第4話 ランドスルーの戦い
電撃的に、ベスタ航路の主要拠点を占拠したケレスは、ベスタ航路の太陽側入り口に浮かんでいるジブリコロニーを落とすべく、ベスタ航路攻略に割いた戦力の大半をここに向かわせた。
ケレス側主要戦艦は、
大鑑巨砲戦艦 ハイベレオ
母艦 イソラ
探査型戦艦 イーサル
である。いずれも旗艦クラス、アストロイド級戦艦である。
アステロイド級は、全長600メートル強の戦艦。
この艦隊の提督は、ハイベレオのハンス・カイザー中将。強引に、戦局を押しまくることで有名だ。
ハンス中将が来たことで、ジブリコロニーに戦慄が走った。コロニーの破壊が目的だと判断したからだ。占拠目的に対してコロニーを守るだけなら堅いが、破壊となると、ケレスに分がある。
ただ、島宇宙方面司令官のワルター大将が、ジブリコロニーの守りは固いと言ったのは、戦力のことではない。実際、物理的にコロニーの外殻が硬いのだ。普通、スペースコロニーは、コロニー内の重力を保つために回転している。ところが、ジブリコロニーは回転していない。コロニーの外殻には、重力コイルが張り巡らされていて、この中を遺跡で発見された光燐水が水と共に回転して重力を発生している。この重力コイルが硬いのだ。
普通、スペースコロニーを破壊するのなら、回転体のドラム缶の横腹に穴をあければよい。それがかなわないのがジブリコロニーだ。そうなると敵は、コロニーの頭か尻を攻撃することになる。守る面積が、普通のスペースコロニーに比べて圧倒的に少ない。それが、ワルター大将の言う固い守りにつながっている。
ジブリコロニーによるバーム、ベスタ航路連合軍の主力戦艦は、
ジブリコロニー駐留軍旗艦 柴火
水資源惑星ミラ駐留軍 オクラハマ
エゴラスコロニー駐留軍 マルタ
である。こちらも、アステロイド級戦艦である。
ケレス連邦戦艦のように戦闘特化された戦艦ではなく、コロニー船をけん引していた牽引船だ。だからと言って、総出力や、主砲の強さは、最新式で、敵方に見劣りするものではない。
現在の総戦力は、3対5で、バーム軍が、圧倒的に不利である。ここに、チェン少将が率いる島宇宙軍が到着すれば、1対1それも、チェン少将が乗る旗艦オリオンの主砲は、ケレス軍の旗艦ハイベレオの主砲より強力だ。この情報は、敵方に漏れていない。しかし、その、チェン少将の来援より先に戦闘に入らなくては、チェン少将のジブリ到着が間に合わない。ベスタ航路バーム連合軍は、不利な戦闘をするしかなかった。
ランドスルーの戦い
太陽系の火星と木星の間にあるアステロイドベルトを島宇宙と呼んでいる。ここには、小惑星が、何十万とある。こう聞くと島宇宙には小惑星がひしめいているように聞こえるが、宇宙は広い。実際は、スカスカな状態だ。この島宇宙にできた火星と木星を行き来する大動脈は、5航路。火星と木星の周回場所によって、この5航路のなかで、主要航路が変わる。現在は、ケレス連邦の中を通過する2航路と、バームの領宇とケレスの領宇の間を走るベスタ航路が主要航路になる。バーム軍とは、地球、月、金星連合軍のことである
主要航路には、水資源惑星がある。だから、主要航路になったのである。
水資源惑星が、補給基地になっていて、ここを起点に島宇宙の資源を採掘、運搬する。テラホーマ中の火星もそうだが、木星の月ガニメデに、大きなコロニーができているので、コロニー運営に足りない物資が必要だ。島宇宙の資源は、コロニー運営に足りないものをおぎなってくれる。だから、主要航路は、宇宙開発をしている移民にとって生命線の様な所である。
火星は、基礎的なテラホーマを終え、生態系構築するという新たなテラホーマに踏み出した。それまで地球は、火星を植民星のように扱っていたが、火星が独立。宇宙開発は、島宇宙に移ることになった。しかし、ここには、先住民がいる。以前火星の独立戦争〔第一次宇宙戦争〕に敗れた火星自衛軍が、島宇宙最大の惑星ケレスにケレス連邦を建国。島宇宙の1/4を領有していた。
新たな宇宙開発時代に入り、島宇宙に進出する地球人。この宇宙開発のイニシアティブを争って、ケレスが、島宇宙の版図を広げようと打って出た。
この戦争でバーム軍が負けると、現在の主要航路、とくに起点となる水資源惑星や、宇宙船ドックがあるスペースコロニーを抑えられると地球人は、島宇宙進出、ひいては、その先の木星進出が困難になる。ケレス連邦のルールに従うことになり、何年も宇宙開発が遅れる。ケレス連邦から言わせれば、島宇宙に先に進出した我が国のルールに従った方が、宇宙開発が進むと言い返すだろう。問題は、島宇宙資源の利権ということになる。
