスタ航路とは、太陽をはさんで真逆に位置するパラス航路である。
パラス航路は、地球と火星にとって、半年後に主要航路になる。パラス航路と、ケレス連邦のサテ航路の間は、島宇宙の2/5もあり、開拓されていない宇域が最低でも1/4は、広がっていたはずでる。ここにケレス連邦が、光通信設備を大量に設置して、情報戦に優位な宇域を作ってしまった。軍の拠点はあるが、国民は、そこに入植していない。領宇宣言こそしていないが、ほぼ、ケレス連邦に取られたと思ってよかった。
だから、ケレス軍のパラス航路への進軍は、ベスタ航路と同様電撃なものとなる。
ベスタ航路は、小惑星ベスタが中心になる。小惑星ベスタは、アステロイドベルトで、3番目に大きな小惑星。ベスタは、鉱石資源の豊富な小惑星である。地盤がしっかりしており、島宇宙時代になれば、ケレスやパラス同様、中心的な役割を担う小惑星になるだろう。最初は、その通りで、開発が進んだ。ところが、ここは、島宇宙で一番開発が遅れた惑星となった。
ベスタ航路にも、水資源惑星が2つあるが、ベスタ大きな氷鉱床があるのであまり開発されていない。その近くの地下に、古いコロニーがあり、此処が、ベスタ航路の中心となる。他の水資源小惑星は、木星との中継ぎとなる。
小惑星ベスタを突破されると、ジョン元帥がいる本営に、ケレス軍が、肉薄することになる。ベスタにあるコロニーの名前は、ブレーメン。ここに、バーム軍と、中国宇宙軍が集結した。
バーム軍パラス方面司令官 ダニエル・ホールデン中将は、老齢で最古参。最後の閑職にベスタに赴任したつもりでいた。もうすぐ退役し、年金生活が待っていた。ところが、ベスタは、ケレス軍との雌雄を決する場所になってしまった。
最後のお務めだ
ダニエル中将は、自分の命をこの戦争にくれてやっても良いと、ため息を吐く。そこにバックナー大佐がやってきた。バックナー大佐は、金星のスペースコロニーノアで、長いこと閑職についていた。バックナーは、ダニエル中将の元部下であった。バックナー大佐は、懐かしさと緊張で、襟を正すようなしぐさをした。そうして、ダニエル中将の秘書官に導かれて、中将のオフィスに入った。
「バックナー大佐がいらっしゃいました」
「ダニエル中将、お久しぶりです」
バックナー大佐は、長いこと閑職に甘んじていたとは思えないほど、しゃきっとした敬礼をした。
「ごくろう、うん、大佐? 少将ではなかったかね」
「クリシュナ中将に、大佐になるなら、ここに来ていいと言われました」
「なるほど、いずれにしても、現場復帰おめでとう。貴官ほどの切れ者を 閑職に追いやるしかなかった私を許してくれ」
「とんでもないです。中将のおかげで、軍人を続けることが出来ました。自分には、アクエリアスコロニー崩壊の責任があります。シェーン少佐が、ケレスの研究員と金冠石の実験をすることを容認したのは自分です」
「シェーン少佐か、良い若者だったが、自分の力に溺れてしまうとはな。ゴウ少佐、いや、ゴウ君と呼ばないと怒るか。ゴウ君に詳細は聞いたよ。私は、君と逆で、中将にまで祭り上げられてしまった。実際は、島宇宙を転々とさせられた気分だがね」
ダニエル中将は、誰もやりたがらない島宇宙方面司令官を長年やっていた。そうしていた根っこは、バックナー大佐と同じで、アクエリアスコロニー崩壊の責任を取っていたつもりだった。
「とんでもないです。実績から言ったら、大将になっていても不思議ない」
「はは、君の評価は高かったのだな。なに、直に退役する身だ。好きに使ってくれたまえ」
「中将、1週間です。1週間耐えれば、ブルース中将が率いる月駐留軍が到着します」
「・・・地上戦をやれというのか」
「そうです、宇宙戦では、数で圧倒されてしまいます。1週間も、持たない。宇宙戦では、ゲリラ戦を仕掛けます。自分が敵を分散させて見せます。ブレーメンの星宇圏は、取らせません」
「1週間か・・・ここには、強力なイオン粒子砲がある。発電所をやられない限り、守りは固い。上空に敵を簡単には侵入させん」
「無理に突っ込んで、降下部隊を降ろすときは、自分が殲滅して見せます。それにグレン少佐を連れてきました。ファイターに対しても、守りは固いと思います。敵は、離れたところに降下して地上に兵を展開させるしかない」
グレン少佐は、パワーグラビトン。
「グレンか。地上は分かるが、宇宙でゲリラ戦と言っても、隠れるところは、少ないぞ」
「ですからタイミングが大事です。遠方から、加速を始めて、現場で急減速して現れる。幸い、パラス方面の光通信網は充実しています。高い精度で、敵の前に急に表れて見せます」
「成る程、ここの光通信は、最近設置されたばかりだ。敵は、驚くだろうな。分かった、地上は、任せてもらおう」
「もう一つよろいいですか。コロニーネビラを病院船にしたのですが、乗員が民間人の為、遠方に待機させるしかありません。ベスタのブレーメンから、搬送すると、とても時間が掛かってしまいます。負傷者救護の搬送は、精査しなくてはなりません」
