第7話 情報戦の舞台

 地球近傍小惑星にエロスという小惑星がある。エロスは、火星と地球の間に位置していて、地球や火星と同じように太陽の周りを公転している。小惑星エロスは、月同様とても入植が早かった星だ。元々、スペースコロニーとは別に、小惑星を地盤としたコロニー開発のテストケースとして、ここにコロニーが建設されたのだが、宇宙時代に入り、火星に入植が進むと、エロスの宇宙における位置的価値は、非常に重要なものになった。今では、宇宙経済の中心的な役割を担っている。エロスには、地球のみならず、金星や、火星、ケレス連邦の銀行が、出店しており、それに次いで、証券会社や商社が軒を連ねている。

 ところが、一般の人に有名なのは、カジノである。宇宙時代のイベントは、ここが中心で、太陽風ヨットレースや宇宙艇レースなど多くのイベントが執り行われている。観光化し、何もない小惑星にカジノとそれに寄り添うように娯楽の殿堂ができた。ほとんどの人が小惑星エロスは、カジノで成り立っていると思っている。


 カジノを経営しているのは、金星の旧家バークマン家である。カジノは、金星の初代市長から譲り受けたものだが、バークマン家の本業は、セキュリティでカジノ経営ではない。そこで、カジノの権利を十一に分け、カジノを経営したい人に貸して操業させている。元締めのバークマンは、カジノの上前で儲けようとはせず、カジノの警備を所場代にするので、経営者から喜ばれた。そのおかげでカジノは、ますます盛んになっていった。


 カジノの一番奥には、バーラウンジがある。食事もここでできるので、カジノの休憩所のようになっていた。そのバーラウンジのさらに奥に、ほとんど客が座らないバーカウンターがある。ここに、やり手経営者ザンパがいる。ザンパの祖先は、フランス人。洒落た格好をしているし、冴えたことを言って従業員を引き付ける。ところが、ほとんどは、酔っぱらっていて、うらぶれたフランス人でいる。周りは、ザンパがどういう人か知っているので、あきれ顔だ。それは、そうなのだが、うらぶれたフランス人でいる時の方が、話しやすいので、みんな良しとしている。ただ、度を越えると、すぐ絡んでくる。結構厄介な人だ。


 このバーカウンターには、専用のバーテンダーがいる。アンは、神秘的なムードを持ったフランス系黒人の絶世の美女。ザンパの共同経営者でもある。ザンパは、アンがいるだけで機嫌がいい。ただ、従業員もなかなか見ることが出来ない。そのアンがバーカウンターに出てきた。


「アン、どうした!」

 ザンパは、アンがカウンターに出て来て嬉しいくせに、とりあえず強気発言をする。


「懐かしい人が来たのよ。とびっきりのワイン出すわね」

「バルゴか」

 バルゴは、島宇宙のバルゴコロニーで取れるエメラルドワイン。


「来たわよ」

 そう言ってザンパをバーラウンジの方に向かせた。


 その男は、身長が高くて、四角い顔をしているのに、ニコニコしながらやってきた。


「フランケン!」と、両手を広げる。

「はは、相変わらずだな」

 二人は、ガシッと抱き合った。そして、アンと、カウンター越しに抱き合う。


「このやろ、今頃来やがって」

「仕方ないじゃない。諜報部なのよ。招待客には、バームの人もいたのよ」

「そんなの、みんな知ってるさ。今更だろ」

 ザンパとアンは、最近結婚した。遠く離れていても、バーチャルで参加できるのに、フランケンは、招待客の中で、唯一来なかった人だ。


「すまない。戦争が始まった」


「なんだって」

「なんですって!」


「一応、その予感はしていただろ。暫くの間、ここが、ケレスとバームの情報戦の場所になる。すねに傷があるんだ、ザンパも気を付けろ」

「お互い様だろ」


 アンが、バルゴを出しながら、知り合いの心配をした。

「マーク達、巻き込まれないといいけど」


「マークか、どうしている。マークが巻き込まれると、師範も巻き込まれるから心配だ」

 師範とは、マークの相棒アランのことだ。アランは、宮本流剣術の師範。フランケンは、宮本流の門下生。


「レオコロニーだ。これから、炎の遺跡を探査するそうだ」


「レオコロニーか。ジョン元帥がいるところだな。アリスもそこか」

 アリスは、アランの姉。


「そうだぞ。マークは、ちゃんと遺跡探査が出来ないだろ。アリスに鍛えられているところさ」


「まずいな、オレ達は、アリスに救われた。遺跡泥棒がばれたのに、金星から逃がしてくれたんだ」

「まあな」

「アリスは、私達の気持ちが分かるのよ」


「もうすぐニュースになると思うが、エロス標準時で3日前にベスタ航路の、エゴラスコロニーと水資源惑星ミラが、陥落した。指揮したのは、エレン・オルフ中将だ。エレン中将は、その足で、惑星パラスに向かった。パラスが落ちると、ジョン元帥がいるレオコロニーに肉薄するぞ。マークは、なんでも屋だから中立なのは分かっているが、アリスは、エレン中将に狙われる」


「フランケンを助けたのに? アリスも中立よ」

「力がありすぎるんだろ。アリスは、以前からエレン中将の息のかかった兵器開発部の奴らに追っかけられていた」

「そうだ。私を救った件で、オース元帥が、皇帝の権限をつかい、アリスの擁護を示唆した。普通のケレス国民なら、これでアリスに対する態度は改善されるのだが、エレン中将は、自分の都合のよいように拡大解釈してしまうからね。アリスに、くれぐれも、戦場には近づくなと言ってくれ」