ベスタ航路にあるバーム軍最後の拠点であるジブリコロニーは、火星側出口付近に浮かんでいる。そのジブリコロニーより3000万キロ島宇宙に入ったところに、小惑星デブリが密集するランドスルーがある。ここは、ベスタ航路最大の難所である。ここに、バームベスタ航路連合軍が陣取った。ケレス軍は、ランドスルーを迂回してジブリコロニーを攻めたいのだが、それでは、敵に体制を整える時間を与えてしまうことになる。ランドスルーで戦うのは必至なことであった。
火星周回軌道と木星周回軌道の最短距離は、2パーセク、3億キロである。ケレスにとられたエゴラスコロニーは、ベスタ航路の中間地点にある。バーム軍の持ち物だった水資源惑星ミラは、それより火星側に4000万キロ、それよりさらに5000万キロ火星側に移動したところにランドスルーがある。
最初、島宇宙は、小惑星が10万あっても、とても広く、スカスカな状態だと言ったが、ランドスルーは、その逆だ。全長500メートルから3キロメートルの小さな小惑星デブリが密集している。ここを超高速で抜けるのは困難である。だからといって、ケレス軍からすると、この近くをヘタに迂回すれば、ランドスルーを楯にした敵から横撃を食うことになる。ランドスルーに進軍するのはやぶさかでないが、全軍を一度に、この中に進めては、囲まれることになる。現在ケレス軍より数で劣るバーム軍にとって、少数の艦隊でも、十分戦える場所が、ランドスルーである。ここが、ベスタ航路を巡って雌雄を決する場所になった。
ジブリコロニー駐留軍司令官、キュロス中将は、この、ランドスルーの戦いに加わりたいのだが、ジブリコロニーを動けない。バーム軍の島宇宙での通信範囲は狭く、まだ、35%しか掌握していない。そのため、ケレス軍の別動隊が、ジブリに攻めて来ても、それが確実に分かるのは、サーチ出来る1000万キロメートル以内になる。敵がここまで近づかないと分からない。対して、ケレス軍は、島宇宙の70%を掌握。島宇宙の情報戦でバーム軍は、1歩も2歩も後れを取っていた。キュロス中将のジブリ軍が、下手にランドスルー側に進軍したら、敵は、その虚を突いてくる。だから、2割程度の兵力を増援に送っただけだった。
そんなわけで、ランドスルーでの、バーム軍艦隊の総戦力は少なく、提督は、水資源惑星ミラ駐留軍戦艦オクラハマに乗艦しているコウエン少将と、エゴラスコロニー駐留軍戦艦マルタに乗艦しているサイファス少将のツートップになる。二人は、望むところだと、ジョン元帥に言っていた。まさか、水資源惑星ミラの攻防で、戦力をそがれるとは思っていなかった。
ランドスルーに陣を張った2駐留軍艦隊は、斥候を放って、サーチ範囲を広げた。ケレス軍の進軍に、少し時間があるのを確認したサイファス少将は、水資源惑星ミラの工房攻防で大敗したコウエン少将のオクラハマに乗艦して、コウエン少将を慰労した。
「サイファス、すまん」
「敵の準備が、こちらの想定を上回っていたということだ。有るもので、戦うしかない。ここが決戦になると踏んでミラ駐留軍の戦力を削いだんだ。あれの準備は、できているか」
「地雷は、ケレス軍の進入路に設置済みだ。簡易のマリーンミサイル発射装置も全て設置した。こちらは、地雷ほど簡単には、サーチ出来ない。なんせ、作戦の目玉だからな」
「今頃、敵の斥候部隊が、地雷を躍起になってサーチしているだろう。ここに勝機がある」
マリーン魚雷は、自動追尾ミサイル。本艦から誘導することもできる。コウエンは、このマリーン魚雷を大量にランドスルーに設置していた。
「敵戦力は、我が方の3倍か、望むところだ」
「戦争は、始まったばかりだ。死ぬなよ」
「お互いにな」
親友の顔をじかに見れたのはいい。サイファスと、コウエンは、作戦開始を待つ間、参謀との打ち合わせに明け暮れた。
バーム軍の施設だった水資源惑星ミラを手中にしたケレス軍。その母艦イソラに乗艦しているエミール・ケンプ少将の元へ、大鑑巨砲戦艦ハイベレオに乗艦するハンス・カイザー中将が、自ら慰労にやってきた。
ハンス、おっと、ハンス・カイザー中将は、カイザー中将と呼ばないと怒る。カイザー中将は、自分より目下の者には、カイザー中将と呼ばせていた。その方が、カッコいいからだ。ケレス連邦皇帝で、ケレス軍元帥のオース・ガバンの前では、当然そんな呼び方を部下にはさせないのだが、オース元帥も、このことを知っていて苦笑いしている。