バックナー大佐は、軍師である。どのぐらい敵味方が死ぬか、負傷兵が出るかを肌で感じることが出来る。
「激戦が予想されます。救える命は救いたい」
「ブレーメンに、病院がないわけではないが、そうしよう」
「負傷者の搬送は、ブルース中将の月駐留軍が来てからが望ましいですが、そうもいかないと思います。その時は指示してください。島宇宙での地上戦は、今回が初めてです。宇宙戦と違い、大量の負傷兵が出ると予想しています」
宇宙戦の場合は、死と隣り合わせである。負傷して助かるのは稀。
「バックナーは、救援でいいぞ。悪いが、駆逐艦を3艘置いて行ってくれ。こちらから出向くとしよう」
「自分も、3艘だと思います。よろしくお願いします。敵の負傷兵も助けられると思いますが、コロニーネビラに、光通信のホストコンピューターがあります。敵に位置を知られるわけにはいきません」
「聞いている」
「制作は、ガンゾです。アクエリアスコロニーの生き残りです」
「そうか、アクエリアスでは、多くの優秀な人材を無くした」
「はい・・」
「少し時間があるのだろ、今までどうしていた。コーヒーでも飲んでいかんか」
「ありがとうございます。10分だけ」
「昔から融通のきかん奴だ」
二人は、暫く、私的な時間を持つのであった。
バックナー大佐は、この後、ブレーメンにある民間の発電施設を見に行った。天然の鉱床を利用した施設で、とても守りが固いかと思われた。しかし、地上に大きな排気口があることに驚いた。バイオマス循環システムが、しっかりしていれば、敵に狙われえるような大きな排気口などないはずだ。発電所の所長に事情を聞いて、この施設が、とても古い施設だということが分かった。所長は、バックナーの指摘に慌てて軍にバリヤーの設置を依頼した。
この時、所長は、軍部の者が来たのに驚いていた。
「所長のサボ・エルコックです。軍部の方が視察されるなんて久しぶりです」
「バックナーです。民間人に被害を及ぼさないのは、宇宙協定で決まっている。だからと言って、主要施設を破壊しないとは、言っていない」
「ここは、コロニーの電力を賄っているのですよ。軍には、軍の発電施設があるでしょう」
「軍の施設はそうだが、今回、イオン粒子砲を多用することになる。だから、ここは、ケレスに狙われるぞ。砲撃長に聞いた。100%イオン粒子砲を使おうと思ったら、ここの電気も必要になる。そうでなかったら、出力は、80%に落ちてしまうそうではないか」
「その通りですが、その20%を狙って、ここに敵が来るのですか? ここを壊されたら、ブレーメンはどうなるのです」
「軍の発電施設から、供給することは約束する。そうか、そうなると、出力は、60%まで落ちてしまうか。まずいことになった」
「私は軍人ではないので、防衛のことはよくわかりませんが、ここは、天然の鉱床の下にありますから、とても守りが固いと思います」
「最初、私も、そう思った。しかし、地上に大きな排気口があるのを見て驚いた。あれでは、排気口から敵の侵入を許してしまうことになる。なぜあのような排気口がある」
「あれは、発電施設のものではなく、ここのバイオマスマス循環システムの排気口です。ブレーメンは、島宇宙では、もっとも古い小惑星型コロニーです。ケレス連邦のせいで、島宇宙の発展は、パラスではなく、ベスタ航路が中心となりました。ここは、島宇宙の片田舎です。施設は当時のまま使われています」
「いつの時代だ。分かった、今回の戦争が終わったら、新調するように進言しよう。だから協力してくれ。ここを、敵に落とさす訳にはいかん」
「同感です」
「まず、排気口が敵に見つからないようにカムフラージュしなくてはいけない。攻撃に備えてバリヤーの設置も必要だ。本官は、宇宙から、ブレーメンを守るので、もう出立しなくてはいけない。詳細は、ダニエル中将に直接話してくれないか。バックナーから言われたと言えば、早急に対処してくれる。とにかく急ぎだ、トップダウンしかない」
「中将に直接ですか!」
「サボさんだったか、心配するな、連絡しておく。すまん巻き込むことになった」
「いいえ、この施設は、我が家です。敵に破壊などさせません」
「古い施設なら、敵も詳細を知っているだろう。もしかしたら、ここが、最終防衛ラインになるかもしれん。軍部の者に操作を渡してブレーメンに避難してください」
「家族と職員は、そうします。ですが、わたしがいないと、発電所は、うまく稼働しません。癖がありますから」
「しかし!」
「なに、危なくなったら、真っ先に逃げます」
「頼みます」
バックナー大佐は、笑顔で答えるサボの顔を忘れることが出来なかった。いざとなったら、ここに来て、引っ張ってでも、退避させようと思う。バックナー大佐は、この後、中国宇宙軍と相談して、地上部隊を降ろして、パラス軍に組み込むために引き継ぎをさせた。そして、その足で、宇宙に飛び立った。敵が、もう、すぐそこまで来ていた。
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