「アリスなら大丈夫だろ。ネクロを持ってる。時空間移動するんだぞ、捕まるわけがない」

「相手は、あのエレン中将よ。心配だわ」

「とにかく言ってくれ、頼んだ」

「分かったわ。今日はゆっくりできるの?」

「オレ達を祝福してくれよ」


 三人は、バルゴで、乾杯した。



 ザンパとフランケンが世界情勢の話をし出した。アンは、アリスに、さっきの話をした。


 アンは、とても強力な魔女だ。テレパシーで、6パーセク離れているアリスに話しかけた。


「アリス、やっとフランケンが来てくれたわ」


 あまりザンパに飲ませてはだめよ。酔うと、ろくなことしないから


「それどころじゃないみたい。戦争が始まったってフランケンが教えてくれたのよ。二人で、世界情勢の難しい話をしているわ」


 戦争のことは聞いたわ。やっぱりエロスが情報戦の舞台になるの?


「ここには、ケレスの人も普通に来るから。それより聞いて、エレン中将が、パラスに向かったわ。あの人、アリスを狙っているみたい。気を付けてね。フランケンが、絶対戦場には近づくなって言ってたわ」


 以前からそうなのよ。何もできない癖に纏わりつかれて、いやみったらしいのよ。あっ、そうそう、ユーナスとミーシャが結婚するわ。私の目を通して、祝福してあげてね


 ミーシャとアンは、アリスを介して友達になっていた。アンは、アリスの紹介で、ケレス連邦のミホとも繋がっている。ミホは、ケエル総督のパートナー。魔法時代で言う神官級のとても強力な魔女。


「そうね、その時ミーシャに声をかけるわ。それじゃあ、みんな集まるのね。結婚式の時は、仮想空間に席を作ってほしいな。ニーナに、味覚のバリエーション増やしてって言ってね」


 言っとくね



 この時、エレン中将のことは、大した問題ではないと思われていた。



 ザンパは、フランケンにバーム側の諜報部員を紹介することになった。


「それじゃあ、表の顔を任されたんだ」


「顔がばれているのだから、それしかないだろ。バーム側の諜報部員を紹介してくれ。表の情報戦は、私がやる」


「地球の広報部だった奴が、ここに来ている。たぶんそいつが、バーム側の窓口だ。なぜかオレの店のラウンジに居座っているんだ。声をかけてみるよ。ありゃ、あそこにいるな。ちょっと待ってろ。デビット少佐?広報官だったかな。アカデミー校長の広瀬中将付きだった男だ。たぶんやり手だぞ」


「望むところだ。私の表向きの顔は、ケレス軍本部付き広報官だ。似たようなものさ」



 暫くして、デビット少佐を連れて来たザンパは、やっぱりやり手だったと、顔をゆがませていた。デビット少佐の方はニコニコ顔なのだが、眼光がニコニコしていない。アンなどは、他でやってと思う。


「ケレス軍本部付広報官だそうですな。地球方面広報官のデビットです」

 デビット少佐に握手を求められた。フランケンが、立ち上がり、デビットと握手する。フランケンは、身長が2メートルを超えている。デビットが、仰け反った。


「フランケンです。島宇宙生活が長いものですから、地球の文化には、とても興味があります。知り合いになれて光栄です」

 

「やっと、ザンパさんが、ケレスの人を紹介してくれました。こちらこそ光栄です」


 な、やり手だろ と、ザンパが右側の口角を下げる。


「ストロング少将のことはお悔やみ申し上げる。地球でも、好感度が高かったのですぞ」


「そうですか。少将が、一部の利権を求めた犯罪者によって暗殺されたとは認識していますが、そう言う温床が、地球にあるのではないかと危惧しています」


「手厳しいですな。ストロング少将が、旧火星軍の軍服を着ているのを見て、火星政府とのつながりを危惧している者もおります。ここは、早急に、意見交換をして和解したいところです」


「もっともです」


 二人とも、愛想笑いをしているが、もう、そんなものではない。ザンパとしては、平和を繋ぎたいので、珍しく奮発することになった。


「まあまあ、二人とも、せっかく知り合いになれたんだ、ここに座って乾杯いしようじゃないか。アン、バルゴは、まだ、有るか」

「あるわよ」

「それじゃあ、デビットさんにも頼む」

 奮発したわね

「分かったわ」


 三人は、表向き、和やかに乾杯した。アンは、バーテンダーに専念しているようにして、参加しなかった。たぶんこの二人、ずっとここに居座る気だ。あまりここに居たくないので、自分のサポートをするアルバイトを見つけなきゃあと思うアンだった。

 後に、ここには、女性誌の編集をしている芝が、居座るようになり、ザンパと酒癖のを悪さを競ったので、二人ともラウンジに追いやられた。アンは、芝の方が慣れている。その時は、とても気楽な気持ちになれた。


 このザンパのバーラウンジには、ケレス、バームともに、入れ代わり立ち代わりで、多くの諜報部員がひしめくことになる。アンのカウンターのアルバイトなど、その人たちが、喉から手が出るぐらい欲しいポジションだ。だが、アンは、普通の子を見つけて、それも、諜報部の人たちが手を出せないようにその子をプロテクトした。この子のことで、問題が起きそうになった時、フランケンとデビットは、アンに怒られて、部下に手を出すなと、厳命する騒ぎになったほどだった。


 だが、アンは、そんなことが有っても、いつもと変わらないザンパに信頼を寄せるのであった。

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