カイザー中将は、とっても機嫌が良かった。
「カイザー中将。自分が、そちらに参りましたのに」
「よい。ケンプ少将、わしも、こちらに参戦したかったぞ。後で戦闘記録を見せろ」
ケンプ少将は苦笑いした。少将は、水資源惑星ミラで消耗戦をした。普通なら、無駄使いをしたと怒られるところだが、カイザー中将は、こういう、作戦が大好きだ。しかし、最初は、守りの仕事だった。カイザー中将は、エレン中将のエゴラスコロニー奪取作戦に乗らないと、この現場にくることが出来なかった。
「エレンの奴、エゴラスコロニーで、血を一滴も流さなかったぞ」
「逆に怖いです」
「バカ、エレンに聞こえたら、粛清されるぞ」
「その時は、カイザー中将が、とりなしてください」
「わしも、苦手だがな。それより本作戦だ。ランドスルーで戦うために、敵戦力を削いだのは見事であった」
「これで、イーブンですよ。ランドスルーは、敵のトラップでいっぱいでしょう」
「チェコフ中将に、調べさせている。わしらの出番は、その後だ」
チェコフ中将が乗艦している探査戦艦イーサルは、島宇宙の資源探査をするのが本職だ。こういう、込み入った所のトラップなどの探査をするのに、とても向いている。
「中型母艦が、2艘ついているのだ。不測の事態にも対応できるだろう」
「エレン中将のバリスクは、迂回路ですか?」
「それが、パラスに向かった」
「そんな、此処の対面ですよ。間に合わんでしょう6パーセクはある」
1パーセクは、1天文単位。1天文単位は、太陽から地球の距離。約1億5千万km。
もし、島宇宙の対面にあるパラスに1加速Gで向ったら半年かかる。ケレス軍の最高加速速度は、6G。それでも、1ヶ月かかる。
「だから、単身だ。ノクターンの奴に、船員を守らせて強行軍だよ。だが、未だにあそこの部下が、エゴラスコロニーを掌握している」
ノクターンは、戦艦バリスクの専任魔導士。船員全員の加速重力を軽減して、戦艦を超加速出来るようにしている。
「パラスに何かあるのですか」
「あそこの敵に、パワーグラビトンがいる」
「なるほど」
「だから、オース元帥より勅命が下った。ここは、わしが任された」
「我々は、どちらも攻主なのですが」
「だから、チェコフ中将には、ランドスルーで早く仕事を終わらせてもらって、後衛についてもらわんとな」
「もっともです」
探査戦艦イーサルは、ランドスルーの入り口に浮かんでいた。ランドスルーは、土星の輪が、ジャガイモ型に丸くなったようなところだ。外側から見ている分には、大量の小惑星が太陽光に当たってキラキラしていているきれいな所である。
艦橋は、斜めから入る太陽光をシールドしていたため薄暗い状態にあった。チェコフ中将は、艦橋の席で、まったりしていた。これをカイザー中将とケンプ少将が見たら、いらいらしていたことだろう。しかし、探査とは、そう言うものだと、腰を据えていた。
探査戦艦イーサルの専任魔導士は、ハインド。とても電磁波に敏感な魔導士だ。チェコフ中将とは、立場を超えて忌憚のない会話をする。二人の関係のおかげで、戦艦イーサルは、穏やかな雰囲気になっていた。
「司令、二百八十一個の宇宙機雷を発見しました。熱感知型です」
艦長のモバイが、報告にやって来た。
「ごくろう、全て撤去してください。引き続き探査を頼む」
チェコフ中将は、宇宙機雷の数のあまりの少なさに、首を傾げた。
「ハインド、どう思う」
「入り口だけに、宇宙機雷を集中させないさ。中にも、多数設置しているのだろう」
「そうだが、少なすぎる」
「敵は、我々に、ランドスルーの奥まで入って探査しろと、挑発しているということか。 !おいおい、私に、戦略指南させるなよ」
「代わりに、私が、ハインドのメンタル指南をしようか?」
戦艦魔導士は、テレパシーが使えるため、船員のメンタル面も見る。長期の探査には、とても必要なことだ。
「よしてくれ。藪医者はごめんだ。それで、本当は、どう思っているんだ」
「なにか、我々の目を欺くために、宇宙機雷を見つけにくくしているのではないか」
「二重トラップか!」
「どうかな、ランドスルーの奥にいる敵の位置も確認しなくてはいけない。敵の挑発に乗ってみるのも手かもしれん。入口に設置されている機雷を撤去したら、進軍する」
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